ラノベの知識をフル活用!現役厨二病患者が念願の異世界転生を果たす!
吉岡 我龍
第1話~チートを超えた最強能力で誰もが羨む野望を全て叶えて勝ち組人生まっしぐら~
高校の入学式から1か月、クラスの席順、クラブ、委員会などの交流で、それぞれが交友関係を築き始める頃、
ゲーム、漫画、ラノベを嗜む新入生『末宮宮輔』は今日も1人で帰宅していた。
インドアな生活と性格なのでこれまでも気を許せる友人などを作る事は出来ず、
中学時代のオタク仲間も進学を機にすっかり連絡が疎遠になる。
既にこの先の学校行事を思うと憂鬱になる日々。
3月末に発売した名作RPGのナンバリングタイトルだけが今の彼の唯一の拠り所だった。
(早く帰って続きをやろう・・・)
今までのシリーズを全て網羅していた為に惰性で買ったゲームなので、
そこまでハマりこむ予定もやりこむ予定もなかったのだが、
高校という新しい舞台に移り早1か月。
まさか自分が未だにぼっちのままだとは想像もしていなかった。
もう少し自分にコミュ力があればこの状況を打破出来るのにな、と思わなくもないが、
(まぁネットでも変な奴とつるむくらいならぼっちの方が良いって皆言ってるしな。)
そのおかげで大作RPGにゆっくり時間を割けるのだ。
最新の技術とCGを駆使したFATALFATE11は期待していなかっただけに今の状況も相まって非常に面白く感じていた。
(シナリオだけは相変わらずイマイチなんだよなぁ)
心の中でぼやきつつ、ホームで電車を待つ。
そんな彼が自身の人生に本気で願いを賭けている事がある。
異世界転生だ。
様々な作品に目を通しながら、『俺ならこうする』『俺ならああする』と妄想し続ける日々。
もし俺が異世界に転生したら、その世界の理は全て俺の意思で覆せるだろうと。
厨二病全開の彼は常にそう思っていたし、転生を心から願っていた。
(どんな設定の世界でもいい。俺が異世界に行けたら、その時こそ本気を出して全てを手に入れる。)
15歳で経験も知識もない彼の脳内はいつも暴走するとそんな事ばかり考えていた。
いや、知識や経験がないからこそそういう妄想で埋め尽くせるのだろう。
様々なチートと呼ばれる最強能力。そして彼を取り巻く美少女達。
思えば思うほど渇望する。
いつかは必ず行けると信じて。
(何故なら俺は、選ばれし者なのだから。)
妄想全開の思考のまま、片手にあるスマホで帰ってからのゲームプレイをシミュレートしていく。
(2つの思考を同時に進められる。俺はやっぱりすげーな。)
自分の隠れた才能にご満悦な宮輔は、少しでも帰宅を早くしようと
最前列で電車を待つ。
(今日はあのダンジョンに行って、いや、その前に隠しシナリオが一区切りするところまで進めるか。
武器の強化も仕上げたいから今夜は長い戦いになりそうだ。)
にやりと薄笑いを浮かべ、気持ち背筋を伸ばして
誰が見ている訳でもないし、誰かに見られると恥ずかしいので気持ち程度、
FF11の主人公のポーズを真似る。
その時突き出してしまった左肘がたまたま後ろの同校生徒に当たり、
「って?!なんだよ?!」
普段家の中で大声を上げる事はあっても上げられた事などほとんどない彼は
びくりと反応し思わず後退る。
「あ?1年かよ。謝罪はどーした?!?!」
年上らしい2人組に強く迫られ、さっきまでピンク色だった脳内は真っ白になり、
「あ、あの・・・・・」
それだけ言うと後は恐怖て言葉が出なくなる。
「何とか言えよこらっ?!?!」
思いっきり胸を突き飛ばされ、細身で筋肉のない体は簡単に後方に飛ぶ。
どんんっっっっ!!!!!!!!!!!!
即死である彼に客観的な視点でそれを捉える事は出来なかったが、
夕方に起きた高校生のホーム転落事件は後に事故として片付けられた。
痛みはなかった。
眩しくて目を覚ますと、そこは間違いなく自分のいた世界ではない。
察しの良さで、夢にまで見た異世界転生に自分が選ばれたと確信した宮輔は勢いよく跳ね起きる。
これがラノベなら読者から『超速理解かよ』となじられそうだが、
その異世界に転生した彼からすればそれはすでに負け犬の遠吠えにも劣る雑音だ。
見回してみても中世らしい民家しかなく、数は少ないが村人は非常に古めかしい恰好をしている。
宮輔を一瞥するとささっと距離を置き、関わらないようにそそくさと素通りする人々。
(そうだ。周囲ばかりじゃなくて・・・)
自身の体を確認してみる。どうやら衣服は下校時のままのようだ。
異世界からみたら学生服などは相当際物に見えるだろう。
鞄もスマホもあるので、試しに操作してみるが、
(・・・これは使えないか。そういう作品もあったのになぁ)
チート能力であろう機器は除外されたようだ。
といえど、
(間違いなく異世界だ!!やっと俺の本当の人生が始まる!!!)
今となってはホームで突き飛ばされた事に感謝しかない。
(まぁもし今度出会ったら、俺のチート能力でぶっ飛ばすけどなw)
二度と会うことはないだろうが、うれしさで思わずそんな事を考えると、
(そうだ!!まずは冒険者ギルドを探さないと!!)
あらゆる異世界転生を網羅した厨二病の彼は早速行動を起こそうとする。
しかし、さっきも見渡したが民家がちらほらとあるだけで、
そもそも人が少なく、目を奪われるような美少女も近くには見当たらない。
(これは旅立って大都市に向かう系か?となるとこの村?っぽい所で準備をしないといけないのかな?
そういえば転生時に女神様みたいな人にも会えなかったな。)
異世界に携わるものはファーストコンタクトが大事なのだ。
そこで自分好みの美少女に会い、関係を深めていく事も異世界でのテンプレ、いや、摂理といってもいい。
(どこだ?どこにいるんだ?)
きょろきょろと周りを見ながらその小さな集落っぽい場所を歩き回る宮輔。
それを続ける事30分。
見慣れない服を着た猫背の少年をすっかり怪しい人物だと認識した村人達は
家にかんぬきを掛け、警戒体勢に入る。
対人経験を疎かにしてきたオタクにそんな彼らの気持ちを察する事など出来るわけも無く、
自身が世界一強い人間か、世界を救う主人公だと勘違いしたまま宮輔は更に徘徊を続け、
1時間後には村の男衆が鍬や槍などを構え、彼を取り囲んでいた。
周囲が警戒する心境を察する事は出来なかったが
さすがに目の前に現れると自分が囲まれたという事実は理解出来た。
しかし、転生者である宮輔は初めて向けられる刃物を相手にしても取り乱す事はなかった。
何故なら転生者だからだ。
(あれ?一言もしゃべってないのに怪しまれてる?あ、服か。)
さっさと着替えればよかったな、と思いつつ、これが逆に目立って美少女から声がかかるんじゃないかと。
そんな邪推もあって気兼ねせずうろついていたのだが。
「おい小僧!!この村になんの用だ?!?!」
正面に立つ体格の良い男がこちらに向かって怒鳴ってきた。
さすがに大きな声だった為、現世の時と同じくびくっ!!と体を大きく振るわせてしまうが、
(・・・そうか?!これがチュートリアルだな?)
自分がまだ何のチートを持っているのかわかっていない。
恐らくこのイベントでそれが発動するのだろう。
魔法系か?それとも無双ゲーみたいな腕力全振りか?召喚とかも楽しそうだな。
心を操れたりして・・・でも運だけ高いとかはヤだな。
来たるべく己の本当の力が発動するをにやけながら待つ宮輔。
その無防備すぎる後頭部に後ろから木の棒が思いっきり叩きつけられ、
ばきゃっ!!!
激しい音と共に崩れ落ちる。
気を失っているにも関わらず、それまでの怪しい行動の数々に
周囲は気を許すことはない。
数人がかりで押さえつけに入り、更に縄で手足をぐるぐる巻きに縛られる。
完全に身動きが取れなくなってから初めて無抵抗な事に気が付いた村人達は
その顔を覗きこみ、白目をむいている事に安心し、少し笑い声が上がる。
やがて椅子に座って縛り付けられ、顔に水をかけられると
意識を取り戻す宮輔。
そこは村から少し外れた大きな広場になっていて、
目の前には老人が同じような椅子に座ってこちらを睨んでいた。
(あ痛って・・・あれ?頭が凄く痛い・・・)
どうやら後ろから不意打ちを食らったらしい。
それはわかるのだが、気を失っていたのか?
だとすればチートとして自身の体力には期待出来そうもない。
少し残念ではあるが、そうなると逆に攻撃面全振りの可能性が高くなってきた。
防御極振りの作品もあったが、やはり派手な攻撃系能力のほうが厨二病の心を満足させるに違いない。
・・・・・
(しかし痛いな・・・誰か回復魔法持ちはいないのか?
未来の救世主がこんな仕打ちを受けるのはどうなんだ?)
世界情勢も知らないまま救世主気取りなのも宮輔らしいが、
縛り付けられたまま動けないのでとりあえず周囲を見渡してみると、
かなり距離を取って村人達がこちらを恐怖を浮かべた目で見ている。
相変わらず美少女はいない。
「・・・おい。聞いてるのか?」
痛みと自身の能力を考察していて全く耳に入らなかったが、
どうやら正面に座る老人が何か話しかけていたようだ。
「・・・な、なに?痛って・・・」
声を出すと頭に響く。相当強く打たれたのか、体力が低いのか、
うんざりした表情で老人を見ると、小刻みにプルプル震えている。
その様子を自分の姿を見て怯えていると勘違いした彼は、
(何だ?俺の姿が変貌してるとかか?)
変身系だったら、もう少し早く発動してほしかったものだ。
鏡などで確認出来ないし、後ろ手で縛られている為、どういった変身かはわからないが、
周囲の畏怖を感じ取れる視線からして何か変化が起きているのかもしれない。
(思いっきり力を入れれば縛られた縄くらい引き千切れるだろう。)
派手なパフォーマンスも考慮し、ここは全力で行く。
「ふん!!」
力を入れて腕を伸ばそうとする。
その動きに周囲がか細い悲鳴をあげ、待機していた村人がまた槍やら鍬やらを向けてくる。
(・・・あれ?)
「・・・・・ふん!!!」
もう一度力を入れて縄を引き千切ろうとする。
しかしよほど丈夫なのだろう。縄は伸びてる気配すらない。
(変身系でもない?腕力でもない?覚醒か?やっぱり魔法系?)
脳内に自分だけ聞こえるスキル解放の声も響いてこない。一体どうなっているんだ?
「・・・無駄なあがきはよせ。お前の名前とこの村での目的はなんだ?」
今度はしっかりと聞こえた。
老人は2つの質問をしていたようだ。それよりも、
(そういえば言葉はわかるな。文字はどうなんだろう?)
宮輔は別の問題に取り掛かりっぱなしだ。周囲の事はどうでもよかった。
まずは何としても自分の最強チート能力を理解せねばならない。
殴られた痛みを忘れる為にも、他のパターンを思い返し、
どうすればそれを開放できるかを考える中、しびれをきらした村人が
右肩に先程頭に打ち付けられた因縁の木の棒を打ち下ろす。
痛みと肺を押しつぶされた感覚に息が詰まる。
「・・・・っはっ?!?!」
びくんと体が反応し、その後肩で激しく呼吸する。
「はあっ!はぁっ!!はあっ!!」
「言葉はわかるか小僧?名前とこの村で何をしていたか吐け?!」
老人が片手を軽く上げると今度は左肩に打ち付けられ、
「・・・・っ?!?!」
痛みと苦しさに悶絶する宮輔。そこに今度はバケツらしきものに入った水を
真正面からぶっかけられ更に呼吸困難に陥る。
「げっは!!!!っはぁっ!!げほほ・・・はぁっ!!はぁっ!!」
むせ返り、痛みが走り、目の前の現実に引きずり出された宮輔は、
射すような視線を感じると、体を震えさせ、
「・・・はぁっ!!・・・はぁっ・・・す、末宮、宮輔・・・です。も、目的は・・・わかりません。」
現世と同じように、初対面だった老人におどおどしながら
息苦しさと恐怖と痛みの中、やっと自己紹介を終えた。
その日はそのまま放置されていた。
夜になると流石に寒さを感じるほど冷えてきた。
殴られて腫れた部分に熱を持っていた為、よくわからなかったが、
そんな状態でも体がぶるっと震える。
(・・・確か、こんな風にひどい目にあってた転生モノも、あったよな・・・)
思考は未だに発動しない最強チート能力の正体を探ろうとしているが、
傷を負った体が休息を欲しているらしい。眠りそうになる中、
(俺は器が大きいからな、これくらいの事でこの世界を恨んだりはしないさ・・・)
そう。後から得られるであろう俺ツエーの快感を想像すると、
この程度のイベントはすぐに笑い飛ばせる過去になるはずだ。
もしかするとこの状態から誰かが助けに来るパターンなのかもしれない。
そこに思考が行き当たると、今夜は体の訴えに従い、このまま休もうと意識が途切れる。
一瞬で眠りについた宮輔は日が昇り、周りが騒がしくなる中未だに眠っていた。
やがて、やっと彼の味方になるであろう人物が姿を現す。
「ヒロトさん。こいつです。」
「おお!戻ったかヒロト。」
男衆と老人にそう呼ばれた男がずんずんと迫ってきた。
多少耳なじみのある日本語の人名にぴくりと反応するが、
打たれた場所が痛む為、目を覚ましたくない宮輔は無理矢理寝続ける事を選ぶ。
「ああ。間違いない。こいつは同郷のモンです。皆に心配かけて申し訳ない!」
そんな彼の前でヒロトと呼ばれた中年が四方八方にぺこぺこと頭を下げる。
「やっぱりそうか。今までよりも不気味な雰囲気だったから
ちょっと手荒に扱っちゃいましたが、大丈夫ですかね?」
宮輔を殴っていた男が申し訳なさそうにヒロトに言うが、
「なーに。大した問題にはならないよ。おい、おきろ!」
そういって顔をバチンと叩かれる。
大きな手の平は彼の頬を全て覆う。力の入っていない首はみきっと変な音を立てた。
「・・・痛って・・・もう、何なんだよ・・・」
目を開けると浅黒く日焼けした日本人男性がこちらを覗き込んでいる。
「お前転生者だな?俺が便宜を図って開放してやるから。ちょっとうちに来い。」
(美少女とは対極の人物が俺を助ける?)
いい加減冗長なシナリオ展開にうんざりするが、この男は転生者と言った。
聞き逃せない言葉に色々質問したいが、とにかく未だ体が休息を欲している為、
縄を解かれた宮輔は黙って後について歩く事を選ぶ。
縛られていた広場から見渡す限りの農地の中を続く道を歩く事10分以上。
疲れている上に体力が無い彼はその場にへたり込む。
「おいおい。まだ先なんだぞ?しっかり立て。」
ヒロトと呼ばれていた中年は腰に手を当ててこちらを見下ろしている。
恐らく彼も転生者で日本人のはずだ。
「わ、わかんねーのかよ・・・殴られて痛いし疲れてんだよこっちは!!」
やっと自分の素性を理解してくれる者が現れたからか、
今までの不当な扱いに限界だった宮輔は怒りをぶつける。
「あっそ。んじゃ俺は先に行ってるから。徒歩だとまだ20分はかかる。
休んだらさっさと来いよ。」
そういって彼を置いて先に帰るヒロト。その後姿を見て、
(なんだよあいつ!!見た感じ相当年食ったおっさんだし!!なんでおっさんが転生とかしてんだよ!!)
心の中で悪態をつく。
そういう作品もあるのだが、彼が転生モノの小説を選ぶ時、そういった中年の主人公は避けていた。
宮輔は15歳。現役バリバリの厨二病患者だ。
そんな彼からすると成人式も過ぎた年寄りが転生を夢見る事が情けなく、
そして何より惨めだとしか感じなかった。嫌悪感でいっぱいだったのだ。
しかし現在その中年に助けられた形になっている。
本当はあの男の家などに行きたくはないが、この世界の情報、
そして治癒がほしかった。
少し休憩し、そこだけはしっかりと頭の中で整理すると仕方なくまた歩き出す。
怪我のせいもあり体力が無いせいでもあった。
そこから1時間以上かけてやっと見えてきた家に入ろうとする。
「なんだいお前は?!」
家の裏から鋤を構えて中年女性が凄んできた。
「ああっ?!え、えっと・・・」
この家ではなかったのか?慌てて弁明しようとするが、
「お、来たか。アリス。そいつは俺の客だ。鋤はしまってくれ。」
扉が開いて中年が笑いながら顔を出す。
「・・・また転生者ってのかい?あんたの国は本当変な人間が多いねぇ・・・」
アリスと呼ばれた中年が呆れ顔でこちらを嘗め回すように見てくる。
実に不愉快だが、ここは我慢だと己に言い聞かせる宮輔。
「ま、上がれ。」
ヒロトは先程と変わらずさばさばとした態度で彼を中に入れる。
そこの椅子に座らされると、
「で、お前の名前は?何処から来た?年は?色々聞かせてくれ。」
テーブルを挟んで正面に座った中年が興味深そうに質問してくる。
しかし宮輔の口から出てきた言葉は、
「そんな事より回復しろよ!!俺めっちゃ怪我してて痛いんだけど?!」
まずは自身の怪我を治せと主張する。当然だ。
転生した最強の力を持つ将来の救世主に対してあまりにも対応が悪い。
(だからおっさんは駄目なんだ!知識や常識が無さ過ぎる!!)
それも口に出したいが、年齢より精神年齢が高いと自負する彼はぐっと堪える。
(心象を悪くする必要もないしな。大人だよなぁ俺・・・)
「まず名前を言え。それから年齢だ。その後治癒に関しては教えてやる。」
そんな宮輔の怒声を前に、冷静に返す中年。
「もったいぶってんじゃねぇぞクソ!俺は末宮宮輔!!15歳!!
ほら!!さっさと魔法でもポーションでもいいからくれよ!!」
「そうかそうか。まずこの世界にそんなものはない。」
「は?!?!」
笑顔でそう答えてくる中年に怒りゲージは更に溜まる。
「魔法は存在するらしいが俺も知識程度しか知らん。
回復魔法ってのは恐らくないだろう。俺も聞いたときは笑われたもんだ。」
補足を入れてがっはっはと笑う姿に怒りで頭がくらくらしてくる。
「じゃ、じゃあポーションでいいよ。くれよ。それくらい持ってるだろ?」
「2年ほど全力で働いて稼げる金額くらいで購入は可能らしい。
俺も手にした事はないからこれも知識だけだ。」
「・・・・・」
何がなんだかわからない。
ここは異世界のはずだ。数多のモンスターや魔法や伝説のあるファンタジー世界。
そこに転生してきたはずなのに聞こえてくる内容があまりにもしょぼい。
(・・・転生した世界がしょぼい場合はどうすればいいんだろう・・・)
一応魔法やらポーションはあるとこの男は言っているが、
自身で使えるわけでもなく、手にした事すらないという。
(このおっさん、まじで使えねぇな。はぁまじ・・・)
今までの中年転生者に対する自分の認識が正しかったという事だけが
唯一得られた有益な情報だと心の中でため息混じりに確認し終える。
「じゃあおっさんはこの世界で何してんだよ?チート能力使って世界を救ったりしてないの?」
今までは心の中だけで呼んでいたおっさん呼びをここで口に出してしまうが、
「チート能力ね。確かにそんな力があれば旅をしてたかもな。」
懐かしそうな目で微笑んでこちらを見ている。
宮輔からすればにやにやと笑われている印象でしかなかったが、
「てことはあんた能力何も無いの?何のために転生したの??」
堰を切って不平不満と悪態が口から流れ出てくる。
全ては中年を下に見ているからこその言動なのだが、それでも態度を崩さず、
「さぁな。少なくとも今は妻も子供もいるから幸せっちゃあ幸せだけどな?
あのまま日本にいてたら一生ぼっちで独身だったかもしんねーし。」
懐かしそうに語るヒロト。
(駄目だ。こんな落ちぶれた人間と話してたら俺までおかしくなるわ。)
自分は間違いなく選ばれた人間で、この世界へは最強チート能力を携えてやってきていると
信じて疑わない少年は、もはや時間の無駄だと感じ、
「わかった。とにかく傷を治して冒険者ギルドに行きたいんだけど、どうすればいい?」
今後のプランを口に出す。
「農協はあるんだけど冒険者ギルドってのは存在しないぞ。」
「ええ?!・・・じゃあ王様に会いに行くから王都までの道を教えろよ。」
「お前が行っても不敬罪で処刑されるのが落ちだと思うけどなぁ。」
「あんたさっきから何だよ?!何もしてねぇのにいちいち口はさむなよ!!」
のらりくらりと答弁する姿にもイライラしていたのでまたも激しい口調で攻め立てる宮輔。
それでもヒロトは調子を崩さず話を続ける。
「これでも結構色々やってきたんだぜ?もうこの世界にきて16年だ。
知識も経験もお前よりずっとあると思うんだけど?」
「・・・・・え??」
(・・・ということはこのおっさん、転生した時は・・・)
「俺はヒロト、苗字はもう捨てた。平成25年から転生してな。当時ここに来たときは17歳だった。」
「・・・・・」
今まで読んだ事の無い転生モノのシナリオに思考が完全に止まる。
「宮輔は何年から飛ばされたんだ?ここに来る奴らの年代って結構ばらつきがあるからさ。
気になってたんだ。」
「・・・・・れ、令和3年・・・です。」
訳がわからなくなり、怒りの顔も完全に引っ込んだ宮輔は素直に答えると、
「れいわ?何それ?平成の前は昭和だし・・・未来人?」
「え、えっと・・・平成の次、です。」
「へーーーー。そんな時代からも飛ばされるんだな。」
そういって笑うヒロトを見て、今までの認識を全て修正する必要があると感じる。
(16年・・・・・異世界に飛ばされて16年も・・・・・)
そんな長く描写していた転生モノは自分が読んだ中には存在していなかった。
いや、正確にはあったが、それらの主人公は当然最強能力を手にしていた。
転生モノのそのどれもが永遠の活躍を約束され、永遠に美少女達と甘い生活を送る。
それが当然だと思っていたのに・・・・・。
その夜はヒロトの家で食事を頂き、傷の手当てをしてもらうと
「転生者用に1部屋とってあるんだ。今夜はここを使え。」
そういって離れた小屋に案内してくれた。
やっと落ち着いた宮輔はここに来て色々不便があると感じ始める。
まずトイレがない。トイレの場所としてはあるのだが、
今まで匂いだことの無い悪臭が漂っている。
生理現象の為、そこで用を足すのだが、紙もない。
紙は貴重だという話は歴史で学んでいたが、ヒロトがいうには
「小川で洗い流すのが一番だ。」
ということで、現代人の宮輔は下半身を露にし、手でこすり何とか清潔を保とうとする。
風呂もない為、体は川の水で洗い流す。
お湯をそれに使うというのは非常に贅沢らしい。
もちろん電気などはないのでスマホの充電に頭を悩ませる。
といってもネットには繋がらないのだ。
出来る事といえばカメラか録音か、あとはメモを取るくらいだろう。
そして寝具。羽毛布団で寝ていた彼にごわごわの硬い御座のようなものが渡される。
「慣れればこれでも十分なんだけどな。」
異世界暦16年の中年はそう笑って言うが、慣れるには何年かかるのか・・・
虫なども当たり前に飛んでおり、網戸はおろかガラス窓すら存在しないそこで
頭まで御座を被り、せめて音からだけでも開放されようとする宮輔。
しかし本人が思っていた以上に体へのダメージが蓄積していたのか、
次の日は熱を出して起き上がる事が出来なかった。
転生してから何も出来ないまま3日が過ぎた。
ヒロトの奥さんが作ったおかゆをその子供が彼の部屋に運んできてくれる。
意識が朦朧とする中、
今後の無双プランをぼんやりと浮かべつつ、まずは体を治す事に力を注ぐ宮輔。
(元気になったら、まずはヒロトからもう一度情報収集だ。)
ぼんやりしていたら自分もあっという間に年をとってしまう。
そしていつの間にか名も知らぬ村の一員ルート・・・
そんな悲惨な目にだけは合いたくない。
(ここからが本当の人生なんだ。本気を出さないといけないんだ!)
その強い想いが体に届いたのか、次の日には熱も下がり、起き上がる事が出来た。
彼らが夕方前に仕事から帰って来た時、
「ヒ、ヒロトさん。この世界について教えてもらえませんか?」
宮輔は話を切り出す。こちらの顔色を伺いつつ、
「・・・まぁ話くらいは出来るか。」
彼の体調を確認したヒロトがテーブルを挟んで最初と同じ椅子に腰掛ける。
「といっても俺から言えることって、まずチートなんてものはないと思う。」
いきなりとんでもない事を言い出す。
チートが無ければ異世界など不便な片田舎でしかない。
(そんな訳が無いだろ。この人どんだけ調査不足なんだ。)
恐らく元からそういう性格なのだろう。
だから何も成し遂げられずに16年も月日だけが流れていったに違いない。
「実は転生者は年に3、4人、この村に現れるんだ。
いつの間にかその事情を知ってる俺が引き受け役みたいになってるんだが。」
色々言いたい事はあるが、とにかく話を聞き進める。
「まぁ俺もそうだったけど、皆まずは冒険者ギルドとか王への謁見を求めようとはする。
そもそも冒険者なんてのが存在しないし、王に会いに行って処刑された者もいる。」
(間違いなくチートを確認せず行動してたんだろうな。)
にわかがそういう行動を起こした結果だろう。ダサすぎる。
自分には絶対に有り得ない内容なのでこの辺りは適当に聞き流す。
「しかし旅人っていうのはあるんだ。これはただ旅をするだけじゃなく、村と村、
国と国を結ぶ仕事を任されたりもする。郵便局員とか・・・宅急便みたいな仕事かな?」
(輸送か・・・でもそんなのはテレポートみたいな手段で何とでもなりそうだけど)
世界の主人公になる男のやる仕事ではなさそうだ。
「初日にも言ったけど魔法やらポーションってのはある。しかしそれはごくごく一部の
上流階級にしか認められていない技術だ。
その姿を見れたら一生もんの宝だって言われるくらいに稀らしい。」
(自分で使えればいいだけの話じゃん)
彼の言う事はいちいちモブキャラっぽくて突っ込まずにはいられない。
それでもそれは心の中だけに留めて話を聞いていく。
「なのでお前が聞くとも思えないが、最初に俺の全てを込めてアドバイスをする。
お前はここで仕事を見つけて働け。貯金が出来たら自由に旅をすればいい。」
「えっ?!」
「路銀ってのは絶対必要だ。そしてそれをお前に渡してくれるような人間はこの村にいない。」
「ヒ、ヒロトさん・・・は?」
裏返り気味の声でそう言うと、彼は今まで見せたことのない真剣な表情で、
「俺には家族がいる。これを養っていくのが全てだ。
悪いが同じ日本人だからといって金まで工面出来るほど余裕はないんだよ。」
「・・・・・」
(マジで使えねぇ~・・・)
その後も色々話をしてみたが、結局のところ働いて金を稼げという所に戻ってしまう。
途中から聞く気もなくなった宮輔は何となく王の住む城の行き方だけを聞き出し、
食事を済ますとそのまま自分の部屋に戻り体を休めた。
しっかりとした食事を貰い、やっとふらつきも収まった頃、
宮輔はヒロトに旅に出る旨を伝える。
「・・・やっぱり伝わらなかったか。難しいよな。」
「うん。だから水筒だけほしいんだ。」
水さえあれば人は死なないとどこかで聞いた事がある。
それくらいはもらえるだろうと気軽に頼んでみたが、
どうも今日は奥さんの機嫌が悪かったらしい。
調理場で食事を作っていたアリスがこちらにつかつかと早足で歩いてくると、
ばちこーーーーーーん!!
とんでもない平手打ちが宮輔の頬に飛んできた。
椅子から吹っ飛び床に倒れて痛みをこらえていると、
「あんた!!急に転がり込んできておいてずーっと偉そうにしてるけど何様だい?!」
大声で怒鳴ってきているが、今の彼は痛みの中、
(この人、旦那より腕力あるんじゃないか?!)
最初にヒロトからもぺしぺしと叩かれていた記憶が蘇り、比べてその差を痛感していると、
「ま、まぁ待てって!アリス落ち着いて!」
ヒロトがなだめようとしている。
どうやら客の前ということで猫を被っていたらしいが相当な恐妻なのだろう。
いつもは尻に敷かれているに違いない。
(結婚が人生の墓場だって誰かが書き込んでたな・・・w)
とんでもない理不尽な暴力を受けた宮輔は立ち上がると、
そのまま離れに向かい、その夜は食事を取らずにそのまま就寝した。
次の日、いつもと同じように朝食を取りにいくと
食事は用意されていなかった。
(うわー。陰湿。これだからBBAは嫌なんだ)
一刻も早く美少女達との出会いをと胸に誓った宮輔はもはや何の未練もないヒロトの家を出る。
水筒くらいは欲しかったが、そこは転生者だ。
彼に危険が迫れば周りが放っておかないだろう。
現にこのヒロトもチュートリアルキャラとして自分の面倒を見てきたのだ。
腹は減っているものの、心に大きな野望とこれからの計画を抱き、
教えてもらった方向に道を歩き出そうとした時、
「待て宮輔!」
後ろからヒロトが声を掛けてきた、
「行くんだな?じゃあこれを持っていけ。」
そういって革の鞄に食事と水筒、そしてこの世界で始めてみる貨幣を手渡してくれた。
「はじめて見るだろ?これが最小単位の1ゼン。これが5ゼンで10ゼン。単位はゼンだ。
少ないがこれを持っていけ。」
(何だ、やっぱりこうなるんじゃないか。)
心の中でそうつぶやきながら無言でそれらを受け取る。
そして『ゼン』という単位に何かひっかかるものがあった。
「文字は読めないだろうから高望みはするな。雇ってもらえるところがあれば
全力で働け。いいな?」
そんな思考の邪魔を最後までしてくるヒロトに、
挨拶くらいはしようと思っていた気持ちも萎えて、そこから無言で立ち去る。
「・・・今までの転生者も皆そうだ。誰一人としてチートなんて持ってないんだよ。」
言えなくても言い出せなかったヒロトが最後に呟いたが、彼の耳に届く事はなかった。
(散々なチュートリアルだったけど、まぁこの世界はこうなんだろう。それよりも・・・)
嫌な記憶を他所にやるのは転生前から得意だった。
今は何よりも『ゼン』だ。
しかし歩き始めてすぐに思い出す。
(そうだ!!FF11!!!あれの通貨がゼンだった!!!てことは・・・)
そう、ここはあのFATALFATEの世界に違いない。
「しまったなぁ。そうだそうだ。転生あるあるで、自分の一番身近なゲームの中に飛ばされる。
テンプレ中のテンプレだったわ。いや~まいったまいった。」
セリフ口調で思わず口に出す宮輔。
一番の謎だった世界の正体が判明した事に大きく満足する。
すでにクリアもしていて、現在はやりこみプレイ途中だった彼に
もはや怖い物など存在しない。
(魔法はもちろん、アイテムも全て回収していかないとだな。
あとはヒロインか。確か王城にいけば3人いたな。皇女と、冒険者と、盗賊が。楽しみだな~)
設定はマンネリだがどれも可愛く美しい美少女達だ。
CGの出来も相当よかったのでこれらの実物との出会いを想像し、思わず下心にも火がともる。
一切のアドバイスが頭から抜け落ちた彼は一路、ヒロイン達の元へ続く道を歩いていった。
宮輔は教えられた道と自分の知っているマップを脳内で照らし合わせつつ、王城へ向かっていた。
が、徒歩というのは思っていた以上に遅く、また疲れる。
昨夜と今朝、食事を取っていなかった為、ヒロトが用意してくれた料理はすぐに平らげた。
そして力が余っている間は出来るだけ全力で進もうと思っていたのだが、
辺りは日が暮れどんどん暗くなっていく。
周囲に民家などはなく、川も流れていない。
(どこか宿があれば泊まりたいんだけどな・・・)
そう願いつつも、ワールドマップを脳内で展開しながら記憶を辿る。
このゲーム、あまりそういう施設はなかったはずだ。
宿は大きな街にしかなく、ダンジョン内もセーブポイントは限られていた。
更に野宿するにもそんなアイテムは今手元にない。
(まぁ夜通し歩くのも悪くないか。)
最強チートを手にしたはずの転生者は気楽に考える。
(・・・もしかして夜にだけ発動する可能性が微レ存?)
ふと気になり何かしらの行動を起こそうとして、
「・・・・・ファイヤァァ!!」
手の平を正面に構えると、FFの中では初期呪文の魔法を叫んでみる。
・・・しかし薄暗くなってきた中、彼の声だけが響くだけだった。
「・・・そうか。そういえば装備も何もないもんな。」
既に宮輔の中でFFだと確定したこの世界。
システム面で考えると彼は今何も装備出来ていない。
もし機会があれば杖を購入して、それからもう一度魔法を試してみようと脳の隅に書き込んでおく。
(制服にはいくつかの防御力は存在するのかな?)
試してみたいとも思うが、村で捕えられた時の苦々しい記憶が蘇る。
・・・・・
恐らく0かあっても1しかないゴミ装備の扱いになっているのだろう。
(金をためて装備を買わないといけないな。)
気が付けば辺りは真っ暗になり、月明かりで辛うじて道が判断出来る状態にまで闇が覆っていた。
寝具などはなく、かといってどこかで体を休めたい。
暗闇の中を歩き続ける宮輔はふと獣の唸り声を耳にする。
しかも相当近い。
ここはFFの世界だ。当然のようにモンスターも存在する。
今まで遭遇しなかっただけで本来はそういう世界のはずなのだ。
慌ててその姿を捉えようと辺りをきょろきょろ見回すが暗くてよくわからない。
そして彼はまだ武器を所持していない。
(ま、まだチュートリアルを終えてからすぐの所だ。多分素手でも倒せるはず・・・)
そう言い聞かせ、ぎこちなく作った握り拳を構えた後、戦闘態勢に入る。
(ある程度の攻撃力は確保出来ているだろうし戦いにはなるだろう。
運が良ければアイテムドロップも期待出来るし・・・)
転生後、初めての戦闘に胸が高まる。
全く視認出来ない場所からいきなり足首を噛まれる。
「あ痛って?!」
肩を打たれた時から思っていたが、この体力の無さは様々なドーピングで底上げしていくべきだろう。
HPがゲージでも数字でも可視化されているわけではないので正確な所はわからないが、
かなりのダメージを受けたのは間違いない。
よく見えていないが、痛みのある足首付近に思いっきり拳を打ち付ける。
当たった瞬間毛の感触がした。犬系のモンスターだろうか。
しかし一瞬かみつきが緩んだと感じだが、そいつはすぐに力を入れ直す。
「痛ったた・・・くそ!!」
そこから更に2回3回と頭部に拳を叩きつけるが、それほど効いているようには見えない。
『がるるる!!!!』
複数匹いたらしく、別の獣が反対側の太腿にかみついてきた。
「あがっ・・・?!」
あまりの痛さに体が硬直してしまう。その隙を彼らは見逃さない。
更に暗闇から数匹の獣が飛び出してきて、唯一の武器であった手にかぶりついてくる。
「・・・う、うわあああああ!!!」
激痛と恐怖で振り払おうとするが、余計に牙が食い込み痛みが増す。
最後はバランスを崩し仰向けに倒れる宮輔。
それを狙っていたかのように最後の獣が首元に噛み付いてきた。
そのとんでもない咬筋力に彼は一瞬で呼吸を奪われる。
副産物として首筋の頚動脈も傷ついて血が激しくぴゅぴゅっと周囲に撒き散らされる。
「うぅぅ・・・・・」
痛みと恐怖の中、何も持たず何も出来ないまま獣の群れに襲われ、
末宮宮輔の異世界生活はここに幕を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます