第4話 別れのメタセコイア

 点滴がもうすぐ終わりそうだ。僕は、針の付け根の白いテープを疎ましく睨む。一時的な治療。


 全快するわけもない。僕は完治しない。けれど、今すぐ死ぬわけでもない。ずっと向き合わなければいけない。手術は必要ない。だけど、薬は飲まなければならない。


 僕は天国にも地獄にもいない。誰からも同情されない。ただ、ひっそりと病を隠して生きる。


 僕の手は左手だけ小さい。点滴をするからそうなのだろうか。左手だけかばって意識して使わなくなったから。きっと、握力測定をしたら右手と左手で大きな差があるだろう。


 △△くん?


 名前を呼ばれた気がした。振り向いても、窓のチャンネルが色を変えている様子しか見えない。


 車が雨上がりに濡れた道路を揚々と駆けていく。道路の両脇にはオレンジ色のメタセコイア。タイヤの跡を残して落ち葉がアスファルトを埋めている。上り坂のゴールは見えない。カメラも動かない……。




「〇〇ちゃん、□□くんとつき合ってるんだって」


「ええ? じゃあ△△くんは? 嘘、△△くん、まさか〇〇のこと振ったの? 冗談でしょ?」


「ばーか。〇〇ちゃんが振られるわけがないじゃない。〇〇ちゃんが△△くんのことを振ったのよ」


「そうだよねー」


 グラウンドにそびえる、たった一本の大きなメタセコイア。運動会の終わりに聞こえた運動会と関係のない話。だけど、僕には大いに関係のある話だった。


 イベントよりも記憶に残るのはそういう些細な噂話。最後の種目がリレーだったから、僕は息切れをしていた。学年最後の運動会。


 振替休日に遊びに行こうかという友達の誘いや、カラオケの話なんかは耳から入って全部の頭の中から零れ落ちていく。


 □□くんとつき合っている。□□くんのことはよく知っている。家にも遊びに行ったことがある。


 □□くんは、クラスで頭がいい。□□くんは、学級委員にもなったことがある。□□くんは目立ちたがりではないけれど、困ったことならなんでも引き受けてくれる。□□くんなら学年だってまとめられる。□□くんなら……。

 



 風量 中

 気候 雨上がりの秋の空

 時間 正午




 僕は死にたいと思った。

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