エピローグ

エピローグ その一 ヨナタン



 古城から見る景色はあいかわらず、美しい。春の萌黄色の木々に包まれ、風にも爽やかな新芽の匂い。


「こんなところにいたのか。ヨナタン」


 背後から声をかけられ、ヨナタンはふりかえった。


「ベルンハルト」

「探したぞ」

「うん」


 兄の用件はわかっている。

 ヨナタンはもうじき大学入学資格を得る。これまでは家庭教師がつけられて、学校には通わずにいたが、大学には行ったほうがいいと、ベルンハルトが言うのだ。


 それはたしかに、ヨナタンもそう思っていた。このまま、山のなかの古風な城で一生を終えるわけにはいかない。将来、なんの職業につくのか、まだ目標はないが、大勢とふれあう学生生活で、何かが見えてくるかもしれない。


 それにしても、ラッキーだった。ヨナタンは孤児だ。父の名も母の名も知らない。

 でも、大金持ちの篤志家とくしかの養子にひきとられた。養父は持病で死んでしまったが、遺された遺産で兄弟は何不自由なく暮らしていける。


 でも、ベルンハルトのように城や財産の管理だけをして、この場所に縛られるのはイヤだなと思っている。ベルンハルトはそれが苦じゃないらしく、株や不動産などの取引きでそれなりに儲けて満足そうだ。財産のことは心配ないから、兄弟たちには好きな道に進んでほしいと言ってくれた。


(僕のやりたいことかぁ。なんだろうな)


 エメリッヒとヴィクトールは二人で起業して、ファッションブランドを立ちあげた。エメリッヒがデザイナーで、ヴィクトールは経営者権モデルだ。二人はいつもいっしょ。心が通じあっている。彼らは強烈なナルシストだから、たぶん、それくらいでちょうどいいのだ。


 クレメンスは城のまわりの風景を描いている。本人は画家を生業にする気もないようだが、ベルンハルトが執事のクリムゾンに命じて、たまに画廊に売りこませている。評判は上々。


 兄たちがそれぞれの道を見つけて、自分の足で歩いている。ヨナタンも決めなければ。


「それで、ヨナタン。大学は決まったか?」

「まだだよ」

「ベルリン大学なんかいいんじゃないか。総合大学だから、いろんな学科があるし、ドイツ国内なら離れていても安心だ。何かあれば、すぐに行き来できる」

「それもいいけど……」


 なぜだろうか?

 目を閉じるとよみがえる景色がある。湖面にボートを浮かべて釣りを楽しんでいるのだ。ヨナタンのほかに二人くらい乗っている。とても楽しくて、映像のなかのヨナタンはいつも笑っている。


(あれは誰だったろう? 兄弟の誰かかな? ベルンハルトとか?)


 思いだせない。

 でも、きっと家族だ。なんとなく、そう思う。


「僕、日本に留学してみたいな」


 ふと、そんな言葉が口をついて出た。自分でもなぜ、とつぜん、そう考えたのかわからない。でも言ってしまってから、ホッとした。


 そうだ。ずっと日本に行きたいと思っていたんだと、言ってから気づく。


「日本? なんで?」

「……日本の文化に興味があって」


 それは嘘だが、こう言っておかないとベルンハルトが納得してくれないだろう。


 ただ、なんとなく、あの夢のなかの場所へ、もう一度行ったみたい。そう思ったんだ——なんて言っても……。

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