第4話 ゆりかごの悪夢 その二
*
龍郎はまだ自分が天使であることになれていない。が、背中に力を入れると翼を羽ばたかせることができることを知った。
「龍郎。天界まで、おまえが翔んでいくことは、まだムリだろう。私に乗れ」
マルコシアスが言ってくれたので、遠慮なく狼の魔王に乗る。以前と体のサイズが違うせいで、乗り心地も異なった。以前より、しっくりくる。
天界への道は前から異次元への移動をしていたので、さほど違和感はなかった。ただ、これまでと違って、ハッキリと座標がわかる。自分の目的地がどこで、どのていどの距離の移動をしているのか。
「あれが天界か。ミスティックマウンテンみたいだなぁ」
宇宙の闇と星々のなかに、発光するガス雲のようなものがあった。おそらく、人の目や機械ではとらえることができないだろう。
以前に見た、ハッブル宇宙望遠鏡の画像を思いだす。全体に青く、きらめく星を無数にまとい、下部にかけて紫から赤へグラデーションがついている。かすかに金茶色や淡いピンクのベールもうずまいていた。
「キレイだなぁ」
「当然だ。だが、ミカエル——」
「おれは龍郎だよ」
「……でも、天使に戻ったのだし」
「龍郎のほうがいいな」
ガブリエルは妥協したようだ。
「龍郎。君は天使として復活したばかりだ。すんなりとアスモデウスに会わせてもらえるとは思えない」
まあ、そうだろう。
はい。ミカエルです。帰りました。アスモデウスに会わせてくださいと言って、誰が信じるというのか。
「というか、もしかして、おれもノーデン……神様にあいさつしないといけないのかな?」
ガブリエルににらまれて、龍郎はあわてて言いなおす。龍郎に甘いガブリエルでも、やはり神の権威を冒涜することは許してくれないのだ。
「神はかんたんにはご拝謁くださらない。天使のなかでもご拝顔の栄誉に浴せるのは、上位天使のなかのごく限られたものだ」
「ふうん。そうなのか」
ミカエルとしての記憶がまったくないので、どうも心もとない。
そうこうするうちに、宇宙にそびえる果てしなく巨大な宮殿のような場所に突入していった。金粉をふくんだ濃霧のなかへつっこんだようだ。
霧が晴れると、そこは一見、地上と変わりがなかった。大地があり、建築物があり、海と空がある。
ただし、その大地は周囲をかこむ濃霧と同質で、星や銀河が透けて見えている。ふみしめる感触は土の地面より少しやわらかい。
空は青いが昼の部分と夜の部分が混在し、つねにオーロラのような光の帯が舞いおどっている。
そして、呼吸をするたびに体内に力が湧いてくる。天使を生かしているという例の物質のせいだろう。
「ああ、おれも未来エコカー仕様になってしまった。息が美味い!」
ガブリエルは笑った。なんだか、とても嬉しそうだ。きっと、とつぜんミカエルが死んでから、彼もずっと悲しみに暮れていたのだ。
その場所は天界のはしっこのようだ。
龍郎は思い出の入江を見たかったが、たしか、そこは神の御座所のある島だったはず。楽園と呼ばれていたのではなかったか。選ばれた上位三位の天使しか立ち入ることを許されない場所だ。
「楽園って、どこ?」
「ここからは見えない。天界の中心だ」
近場にあるのはギリシア建築のような白大理石の建物だ。そう言えば、ここの神さまは人間の世界で何度も暮らしていた。景色が人界に似ているのはそのせいかもしれない。おそらく、こういう様式が好みなのだ。
(前に一回だけ、ノーデンスに会ったっけ。アメリカに行ったとき)
ホームレスの老人に化身して現れた。あのとき、青蘭には使命があるようなことを言っていたが、なんだったのだろう。
考えているうちに、誰かがかけてきた。オレンジミルクのあの髪色。ラファエルだ。ツングースカにある遺跡を調べたときにも同行していた、四大天使の一柱である。
「ガブリエル!」
嬉しそうによってきて、ガブリエルの指を両手でにぎってから、ようやく、龍郎とマルコシアスに気づいた。とたんに美しい顔をしかめる。
天使は男でも女でもない。みんな中性的に美しくはあるが、この天使はどちらかと言うと男性よりだ。
「ミカエルッ? それに……マルコシアスは堕天使だろう? 楽園を追放された者が、なぜここにいるんだ!」
「私がつれてきた」と、ガブリエルは気軽に答える。かえってラファエルのほうがあわてている。
「なんてことを。そんなことがバレたら、いかに四大天使の我々だって、罰を受けるぞ」
「ミカエルが復活したので案内してきた。マルコシアスはミカエルの蘇生に尽力したので、追放をといていただけないかと思って」
「そうは言っても……」
忌々しそうな目で龍郎とマルコシアスをにらんだあと、ラファエルはクククッと嘲笑した。
「彼がミカエルだというなら、以前より弱くなったな。それではとても熾天使にはなれまい」
別にセラフィムになりたいわけではないからかまわないが、それにしても、このラファエルという天使は龍郎を嫌っているように感じる。
「そんなことはいい。アスモデウスはどこなんだ?」
龍郎がたずねても答えない。
あらためて、ガブリエルが問いただした。
「アスモデウスは?」
すると今度はすぐに返事があった。
「ゆりかごにつれられていったよ」
「ゆりかごか」
ガブリエルのおもてが険しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます