前世聖女の私は、追い出された先で日々を謳歌する!〜どうやら私が聖女だったようですが、今更実家に戻る気はありませんので!〜

遥月

第1話

 それは偶然だった。

 偶然にも、様々な事情が重なってしまったが為に起きてしまったアクシデント。


 偶々、その日に行われていた『聖女選定』にて、私ではなく、両親の愛を一身に受けた妹が選ばれ、私が選ばれなかった事。


 そして、やはりお前は不出来な姉であると両親からいつものように蔑まれ、ならばと魔物が蔓延る僻地、ランドブルグ辺境伯の当主に嫁いでこいと強引に政略結婚を押し付けられ、精神的に不安定であった事。


 更に、私が通ろうとしていた道が磨いたばかりで普段よりも滑りやすくなっていた事。


 それらが偶然にも重なってしまった事により、


「ふべっ」


 私は前につんのめるようにバランスを崩し、盛大に頭から床にダイブした。

 そして、そのまま階段からずっこけた。


 転げた拍子に頭でも打ったのだろう。

 鈍痛に表情を歪める羽目になった私であったけど、そんな時、何故か私は前世の記憶を思い出した。


 それは、『聖女』と呼ばれていた女性の記憶。

 溢れる魔物を『聖女』の力を用いて仲間の者と共に討ち倒す姿が脳裏にありありと蘇る。


 次いで、かつての人格と、記憶と、今の人格。そして記憶が重なり合い、同化。

 やがて、精神的に不安定でしかなかった筈の私の心境が落ち着きを取り戻し、己が置かれた現実を俯瞰。


 するとつい先程までは欠片すら見えなかった筈の事実が見えてくる。その現実を前に、私は身体を苛む痛みすら忘れてつぶやいた。


「……聖女選定って、これただの茶番じゃない?」


 『聖女』に選ばれた者には、国の王太子と婚約をする義務が生じる事になっている。

 今回の聖女選定は、その義務を逆手に取り、人形のように綺麗な容姿であるからと散々甘やかされて育った妹と王太子が婚約したいだけのただの茶番であったのだ。


 魔力値。『聖女』の適性。

 そんなものはお構いなしに、これは、ただただ王太子が生家の爵位からして周囲から反対が出るやもしれない妹と是が非でも婚約したかったが為の茶番であり、そこに私の両親の思惑も入り込み、出来上がったのが今回の出来レース。


 落ち込む必要が何処にあるのだと、先程までの自分を問い質してやりたかった。


「————で、私はランドブルグ辺境伯に嫁いでこい、と」


 『聖女選定』の儀は一応、それなりに保有魔力が高い人間を集めた上での出来レースであった。

 そして、偶然にもそこに私も入っていた為、『聖女』には選ばれなかったけど、魔力値が高いなら、魔法も使えるだろうし、魔物が溢れるランドブルグ辺境伯に嫁いでこい。

 話は既にまとめてあるから。


 と、言う事らしい。


 『聖女選定』の儀が終わったその日に言ってくるあたり、前々から絶対にお前ら話進めてただろ。そこはせめて出来レースじゃなかったって否定する為にも数日はあけて言えよ。


 などなど、言いたい事は沢山、それこそ山のようにあったが、己を散々適当に扱い、虐げてくれた家を出られるなら万々歳ではなかろうか。


 そんな事を思いながら、私は階段から転げ落ちた状態のまま、プラスに考える事にした。


 そしてそこには、神に愛されたとしか言いようがない美貌を持って生まれた妹と比べられ続けた事により両親から虐げられ続けていた儚い少女の姿はなかった。


 一縷の望みを胸に、『聖女』に選ばれて両親からの期待に応えたい。そう願っていたにもかかわらずその祈りは届かず、茫然自失となっていた筈のルナ・メフィストは何処にもいなかった。



 ————ランドブルグ辺境伯領。

 そこは私の生家であるメフィスト伯爵領より更に北に位置する場所。

 寒暖差が特に大きい場所であり、多くの魔物が蔓延っている事から用がなければ向かう機会は一生ないだろう。


 それが、ランドブルグ辺境伯領に対する私の以前までの感想であった。


「……オレがランドブルグ辺境伯当主、ルークだ」


 邪魔者はさっさと出て行け。

 そう言わんばかりに既に纏められていた荷物を持ち、家を出て馬車に乗り込んだのがつい数日前。


 漸くたどり着いた先で、見るからに何処となく嫌そうな表情を浮かべながら当主であるルークさんが直々に出迎えてくれる事になった。


 ただ、浮かべる表情からは、「……本当にやって来たのか」と言わんばかりの呆れの感情が見え隠れしていた。


 ……とはいえ、ルークさんが、私に対してそんな表情を浮かべる理由はよーく分かる。


 なにせこれは、元々縁談などいらないと、それとなく突っぱねていたランドブルグ辺境伯に、無理矢理押し付けた縁談なのだから。

 しかも、己が王太子と婚約をする事が既定路線であるとそれとなく口を滑らせていた妹の何気ない一言、


 ————お姉さまも、ご結婚なさってはいかがでしょう? たとえば……そうですね、ランドブルグ辺境伯の御当主が確か独り身だったような。


 これを真に受けた両親と、王太子が強引に推し進めた縁談こそがコレである。彼の気持ちは痛いくらい分かった。彼もまた犠牲者である。


 でも、私も被害者なんだ。そこのところ勘違いしないで。と、目で訴えかけてはおいたが、悲しきかな。その効果は無さそうだった。


「それで、ルナ嬢は魔法が使えるんだったか」

「はい。ひと通りは問題なく」


 だからこそ、ランドブルグ辺境伯に送り出されたと言ってもいい。


 出来レースとはいえ、途中までは公平を期していた聖女選定の儀。故に、私の魔力保有量の多さも確かなものであったから。


「なら、ルナ嬢には、主に魔物を相手にした兵達の治癒を頼みたい。情けない事に、ここは人手が常に足りていない状態でな」

「そういう事でしたら、問題ありません。寧ろ、その為に来たようなものですから。私でよければ是非ともお手伝いさせて頂きたく存じます」


 縁談の話はさておき、折角の魔法使い。

 これを腐らせるわけにはいかない。

 そう思っての言葉だったのだろう。


 いくら両親から半ば強制的に向かわされたとはいえ、こうしてお世話になるからには何か役に立つべきだ。そう考えていた私は、刹那の逡巡すら要さず、彼の言葉に頷いた。


 その直後だった。


「そうか。それは助かる。……それと、だな。時に、ルナ嬢」


 不自然な間を挟み、視線を何処かへと向けながら言い辛そうにルークさんは私の名を呼んだ。


「はい?」

「メフィスト卿から、何か伝言のようなものを預かってはいないか。もしくは、ユベル王子殿下から」


 父か、妹の婚約者となったユベル王子殿下か。

 

 その発言を耳にし、そこで漸く当主であるルークさんがわざわざ私を出迎えに来てくれた理由に合点がいく。

 ……だが。


「……申し訳ありませんが、父からも王子殿下からも、私は伝言を預かってはおりません」


 両親は、私と顔を合わせる事すら嫌っている節がある。伝言を預けるくらいならば、その前にさっさと書簡を飛ばすなりしているだろう。

 それがないという事は、つまりそういう事だ。


 期待に添えず申し訳ないと言うと、あからさまにルークさんの表情が歪んだ。


「……期待はあまりしていなかったが、そうか。やはり、そうだったか」


 ルークさんは、何かを求めていたのだろう。

 しかし、その期待は裏切られてしまった、と。


「とはいえ、どうせこんな事だろうと薄々思っていたんだがな」


 共にやって来ていた臣下らしき方達も、ルークさんに続くように疲れ切った表情を浮かべた。

 ただ、私にそれを言っても意味がないと分かっているのか。はたまた、その続きをはなから紡ぐ気はなかったのか。


 含蓄のある物言いを最後に、「何もないところだが、ルナ嬢の部屋は用意してある。取り敢えず、好きに寛いでいてくれ」とだけ言い残し、ルークさんは踵を返して、来た道を引き返して行った。


 最後に見えたルークさんの横顔は、心なしか、怒りに歪んでいるような、そんな気がした。



 『聖女』の役目とはとどのつまり、民草を守る事である。

 迫り来る魔物という脅威から、守る存在。

 それが、『聖女』だ。


 だからこそ、私は思わずにはいられない。

 既に殆ど形骸化してしまった存在であろうとも、『聖女』という存在は、ランドブルグ辺境伯領こういった場所にこそ、必要なのではないのかと。


 ランドブルグ辺境伯領にたどり着いてから、早一週間。


 あの時、一瞬だけ見せたルークさんの怒りに塗れた表情は、王国に支援を求めていたが為のものであったのだとランドブルグ辺境伯領の惨状から、否応なしに気付かされた。


 ランドブルグ辺境伯は休む間もなく魔物の対処に追われ、疲弊する最中、肝心の王国はといえば、その対策に『聖女選定』を行なったかと思えば、実はそれが伯爵家の娘と婚約したい王太子の戯れであった、と。


 ……その事実を知れば、どんな聖人であってもブチギレた事だろう。ルークさんは決して馬鹿じゃない。だからきっと、彼はその事実に気付いてる。ルークさんが怒るのは、当然だった


「……王国どころか、教会の連中も腐り切ってるからねえ」


 与えられた無駄に広い自室にて、ポツリと私はつぶやいた。


 如何に前世の記憶が蘇ったとはいえ、どこまで煎じ詰めようと、この身はルナ・メフィストのものである。故に、ルナ・メフィストとして言わせて貰うならば、ルークさんが幾ら期待しようと、それに王国側が応えてくれる事は絶対に有り得ない。

 それが、私が出した結論であった。


 だから、、、、私は少しだけ不思議に思ってしまった。王国側も、『聖女』という存在をおし出す為に一役買った教会に属する腐れ神父共も、誰も彼もが、誰かの為に行動する。

 なんて事を己の意志でするわけがない。


 それは一目瞭然であるのに、どうしてルークさんは、怒っていたのだろうか。

 ————それではまるで、期待していたようではないか。


 事実、期待していたのだろう。

 私に言伝の件を聞いたあの発言こそが、その証左だ。


 でも、不可解だった。

 この一週間。ルーク・ランドブルグという人間に触れたからこそ、不可解だった。

 王国に頼るべきではない。

 どこまでもそう割り切れている人間が、少しでも期待をしていたという事実がどうしても。


 きっとだから私は、バルコニーに続くガラス張りの扉を開けたんだと思う。

 婀娜として満ちた月光に照らされながら、外を眺めるルークさんにその事を聞きたくて、一歩踏み出したのだと思った。


「……あの。ルークさんは、どうして」

「————『聖女』だったから、だ」


 私に背を向けたままのルークさんにそう問い掛けようとして。しかし、言葉が言い終わるより先に、言葉が被せられる。

 とはいえ、その一言は的確に正鵠を射ていた。


 だから思わず、息をのみ、声を止めてしまう。

 やがて、そのあまりの正確さに言葉を紡げなくなっていた私に、ルークさんは「違ったか?」と苦笑いを向けた。


「……ルナ嬢。オレはな、元々あんたを追い返すつもりだったんだ」


 縁談はやはり、受けられないと。

 半ば無理矢理進められた縁談をそれでもと断るつもりだったのだと彼はいう。


「でも、あんたの目を見てオレはその時になって意見を変えた。変えずにはいられなかった。あんたの目が、ずっとまともで、現実を見ていたから」


 その独特の物言いは、なんだか無性に懐かしくて。


 気が遠くなるほど昔。

 まだ私が『聖女』と呼ばれていた頃にもいたんだ。あんたの目が。目の色が。

 そうやって、目で物事を判断する友人が。

 確か名前は————あいつも、ルークだったような気がする。


「そして、そういう目をするやつに、オレは覚えがあったんだ。そいつ、自分が『聖女』になるんだと言って聞かないような馬鹿でさ」


 懐かしむように笑う。

 私とルークさんの歳の差は、七歳程度だ。

 私が18歳で、ルークさんが25歳あたり。


 なのに、今彼が浮かべる笑みというやつは、年相応とは程遠かった。


 それこそ、10年。ううん、20年以上、遥か昔の事を懐かしむような様子で、紡がれていたからか、少しだけ驚いてしまった。


「物分かりは悪いし、馬鹿だし、無鉄砲だし、オレどころか周りの言う事すらろくに聞かないヤツだったが……それでもそいつは、一本の芯が通ったやつだった」


 ボロクソな評価だった。

 でも、ルークさんはその人の事が好きなのだろう。言葉では散々に貶してはいたけど、語る彼の表情は、短い付き合いの中でも見た事のない、心底嬉しそうな笑みを浮かべていたから。


「きっと、だからなんだろうな。あいつが憧れた『聖女』だったから、オレは『もしかすると』と、期待を寄せてたんだろうさ」


 結局、それは無駄に終わったがなと言葉が締め括られる。


 既に『聖女』という存在が形骸化しつつあるこの世界にて、『聖女』を目指すような変人がいたのかと思いながら、私は彼の言葉に納得した。


 でも、妙な事もあったもんだと思った。


 宮中の貴族諸侯や、権力を持った教会の人間。

 それらに見切りをつけ、散々としか言いようがない感情を抱く私のような奴とおんなじ目をした奴がいるとは、世界は案外狭いのかもしれない。


 しかも、『聖女』を目指していたときた。

 まるでそれは、〝前世の私そのもの〟ではないか。そう思ったが、絶対にあり得ないであろうその可能性を真っ先に切り捨てながら、私は小さく笑う事にした。


「とはいえ、結果的にあんたを受け入れて良かった。オレはまだ目にした事はないが、臣下連中からは、素晴らしい才だと聞いている。ルナ嬢が『聖女』に選ばれなかった事が不思議で仕方がないと、絶賛だったぞ」


 ……そりゃまあ、前世の話とはいえ、これでも元『聖女』ですから。


 そんな感想をのみ込みながら、私は愛想笑いを浮かべつつ————そして、少しだけ罪悪感に見舞われた。

 続くように心なしか、チクリと細針で心臓をつつかれたような痛みに襲われる。


 この一週間、私はルークさんの言葉に従って終始、治癒に徹していた。

 魔物を倒す術もあるのに、それをひた隠しにして、治癒に徹していた。だから、私の胸の中に罪悪感がぽつりと残っていたんだと思う。拭いきれない罪悪感ってやつに、苛まれたんだと思う。


「私としては、選ばれなくて良かったって思ってますけどね」

「……選ばれたかったから、立候補したんじゃないのか?」


 ルークさんは色々とそこの事情を知っている人間だ。だから、へんに誤魔化してもボロが出てしまうだけ。現に、今もボロが出てる。


「選ばれたかったです。でも、それはあくまで対抗意識から来るものでした」


 今生の、ルナ・メフィストとしての記憶を辿りながら、握り締めながら、本音を吐露する。


「妹と比べられるだけの人生でしたから、何か一つでも、勝ちたかったんです。勝って、見返したかったんです。勝って、私という人間をちゃんと見て欲しかったんです」


 ————両親に。妹に。周りの、人間に。


 それが、偽らざるルナ・メフィストの望みだった。


「でも、それだけですよ。だから、結果的に選ばれなくても良かったかなって。何せ私は、両親含め、貴族や権力を好き勝手に使う神父共奴らが大嫌いですから」


 きっと、今の私は最高に良い笑顔を浮かべているって、そんな揺るぎない確信があったんだ。




 私の忌憚のない言葉に瞠目し、一瞬ばかし、ルークさんが呆気に取られる。

 でも、それも刹那。


「……成る程、確かにあいつらはロクでもないからな」

「そういう事です」


 実感のこもった言葉と共に、同調の言葉が一つ。続け様に、微笑が向けられた。


 とはいえ、未練がましく語りはしたものの、もう大方の事は割り切れていた。

 妹だとか、両親だとか、その他諸々の事を。


 だから、別に今更見返してやろうだとか思わないし、対抗意識なんてものも何処にもない。

 故に、過去の事は過去と割り切って私なりに気ままに過ごしてやるつもりだった。

 『聖女』の力があるのに、それをひた隠しにして治癒に徹していたのもそんな理由からだった。


 今生も『聖女』として生きる気はこれっぽっちもなければ、嫌いな貴族や教会連中とわざわざ関わらなきゃいけなくなる道をあえて選ぶ理由はどこにもなかったから。

 そう、他でもない私自身が決めたから。


「私は『聖女』ではありませんが、皆さんのお力になれていたなら、良かったです」


 ————『聖女』ではない。

 その部分をあえて強調しながら、私はそこで会話を終わらせようとした。


「ああ。ルナ嬢さえ良ければ、これからもよろしく頼む。魔物と戦ってる以上、人死は避けられないが、出来る事ならアイツらには死なないで貰いたくてな」


 優秀な治癒魔法使いがいれば、それだけで救える命もあるだろうから。


 そう言って頭を下げられた事で、踵を返そうとしていた私の足が止まった。

 それはもう、無意識のうちにだった。


 不意に心臓が、ドクンと脈を打ち、在りし日の光景が蘇る。



『————オレの頭ひとつで、臣下の命が救えるのなら、オレは喜んで頭を下げよう。土を食えと言うならば、オレは喜んで土を食おう。覚悟を見せろというのなら、今ここで覚悟を見せよう。オレにとって臣下は、そういうもんなんだよ』



 ……重なる。

 ずっと昔に見た筈の光景記憶が、一瞬にして私の脳裏に沸き立っていた。


 姿は似ても似つかないのに、過去の私が唯一、親友と呼べる間柄だった男との思い出が思い返される。あいつだったら、きっとそう言ってただろうなって、そんな確信すら覚える羽目になって、やがて気づいた時、私の胸の中にはポカポカとした温かい感情が広がっていた。

 

「……似てますね」


 自分にだけ聞こえる声量で呟く。


 誰とは言わない。

 もう、名前や顔だって朧げであった。

 でも、その思考は、言葉は、あいつとよく似ている。心からそう思った。


 あいつが今の私を見たら、失望するだろうか。

 悲しがるだろうか。怒るだろうか。


 そんな事を考えたけど————あんたの人生だ。好きに生きればいい。勝手気ままに、生きればいい。などと言われる気しかしなくて。


 どうせあんたは、人の意見なんて聞きやしないんだから、いつも通り自分らしく生きればいいだろって投げやりに言われる気がして、無性に笑いが込み上がってきた。


「……うん。決めた」


 少しだけ悩んで。

 そして、実家からはもう追い出されたし、好き勝手やってやろうって改めて割り切る。


 だから、私もルークさんのように、予め決めてあった己の意見を変える事にした。


 手伝う気なんて、なかった。

 『聖女』として生きる気もなかった。

 力を使う気も、勿論。

 その上で、気ままに過ごしてやるつもりだった。でも、やっぱりそれは止める事にした。


「あの、ルークさん」

「……?」


 改めて、視線を合わせる。


 昔の友人を重ねてしまった。

 そんな不純な動機ではあるけど、でも私は目の前のルーク・ランドブルグの助けになりたいと改めて思った。だから私は、気ままに好き勝手する事にした。教会だとか、実家だとか、そんなものは全部投げ捨てて、


「明日から、についてなんですけど……治癒ではなく、魔物の討伐を私にも手伝わせてはいただけませんか」


 話の脈絡すら無視して、そんな事を口走ったんだ。




「————で、何でこうなるかなあ」


 その翌日。


 私はルークさんと共に魔物の討伐に————は向かわず、城の中でせっせと治癒魔法に勤しむ羽目になっていた。そしてその側にはルークさんの右腕とも言える臣下の一人、ロイドさんが私を見張っていた、、、、、、


 あの後、分かったと了承する空気になっていたと思ってたのに、ルークさんはあろう事か、女を前に出すワケにはいかないと拒絶。

 そこに、でも、と私が食い下がった事により、一人で勝手に魔物の討伐に向かわれたら敵わないと思われてか、護衛という名の監視役をつけられ、城で待機する事になっていた。


 だからこそ、思わずにはいられない。


 なんでこうなった————と。


 本当に、どこまでもルークさんはアイツに似ている。女が前に出るなとか、そういうところとか特に。そしてそれが決して侮っているが故に出てきた言葉でなく、本心からの心配なのだから一層タチが悪い。


 無理矢理にでも!


 とか思いもしたけど、彼のその感情のせいで一瞬にして気は萎えてしまった。


 ロイドさんもルークさんから私を外に出すなと厳命されているのか、常に私の近くにいる。

 だから、城を抜け出す余地もなくて、ため息を漏らさずにはいられなかった。



 そんな、折だった。


 城の外に出ていたであろう騎士が息を切らしながら脇目も振らず、中へと駆け込んでくる。


 そして、一直線にロイドさんの下へと向かい————領民の子供を助ける為に、ルークさんが一人で森の奥へと足を踏み入れてしまった。

 と、慌てた様子で紡がれた内容は、側にいた私の耳にまで届く事となった。


 その助力をと、駆け込んできた騎士は、ロイドさんを呼びに来たらしい。


「……なにも、今日に限って……っ」


 下唇を噛み締めながら、ロイドさんが呻く。

 でも、今は口を動かしている場合ではないとすぐさま、頭の中を切り替え、助けに向かおうと試みていた。


「私も、連れて行ってください」


 そんな彼に、私は言葉を投げ掛ける。

 今は一分一秒が惜しい時。

 だけど、それでもと私は言う。


「魔物が相手であれば、必ず役に立ちます、、、、、、、、


 私は躊躇なく、そう言い切った。

 それが冗談でも、見栄でもなく、本心からなのだとロイドさんは見抜いてなのか。


 数秒ほどの逡巡を挟んだ後、


「……一人で行動をされるくらいなら、一緒にいた方がまだマシか」


 そう、答えてくれる。


 ただ、やはりルークさんと同様、私が向かう事に対して安易に許容は出来なかったのだろう。


 だが、今回ばかりは仕方がないと割り切ってか。なんとか許可が下りていた。

 そして私達は、ルークさんが足を踏み入れた森とやらに向かう事となった。





 当初私が『聖女』の力を使おうとしなかった理由というものはとても単純で、面倒事は御免だと思っていたからだった。

 でも、ふと考えてみて、かつての親友の言葉を思い出してるうちに、そんな馬鹿らしい生き方をする理由がどこにあるんだと一瞬前の自分の思考が如何に愚かであったかを理解して、ならばと自由気ままに生きてやろうと思った。


 虐げられて、散々な扱いを受けて、家から実質追い出されて。それでも尚、周囲の目を気にして面倒事は御免だからひっそりと? ————馬鹿じゃないの。


 自分の事ながら、アホかと思った。


 なんで私が我慢し続けなきゃいけないのだと。

 前世の記憶のせいなのか。

 日に日にその感情が増幅されてゆき、やがて、なんで私は自分の力すらも周囲の人間に気を遣って控えなければならないのだと無性に腹が立った。


 そして、前世とはいえ、これは私の力なんだし、私が好き勝手に使って何が悪い。

 と、割り切る事にした。


 それもあって、私は昨晩、ルークさんに向かって言っていたのだ。

 魔物の討伐を手伝わせてくれ、と。


 私の力はその為にあるようなものだし、何より、かつての己の親友だった人間に似た人を手助けしたくもあったんだ。


 だか、ら————。



「————〝聖光よ、降り注げネメシス〟————」



 私は、紡ぐ。

 気ままに、好き勝手に生きるんだって決めたから。故に、『聖女』だった頃に乱発していた技であろうと、失われた秘術と呼ばれていた技であろうと、使ってしまえって思ったんだ。


「————」


 息をのむ音の、重奏。

 それは一体、誰によるものであったか。


 華奢な身体付きの女が、たった一言紡ぐだけで数多の魔物を滅ぼしてゆく。

 そんな現実離れした光景を前に、その場にいた人達は誰もが虚を衝かれたように驚いていた。


 降り注ぐ光は、矢となり、剣となり、魔物達の身体を容赦なく貫いてゆく。

 そして、それを十数回と繰り返した後、漸く怪我を負いながらも、幼い少年と共に身を潜めていたルークさんと出会う事が叶った。


「……選定から外された人間とは思えない程、『聖女』染みてるな」

「そうでなければ、言い出しはしませんよ。魔物討伐に連れて行ってくれ、なんて」


 とはいえ結局それは、拒まれてしまったけど。

 と付け加えてやると、それもそうだったなとバツが悪そうにルークさんは目を逸らしていた。


 まるでその一言は、本来の『聖女』を知っているような、そんな口振りであったけど、言葉の綾か何かだろうと勝手に自己解釈をして話を進める。


「……優しいんですね」

「領主が領民を見捨てるわけがないだろうが」


 怪我を負いながらも、それでも未だ小さな男の子を背負い続けているルークさんに、当たり前の事を言うなと怒られてしまう。


 でも、ルークさんの言うその当たり前を当たり前と感じていない人なんて、ごまんといる事を私は知ってる。むしろ、そちらの方が当然という認識すら浸透している程だ。


 だけど、彼の中ではこれが当たり前。

 だから、申し訳ありませんと私は小さく笑いながら謝罪をした。


 そして、ルークさんに駆け寄るロイドさんや、臣下の方々を一瞬ばかり視界に収めてから、私は一人、踵を返す。


 みんな無事で良かった、良かった。


 そんな事を思いながら、今日は流石にこれで城に戻る事になるだろう。

 そう思っていた私にまだ何か用があったのか。ルークさんの声が飛んできた。


「なぁ、ルナ嬢」


 だから、足を止める。

 次いで、肩越しに振り返る。


「なんでしょう?」

アイシア、、、、という名前に、心当たりはあるか?」

「…………」


 それは、霞みがかった前世の記憶の中で唯一、強く記憶に残っている名前だった。

 それは、私の前世の名前、、、、、だった。だから思わず、驚いてしまう。


 ……でも、


「申し訳ありませんが、寡聞にして存じません」


 私はそんな彼の質問に、嘯く事にした。


 せっかく、実家やらの呪縛から解放されたというのに、次は前世の呪縛となっては流石に笑えない。

 だから、どんなキッカケ故にそう思ったのかは知らないけど、ルークさんが過去の私を知る人物であるならば、その言葉に肯定をする気はなかった。


 なにせ、今の私はルナ・メフィストなのだから。自由気ままに生きたいんだ。

 そんな想いを込めて、私は言葉を返した。


「そう、か」

「そういえば、明日から私も討伐に参加して良いですかね? これから長い間お世話になっちゃいそうですし、私も出来る限り手伝いたくて」


 今のうちに言っておかなきゃ。

 そう思い、口にしたは良いものの、何故かルークさんを含め、その場に居合わせた臣下の方から笑われてしまった。

 でも、その笑みからは、親愛に似た感情が見え隠れしていて。


 王都からやって来た貴族令嬢という事もあって、ルークさんを除いた臣下の方々から私はそれなりに警戒されていた————筈だったのに、気付けば、不思議と距離が縮まっていたようなそんな気がして、この際だから私も笑っちゃえ。


 そんな適当な感覚に身を任せて笑っていると、ルークさんから呆れられる羽目になった。


「そう、か。お前も、この世界にいたんだな————」


 呟かれたルークさんのその小さな一言は、ギリギリ私の耳に届いていたけど————あえて、聞こえないフリをする事にした。





 それからひと月ほど経ったある日。

 どこからか何かの噂を聞きつけでもしたのか。

 実家から私宛てに手紙が届いていたが————私を毛嫌いしていた両親からの手紙であったので、中身すら見ずに私はビリビリに破いておいた。


 どうせ、ロクでもない内容である。

 追い出したのは向こうなんだし、私はそれに従ってランドブルグ辺境伯領で気ままに生きるので放っておいて下さい。

 そんな意味も込めて、紙切れになった手紙の残骸をとりあえずこれまでの恨みも込み込みで燃やしておいた。


「……良いのか? 実家からの手紙だったんだろう?」


 その行為に、若干引き気味でルークさんが尋ね掛けてきていたけど、一切の問題はなかった。


「いいんです。言ってしまえば私は家を追い出された身ですし。それに、自由気ままに生きてやるって決めたので」


 もう、我慢だらけの縛られる人生は懲り懲りだったから。

 何より、関わってもロクな事がないから。


 そう言うと、少しだけ仕方がなさそうに、ルークさんに「……お前らしい、、、、、な」とだけ言われて笑われてしまった。

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