人殺し

 高台から改めてこの国を見張らす。左の方を向くと、俺たちが向かうべき国、ロヘニアが見えていた。やはりここからでも、かなり遠い気がする。

「…カレロナ。ロヘニアに向かおう。俺たち二人だけで」

「え、マルセイは?置いていくの?」

「……」

見つからないのならば、仕方のない事だろう。俺は意を決して歩く。

「…どうしたカレロナ。早く行くぞ」

カレロナはどこか腑に落ちないような表情でゆっくりと歩みを進めていた。

「うん…」

その返事も、どこかに曇りがある。


 しばらく歩いても、景色は代わり映えのしないままだった。ロヘニアの方角にずっと向かっているから、確実にゴールは近付いているはずだ。なのだが、こうも同じ景色が重なるとどうも気が沈む。自然に足取りは重くなり、それに続くようにカレロナも歩みがまた遅くなっていく。空は赤みがかり、夜が来る事を伝えていた。

「ねえ、もうそろそろ夜が来るわ。どうやって一夜を過ごすのよ」

「そうだな……。ここで野宿をするってのも危険だ。だから、どこかの家に訪問して一日泊めてもらうってのが一番安全だと思うぞ」

「ええ…。ここの人間はあんまり信用が出来ないわよ」

「そうは言っても他に良い案があるわけでも無いだろう?」

「まあ、それは…」

「じゃあ決まりだ。ちょっとそこの家にお邪魔しよう」

俺たちは近くにあった適当な家を訪問してみることにした。


 「ああ?何か用か小僧?」

扉を叩き、出てきたのはがたいの良い一人の男だった。

「一日だけでも良いから泊めてくれないか?宿がなくて困ってるんだ」

「へっ。嘘をつくならもっと良い嘘をつくんだな。それにここには盗む物もねえぞ」

男は俺を睨んでそう言った。改めて治安が悪いと実感する。

「いや、何も盗まない。誓おう。その代わり君も何も盗まないでくれ」

男は溜め息をついた。酒臭い臭いが辺りに広がる。

「誰がそんな条件……いや、分かった。良いだろう、泊めてやるよ。食い物は出さねえけどな。まあ良い、入れ」

と、いきなり表情を変えて入れと言う男に、俺は多少の違和感を覚えた。警戒が必要だ。そう思いながらも俺はその家で一夜を過ごす事にした。


 外はすっかり暗くなり、俺たちや男は寝仕度を進める。そして地べたに寝転がり、薄い毛布を被って寝るのだ。


 ――そして事件はその夜に起きた。

「……やめて…!助けて!」

カレロナの悲鳴と共に俺は飛び起き、隣を見たが、彼女の姿はなかった。声のした二階に上がり、彼女の姿と、男の姿を見たのだった。


 「……っくそ!お前が抵抗するから来ちまったじゃねえか、そのまま大人しく寝てれば良いものをよぉ…!」

男は壁にかけてあった武器を取り、俺に向けた。カレロナの服装は乱れており、酷く争った形跡がある。彼女は酷く怯えて、ぐしゃぐしゃになった髪を無心に戻して落ち着きを取り戻そうとしている。…警戒しておいて正解だった様だ。


 「邪魔を入れるんじゃねえ!くそがっ!」

男は剣を大きく振りかぶり俺に向かって走ってきた。思考が浅く、そして低脳な攻撃方法だ。すっと横に避ければ簡単にかわせる。

バキッ!

と言う音と共に男は剣を床に命中させ、床が派手に壊れた。そして剣をもう一度振り上げる一瞬の隙。今がチャンスだ。俺は腰の短剣をすかさず引き抜き男を刺す。男はバタリと倒れた。


 俺はカレロナの方に向かって歩く。カレロナはまだ怯えているようだ。そして彼女は、震えながらも、俺にこう言った。

「さ、さっきの人…死んじゃったんじゃ…」

まさか、冗談を言うな、必ず急所は外しているはずだ。

「剣技の天才がどうした?今のは確実に急所を外して…」

彼女が震える人差し指で俺を指差した。後ろを向くと、男の顔は先程開けた床の穴に沈んでいる。

「…う、があ……」

急いで確かめる。するとそこには、無惨な男の姿があった。


 家の骨組み、その一部が壊れたことで、丁度そこに男の顔がめり込む形になってしまったのだ。目や、口から棒がズブズブと入り、動かせない体を怨み男は悶える。そして最後に腕の力を込め、痙攣して男の動きは止まった。そう、男は死んだのだ。誰の手でもない、この俺の手で。俺は、もう、『一般国民』にはなれないのだ。

「…もう、止めよ…?」

「……」

「大人しくマルセイたちに見つけてもらおうよ。きっとどこかでフォクスが嘲笑ってるはずだもの。だから、大人しく助けを…」

何でだ…?

「嫌だね…」

「もうダメ」

俺は……。

「まだ、まだ俺は英雄でいたい…」

「おしまいなの」

違う……。

「赦される。これは事故だ!だから…」

「いい加減にして!」

キーンと頭に残る反響は、俺の罪を理解させる為の時間のようだった。ああ、俺は、俺は、『人殺し』なんだな…。


「……『隠れ家』」

壁に身を預けていたカレロナは、突如として現れた黒い空間に吸い込まれ、短い悲鳴と共に姿を消した。そしてそのポカリと空いた穴からは当然、あの男が出てきた。


「調子はどうです?英雄様?」




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