逃亡

 私とフォクスは玉座の間の扉を前に座っていた。中が騒ぎ始めたら急いで入る。とはどういう意味か聞いてみても彼は何も応えず、

深くフードを被って聞こえない振りをした。

 

辺りの兵士たちはさっきよりもざわつき、何には壁に耳を当てて盗み聞こうと言う者もいた。今のこの空気はただ事ではない、と皆が悟っていて、皆が英雄の愚行を悲しみ、そして怒っていた。その怒りの矛先は私たちも向くようで、一人の兵士が槍を向けこう言ってきた。

「貴様ら何者だ。その被り物を取れ」

困った。この空気感のままそれを言われては、皆がこちらに視線を送ってしまう。フォクス、どうしたらいいの? 気づかれない程度にフォクスの方に視線を送る。

「……」

答えは沈黙だった。兵士は口調を荒げてもう一度言う。それでもフォクスは無言を貫いたし、私もそれに見習う事にした。

「ふざけているのか…?もういい!無理矢理にでも取らせてもらうぞ!」

兵士の手がフードを掴んだ途端、中から爆発音の様な音が聞こえた。兵士は短く舌打ちをし、玉座の間に向かった。それに続いて大勢の兵士も入っていく。

「行くぞ……」

聞こえるか聞こえないかぐらいの小声でフォクスはそう言い、足早に玉座の間へ向かった。


 玉座の間は何とも混雑していて何がどうなっているか分からない状況だった。喧しく入り乱れる人の声、まとめようとする者、暴れようとする者。王は声をあげて収めようとするが聞くものは居ない。きっとマルセイを探しているのだろう。かく言う私もまだ見つけれていない。フォクスが入ってすぐ壁にもたれかかってしまうから、探そうにも離れるわけにもいかないし、見つけれそうにもない。戸惑う私を見兼ねてか、フォクスがため息混じりに言った。

「……安心してください。忘れましたか?彼にかけている魔法を」

フォクスの口調は元に戻っていた。いや元の口調もあまりはっきりしてないけど。……そんなことよりも魔法か。そういえば何か言っていたような気もする。確かそう――

「『尋ね人』望む人のもとに来る魔法だ」

マルセイが息を切らしながらも言った。それに気付いた兵士が槍で刺そうとする。マルセイは急いで壁により、手をついた。

「『隠れ家』」

フォクスがそう呟くと、壁がグニャリと歪み、大きな穴が現れた。それに兵士は少し怯み、足踏みを止めた。その隙に私たちは穴の中へと入り込んでしまう。どうやら完全に撒けたようだ。


 「さて。まあ最悪の事態になった」

マルセイがさも当然の様に言う。

「それくらいさっきの状況を見れば分かるわよ。王様に何言ったの」

「いや、ちょっとした提案だよ。ディスペアを死んだことにすれば良いってね」


 ……ディスペアを、死んだ事に?

「何でそんなことを……」

「死んだことにすれば民たちの怒りも収まると思ったんだ」

え、そんな単純な理由?

「まあアーダン国との関係が上手く行きそうにないから、一応その噂を流すだけ流すってことになっんだけどね」

「じゃあ何であんな大騒ぎに?」

「英雄を消すならば、仲間であるお前が落とし前をつけろ、と」

無茶苦茶な理由だけど…。

「……歴史から消えるものは大体お国に都合の悪いものだ。きっとあの英雄も、最悪居なかった事にされる。どちらにせよ歴史に良い名を残すものにはならない」

フォクスが独り言の様にそう呟く。英雄は存在しなかったとされるのか、裏切り者と言われ続けるのか。そんなこと私たちにはどうすることも出来ないのよね……。


 ――あれ、そういえば謁見してこんな危険な目に遭って何がしたかったのだろう。

「これで結局何が分かったの?」

「まずここに居続ける事は不可能。そして今の僕たちの評価は最底辺。それだけ」

「……来た意味あった?」

「いやーここに居れたらカレロナにとっても良かったんじゃないの?」

「それはそうだけど……でも無理なんでしょ?」

「だからやっぱりロヘニアに行こう。ディスペアが居なくなってカレロナをどうしようか悩んでたんだが、この際どうでもいい」

そんな私お荷物みたいな感じなの?

「フォクス、君の故郷だ。楽しみだろう?」

フォクスは舌打ちをし、急に不機嫌そうな口になって、こう言った。

「行ってもいいが、私はそこでまたアーダンに戻るぞ。マルセイ。それでいいな?」

「ああ、構わない。いや、やっぱり待て。フォクス、あの壊れた家に戻ってくれ」

「……よし、これで良いか?」

マルセイは扉を開け、華やかな大通りを前にしてこう言ったのだった。

「食料を買うのを忘れていた。これもここに来た一つの理由だったよ」

マルセイは足早に店に向かって行った。




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