堕ちた英雄
はんぺん
英雄ディスペア
英雄になった日
城下町の門を開ければ、そこはお祭り騒ぎだ。皆が涙して喜んで、派手な衣装の男たちは笑って踊って…。そして父さんも、母さんも、本当に喜んでるんだな…。吹き荒れる紙吹雪の中、俺たちは王の間へと向かった。
「よくぞやってのけたな、ディスペアとその仲間よ」
王は依然として堂々と、そして優しい顔付きで俺たちを見た。俺は顔は動かさず、目線だけで全体を見回す。規則正しく並ぶ兵隊やら、荘厳と主張する真っ赤なカーテンやらなんやら…相変わらず肩の凝る場所だな。特に真っ正面の王様なんてもう…優しい顔ってのは分かるが、その顔の威圧感と言ったら半端ではない。先陣切って歩かされるこっちの身にもなってくれ。
「皆が君を歓迎している。君が私の国で産まれてきてくれて本当に良かった。君は我が国の一生の誇りとなるだろう」
あー勘弁してくれ。そこまで言われるとプレッシャーってもんがかかるんだ…。まあ悪い気はしないけど。…あ、なんか言った方が良いか…。
「いえ王様。我々は当然の事をしたまででございます。我々も、この世に平和が戻ったこと、嬉しく思います」
無難な事を言っておけば、何とかここを切り抜けれるよな、頼むから「ありがとう」の一言で締めて終わってくれ…!
結局一時間ぐらい話しやがったよあの王様。しかも夜からは宴があると…。まったく忙しい。
「ふふ、忙しそうね」
赤い髪をたなびかせ、茶化す様にそう話しかけて来たのは幼なじみでも、仲間でもあるカレロナだった。一緒に他の仲間たちもいる。
「ああ全くだよ。お前らも宴に出席しないか?」
三人全員が首を振った。まあそうだろう。
その理由を始めに話したのはクロイドだった。
「ま、俺は早く故郷に帰って親に会わねえといけないからな!ずっと心配してんだよ」
クロイドはああ見えて家族思いだからな…。腕っぷしは強いけど、その力を正義以外の目的で使ったのを見たことがなかった。よく事件に首を突っ込むけど、何だかんだで一番面白かった奴だ。
「私はまだ旅を続けたいので、本当はこうなるつもりじゃなかったんですけどね」
次に話したのはマルセイ。こいつはとにかく良いやつだった印象だなあ。頭も切れるし、魔法の使い方も上手い。知らんけど。成り行きで入った筈なのにここまで着いてきてくれたんだ。少し嫌味っぽい所が玉に傷だけどな。
「あ、あの…。私は、お兄様に会いに行かないとなので…ごめんなさい」
「ファリーは…そうか、病気の兄が居るんだったな。何、謝る必要はないよ」
「あ、ごめんなさい…」
…まあそういう奴だもんな。もう少し自信を持っても良いと思うけど。実際回復魔法を使えるのはファリーしかいなかったし、本当に役に立った。
「あれ、じゃあカレロナは…」
「あ、私はただ面倒くさいだけだから」
…。まあこいつはそういう奴だ。幼い頃から面倒くさがりで、何かにつけて強情なんだよな。剣技は才があるらしいし、実際強いけど、本人には口が裂けても言わない。
門の前で、別れ際に少しばかり話して、そして皆散り散りに去っていった。皆悲しそうではあったが、別れるときは案外あっさり終わるものだな。結局いるのはカレロナだけになっちまった。
「なあ…」
俺が話そうとした瞬間に、カレロナはこう言った。
「もうお楽しみの時間じゃない?」
「あ…」
すっかり忘れてた…宴があるんだったな。急ごう。
「じゃ、またな。カレロナ」
「ん…」
短い相づちをうつカレロナを見て、俺は王室に走って向かった。
…やれやれ、ようやく終わったよ。まさかあそこまで盛り上がる物だとは思ってもみなかった。
…それにしても静かだな。風とか、虫とかの音しか聞こえない。当たり前だけどな。辺りを見渡すと、塀の上に誰かが乗っているのを見つけた。
「…あれ」
不意に声をあげてしまった。あの塀の上にいるのは、カレロナか…?何でまた。
「おい」
俺が声をかけると、ビクッとしてこちらの方を向き、俺の顔を見た。
「…何」
素っ気ないなあ、ホントに。
「何してんだよ。こんな時間まで。もしかして俺を待ってたか?」
と冗談めかして言ったものの、
「ふざけないで」
だとさ。つれない女だ。
「…寝れないんだろ?よく子供の頃からそうしてたもんな」
「…」
夜空には一面星が見える。こんなに雲一つ無く見える日は久し振りのような気もした。
「ねえ…」
「どうした?」
彼女は空を見上げ、月の光に照らされた。
「もう彼らに会うことはないのかしら」
やや感傷じみた声でそう呟いた。こいつにも、案外そういう感情があるんだな。…まあ、それもそうか。
「また会いに行こう。いつかね」
俺がそう言うと、彼女は塀から飛び降り、俺を見て、そしていたずらに微笑んで、こう言った。
「きっとまた。いつかね、勇者様」
『勇者様』とは、彼女がよく俺を小馬鹿にするときに使う言葉だった。
「俺はもう勇者じゃないぞ」
言い返すように俺は言った。日はもう越えているだろう。平和をもたらした勇者は、それを達成し、報告したその後日。また別の呼び名と変わる。
「…そう言えばそうね。…それじゃあ、またね、英雄君」
それも止めて欲しいのだが…。まあ良いか。元気に走り去っていく彼女を見送り、そして俺は改めて実感した。
今日から、俺は『英雄』なのだと。
…しかしそれが終わりの始まりだと知るのは、まだ先の話だった。
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