魔法のミュージカル屋さんへようこそ
ほか
オーバーチュア
みんなには大切な夢ってある?
まだわからない? すぐに無理かもって思っちゃう? うん。
そんなきみにこそ、聴いてほしい話があるの。
あたしの三才のころからの夢はバレリーナ。
憧れの舞台で踊ることだったんだ。
目標は、超一流の子どもバレエ団。
入団試験は一年に一度きり。受けられるのは、十才の子どもだけ――つまり、あたしが受けられるのは人生でたったの一回。
十才の夏、その試験で、あたしは不合格になった。
もう二度と踊らない。
そう決めた。
でも、その誓いは試験の三日後、あっさり破られることになる。
それは、ふさぎこんでるあたしを心配したパパとママに連れられて、わざわざ二時間近く列車に揺られて行った場所、ロンドンのピカデリーサーカスっていう町の片隅の劇場で起こった。
「主役の女優さん、とってもきれいなのよ」
あたしがいたのは二階席。となりの席でパンフレットを見ながら、いたずらっぽくウインクしてママが言ったのを、足をぶらぶらさせて聞いていたのを覚えてる。
ママとパパがあたしのためにここに連れてきてくれたのはわかってたから黙ってたけど、正直な話、あんまり乗り気じゃなかった。
目の前の舞台でもうすぐはじまるのは、ミュージカル。歌や音楽をまじえたお芝居だ。もちろん、踊りも出てくる。
もう二度と観るもんかって思ってた。
あれだけのがんばりに、こたえてくれなかったバレエなんか。
そんなだったから、お芝居がはじまってからもしばらく、上に下にぶらぶら動く自分の足を見つめていたんだよね。
そしたら、いきなり、あたしのお腹の中に音楽が鳴り響いた。
ほんとに、耳っていうよりお腹に響くようなオーケストラの音楽。
それは嵐の川のようにあたしを飲み込んで、揺さぶり続けた。
それが生まれて初めてあたしが観たミュージカル。
演目は『オペラ座の怪人』。
パリのオペラ座の地下に住む怪人と、歌手のクリスティーヌの悲しい恋の物語だ。
クリスティーヌが初めて歌いだしたとき、あたしの心は嵐の川の渦の真ん中に飲まれるように、舞台にぐいぐいひっぱられてしまった。
パパにそっと渡されたオペラグラスで、演じている女優さんの顔を見たとき、あたしの口はあんぐりあいていたと思う。
それは十八才のあたしのお姉ちゃんだったの。
そのときのあたしは、ロンドンから遠く離れたコッツウォルズっていう田舎町の小さな家で、パパとママと暮らしていた。
小さいころから歌の勉強をしてきたお姉ちゃんは、有名な劇団に配属が決まったと言って、あたしたち一家と離れて大都会ロンドンに来ていた。
それはわかっていたけど。
目の前にいるのはたしかにお姉ちゃんでも、お姉ちゃんじゃないみたいだった。
いつもほんわかおっとりしてるお姉ちゃんが、儚げな雰囲気を持った恋する美少女に変身していた。
舞台が終わったあと、ほかの役者さんと一緒におじぎをするお姉ちゃんに叫んだ。
「ブラボー!」
この人はあたしのお姉ちゃんなんだよ。
優しくて天然で、ロマンス小説が大好きな、あたしの。
客席の人みんなにそう言いたくてしかたなかった。
遠くの舞台にいるお姉ちゃんが一瞬、こっちを見て、おっとり笑った気がした。
あたしは両隣でいっしょに立ち上がって拍手するパパとママに心からのありがとうを伝えた。
二人とお姉ちゃんのおかげで、バレエ以外にもこんなに人の心を揺さぶる舞台があるんだって知ることができたんだから。
そしてその日あたしは決めたんだ。
ミュージカル女優になることを。
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