行方なき漂流者の物語
雨宮羽依
第0話
ウィズ、と聞き慣れた声がして目を覚ませば、そこは荘厳な造りに静謐な雰囲気を帯びた場所だった。神殿とでも形容するのが一番近いだろうか。その中に明らかに場違いな民家がちょこんと鎮座しているのには違和感を覚えるけど。
「ウィズ! 良かった、目が覚めたんだね」
安心したように翠の目を細めるのはオレの仲間、エルくんだ。彼の説明によると、オレたちはいつの間にかこの場所で眠っていて、一足先に目覚めたエルくんがジブリールに連絡を取ろうとしたけれど通信が途切れているらしい。
「にしても、ここはどこなのかしら。あたし、こんなとこに来た覚えないわよ」
「オレもだよ。エルくんもだろ?」
スカーレットの言葉に同意する。エルくんもこくりと頷いた。
ここがメルヘンの中でどういう役割を持っているのかも分からなければ、そもそも何のメルヘンに内包されているのかも分からない。これだけ大きくて立派な神殿があれば記憶に残っているだろうから、今までに来たことのないメルヘンってことだけは確かだろうけど。
「とにかく、辺りを散策してみて状況を――」
「あら? 三人とも目が覚めたのかしら?」
突如聞こえた、鈴を鳴らすような少女の声。心臓がどくんと跳ねる。
初めて聴く声なのに酷く懐かしい。
警戒するべきなのに酷く心地いい。
知らないはずなのに酷く愛おしい。
声のしたほうを見ると、淡い金髪を靡かせ青い瞳をこちらに向ける美しい少女がいた。凛とした佇まいと気品のある所作が少女の神秘的な雰囲気を一層際立たせ、彼女がこの神殿の主だと言われても納得できる。
「無事で良かった。三人も倒れていたから心配したのよ」
「あ、もしかして僕たちをここに連れてきてくれたのって……」
「ええ、私が仲間たちにお願いしたの」
少女とエルくんが会話するのがどこか遠く感じる。頭がズキズキと痛むし吐き気もする。目の前で起こっているはずの出来事が本の中みたいに感じて不思議な気分だ。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は――」
「……お姫様」
暗転。
呟いた瞬間、ぐらりと視界が歪んで、オレの意識は再び深い闇の中へと沈んでいった。
行方なき漂流者の物語 雨宮羽依 @Yuna0807
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