第3話 雨に溶けることのできない

 雨の音。一枚の葉に落ちるガラスのような雫。弾けて消える。もう一粒。飛散した雫の破片は黒土に吸い込まれて消える。


 価値なんてない。僕に価値なんてない。


 頭で呪文のように唱える。僕に価値なんてない。窓のチャンネルの景色が這うように動いて、大木の根を映し出す。苔とひび割れた樹皮の裂け目から双葉の木の芽が生えている。そこに大粒の雫が降ってくる。


 遠くで雷が吼えた。雨傘を広げてうつむいているあの子が見えた気がした。あの子は、もう笑っていないだろう。




 風量 大

 気候 雷雨の森林

 時間 早朝




 雨だというのに日光が横から差している。獣道。川。ここなら旅行客もほとんど足を踏み入れない。スマホの地図アプリにも載っていない。ただ開けた土地。道。


 投げ捨てられているコンビニ袋。ゴミだけはどこにでも行けるんだ。ゴミだけは雨に溶けることもなく存在し続けることができる。


 告白するには最悪の場所だった。彼女の笑顔を見るのにも適していなかった。ただ、誰も来ないというだけの場所。魚がいるかどうかも分からない小川が、ちろちろと音を立てる。


 秋に来ればよかった。紅葉はまだ萌黄もえぎいろだった。彼女は殺風景な場所での僕の小声をそっと受け入れてくれた。だけど、今はその言葉も思い出せない。


 いや、鮮明に覚えている。走る胸の痛み。僕は、僕に嘘をつく。


 彼女の返事は〇〇〇だったと。


 窓のチャンネルから逃げるように点滴の刺さる腕の方に寝返りを打つ。僕の指はぐっと握りしめられている。ゆっくり人差し指から順に開いていくと、やっぱり消毒液の臭いが香った。


 あの子に僕の病気のことは言えなかった。何も言わないのが正解だ。僕らはもう赤の他人だから。


 今の僕のことをあの子に知ってほしいし、あの子の今を僕も知りたいと思う。


 だけど、僕らはある一点を境に離れ離れになった。獣道がまだ続いているとするならば、僕はあの子に道を譲ったんだ。だから僕は、雨に溶けることのできないコンビニのビニール袋になるしかない。

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