第4話 ゆりかごの悪夢 その五
ウリエルが堕天使。
つまりそれは、一度は悪魔だったということだ。
「……なぜ、ウリエルは堕天したんだ? 理由は?」
マルコシアスは静かな声で答える。
「ウリエルは神の教えにとても忠実だ。だが、そのぶん、ひじょうに厳格だ。ゆえに、破壊天使の別名を持つほど。天使信仰が盛んになったとき、神の権威をとりもどそうとした教会が見せしめとして、ウリエルを堕天使と断罪した」
「えッ? それ、人間側の都合じゃないか?」
「人間側の都合で神性を奪われた神は、ほかにも多数ある」
「まあ、そうだけど」
「ただ、ウリエルの場合は、それは建前だ。ほんとの理由は神しか知らないとウワサされている」
「ふうん」
しかし、今現在、大天使として天界にいるということは、神にゆるされたということだ。堕天使から天使に返り咲いた。
(なんだろうな? ミカエルが殺されたことと関係してないよな?)
もしも、ミカエルが殺されたころ、仲間の天使たちから心臓を奪っていたのがウリエルだったとしたら、神の怒りを買うのは当然だろう。そして、ウリエルがゆるされて天界に帰ったとたんに、今度はアスモデウスが狙われた……。
(ウリエルは怪しいな。もしかしたら、まだ改心したわけではなく、改心を装って天界へ戻ったのかも?)
だとしたら、アスモデウスの心臓をとりだすのにジャマな龍郎たちを、ここへ呼びこみ足止めしたのだと考えられる。
「とにかく、ここを出ないとな。早く、アスモデウスを助けないと。マルコシアス。どうにかできないか?」
「それはできない」
龍郎はその答えに落胆する。
きっと今度もマルコシアスの飛翔の力で、すぐにぬけだせるだろうと考えていたのだ。
「なぜ、できないんだ?」
「タルタロスは悪魔を封じておく牢だ。なかには魔王もいる。魔王を閉じこめておくために、容易にやぶれる造りでは意味がない」
それもそうだ。
「えーと、魔法で翔ぶことは?」
「このなかにいるかぎり、魔力は封じられる。タルタロスは七十二柱の魔王が共同で創った地獄だぞ?」
「じゃあ、物理的に破壊することも?」
「できると思うなら試してみればいい」
天使は肉体的に人間より、かなり怪力だ。今ならできるかもしれないと思い、鉄格子を一本ずつにぎり、力をこめる。しかし、まったく動かない。破壊できる気がしない。
「ダメだ」
「まあ、そうだろうな」
「でも、前にベリトを牢から出したときは、さわっただけで鉄格子が壊れたんだが」
「それはベリトがおまえをだますために、幽閉されているふりをしていたからだ」
「なるほど」
これは困った。寸刻を争って、アスモデウスのもとへ行きたいのに、こんなところでムダに時間がすぎていくとは。
「どうにかならないかなぁ」
「以前、私が無限階段に閉じこめられていたとき、外からおまえたちが来た。そのあと、魔王ブネやガブリエルもやってきた。おそらくだが、このタルタロスを造った魔王なら、かんたんに空間を開閉できる」
「そうか。鍵であけしめするようなものか。そう言えば、グレモリーがそんなこと言ってたな」
つまり、七十二柱の魔王の誰かの助けがあれば、ここから出られる。
タルタロスは光る虫が壁や天井にビッシリひっついているので、あるていど明るい。その光でマルコシアスのよこ顔をながめる。
「マルコシアス。おまえは七十二柱の魔王の一柱だろ? おまえはタルタロス造りに関与しなかったのか?」
「残念ながら、私は堕天したときに、ここに堕とされただけだ」
「そうか。ほかに魔王に知りあいがいれば……グレモリーは?」
「グレモリーは死んだようだ。存在をもう感じない」
「そうか……」
龍郎は頭をひねる。
(ん? 待てよ? 七十二柱? 魔王? うちにそんなヤツいたんじゃなかったっけ?)
いた。あまりにも、それっぽくないが、たしかにヤツは魔王だ。
「
「そうだな。フォラスはここの創造にかかわっている。何よりも今、外にいるから、魔力を封じる牢の魔法がかからない」
「よし! 穂村先生に助けてもらおう」
いつもえらそうなことを言って、清美のスイーツをパクついた上、いつのまにか、すっかり居候状態だ。これくらいの役に立ってくれてもバチは当たらないんじゃないかと思う。
「あっ、でも、どうやって呼びだしたらいいんだ?」
「フォラスの本体は魔界にいるんだろう?」
「そうだと思う。だからって大声で呼べば聞こえるってものじゃないよな?」
困っていたときだ。
どこからか聞きなれた音がする。
「…………」
「…………」
龍郎はマルコシアスと顔を見あわせた。
「……龍郎。鳴ってるぞ?」
「鳴ってるな。電話」
しかし、この体は天使に生まれ変わったものだ。服はしかたないのでカーテンをローブ風にまきつけてきたが、当然、ポケットなどあるわけもない。スマホを持ってきてもいないし、固定電話があるわけもない。果たして、どこで鳴っているというのか?
音のありかを探すと、牢屋の壁の岩のスキマからだ。白く光っている。手をつっこむと、スマートフォンが出てきた。
「……もしもし」
「おお、本柳くんか? 清美くんの予言どおりだな」
タイムリーにも、穂村の声が聞こえてきた。
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