第3話 ネオンの向こうの素顔 2


 殺害されたOL稲森仁美が働いていたショーパブ『ガーネット』は、従業員の若さに反して微妙に場末感の漂う店だった。


「仁美ちゃんね。いい子だったんだけど、可哀想なことになっちゃって」


 マネージャーの飯田という男はそう言うと、眼鏡の奥の目を伏せた。


「警察には何度もお話されているかと思いますが、稲森さんと常連客との間に、トラブルの類は?」


「なかったですね。昼の仕事と掛け持ちの割にはプロ意識が強くて、お酒が弱い分、会話でのサービスを徹底していました。プライベートは関知していませんが、綺麗な人付き合いをする子だったと思います」


「知ってらっしゃる範囲で構いません。食事を共にするような仲の子はいましたか?」


「それは……」


 飯田が思案を始めた、その時だった。背後でほのかの声が響いた。


「こんにちは飯田さん、お久しぶり」


「やあ、ほのかちゃん。こんな時間にどうしたの?うちで歌いたいのかい」


「残念だけど今日はクラブ歌手のほのかじゃなく、探偵助手として来たの」


 驚いたことに、ほのかは飯田と顔見知りのようだった。まあ、この業界に関しては俺より詳しい女だ。誰と知り合いでもそうおかしくはない。


「今、被害者と親しかった子がいなかったかどうか、聞いてるところだ」


 俺が話を元に戻そうと会話を遮ると、突然、奥の扉が開いて若い女性が姿を現した。


「……あっ、ほのかちゃんじゃない。どうしたの?今度はうちの店の専属になるの?」


 髪を大きく巻いた愛くるしい顔立ちの女性は、ほのかに近づくと親し気に声をかけた。


「こんにちは、麗華ちゃん。今日は探偵の手伝いで来たの。稲森さんの事件のことで」


「仁美の……?」


 麗華というほのかの顔見知りらしい女性は、稲森仁美の名を聞くと、表情を強張らせた。


「このお店で彼女と親しかった女の子がいなかったか、うかがっていたところです」


 俺が畳みかけると、麗華は顔を上げ「それなら、私だと思います」と言った。


「月並みだけど、稲森さんにはその……思い詰めるようなトラブルや悩みはあったのかな」


「悩みは……あったと思います。ただ、仕事やお客のことではありませんでした」


「……というと?」


「私の知らない人間関係のことで悩んでいて、うまく関係を断ち切れないというようなことを言っていました」


「それは男性かな?」


「さあ……お金が絡んでいるのか、身綺麗になったら会いたい人がいると言っていました」


「ふうん、会いたい人ねえ」


「それがかなわないのなら、いっそ死にたいとこぼしていたこともありました」


「死にたい、か。それは聞き捨てならない言葉ですね」


「ええ。『コーディネイター』という人物から返答を迫られているとも言ってました」


「『コーディネイター』?なんですかそれは」


「わかりません。想像ですけど、自殺希望者をネットで集めてる人なんじゃないかって」


「つまり稲森さんは、自殺ほう助サイトで知り合った相手と契約して、殺害されたと?」


「それも、わかりません」


 麗華はうつむいて頭を振ると、沈黙した。もし『顔なし女』が自殺ほう助サイトの関係者だとすると。今まで抱いていた連続殺人鬼のイメージは覆ってしまう。


 ――しょせん噂は噂……ということなのか?


 俺は麗華と飯田に礼を述べると、ほのかを促して『ガーネット』を後にした。

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