ヤンデレさくらとツンデレ椿

タイロク

第1話 朝のひととき

 フツーってなんだろう?


 最近の私は、ふとそんなことを考えるときがある。


 変わってるね、と言われることがある。


 私は人見知りをするから、初対面の人とはあんまりよく話せないし、人付き合いもそれほど良くない。


 いちおう、これでも努力みたいなことはしてる。なるべく愛想よくするようにしたり、気分でも変わるかと思って、高校に入ってから髪を茶色に染めたりした。ま、結局なにも変わらなかったけど。


 だから私は、春って季節が好きじゃない。出会いの季節なんていうけど、正直面倒なだけだ。


 でも、ほかの人たちは、フツーに話せてるんだよね。フツーに話して、フツーに仲よくなって。


 だから、フツーにすごいなあなんて、他人事みたいに思って……




「わたしはフツーなんだよ! 椿つばきちゃんっ!」




 ノックもせずに、意味不明な自己申告といっしょに私の部屋に飛び込んできたやつがいた。


 腰まで伸びたサラサラの黒髪。白い肌に、目鼻立ちのくっきりした、まるで完成された日本人形のようにきれいな少女は、変質者……ではなく、私の幼馴染だ。


「あれあれ、椿ちゃんお着替え中だったの? ほほう、なかなかかわいい下着をお召のよぷっ!?」


 そう、私は今まさに制服に着替えている最中だ。しかもタイミングの悪いことに、寝間着を脱いでブラウスに袖を通したところだったから、私は今半裸である。え? この状況で普通セクハラする?


 デリカシーのない幼馴染には、枕を投げつけてやる。が、生意気にもやつはそれをキャッチした。



「ちょ、ちょっと椿ちゃん! いきなりなにすんのさぁ!」

「さくら! ノックしてから開けてっていつも言ってるでしょ! しかもまた着替えてるときに来て! 狙ってんのか!」

「え~たまたまだよぉ」



 さくらはへらへら笑っている。出てけ出てけ、とブラウスで前を隠しながら追い出す。


 私は着替えを続行。制服はブレザーだ。中学のときはセーラーだったから、ブレザーが着れるのはちょっとうれしい。


 校則はそれほど厳しいわけではないから、制服は着崩せる。リボンの長さを調節して、ブラウスのボタンは第二ボタンまで外す。喉を締め付けるのが嫌いだから、これで怒られないっていうのは結構うれしい。


 スカートを外側に一回折って、ベストを着る。その上からブレザーを着ると、櫛で髪をすいて整え、桜の花びらを模った髪飾りをつけた。……うーん、さくらの髪と比べると、やっぱり見劣りする。わたしの髪はくせっ毛で、毛先がくるっとしてるからミディアムが限界かなあと思ってる。でも、ロングヘアーってやっぱり憧れる。いつかチャレンジしてみよう。


 なんて思いながら、適当に髪をいじる。……まあ、いいか。どうせ後で化粧して、そのときにちゃんとセットするんだし。


 それから、姿見で自分の姿を点検する。……して、もう一度スカートを折ってみた。プリーツが乱れたので、整える。


 ……だ、大丈夫かな? 見えてはいないみたいだけど……


 私は裾を抑えたりいじったりしながら、鏡とにらめっこする。それからウエストに手をやって……結局離す。


 まあ、とりあえずいいや。もし怒られたりしたら、長くすることにしよ。


 それからソックスを履く。丈がひざ下四分の三くらいの長さで、履いてるとズレてくることもあるけど、足のラインがきれいに見える……らしい。ホントかどうかは分からない。ファッション誌にはそう書いてあった。



 私は改めて、自分の姿を点検する。見慣れた自分の姿のはずなのに、なぜかちょっとドキドキした。


 ……うん、大丈夫。そう思いつつも、手は自然とスカートの裾をいじっていたけど……


 結局私は、昨晩用意を済ませておいたカバンを持って部屋を出た。




「おっはよう、椿ちゃーーんっ!」


 が、出るなり変質者ことさくらが抱き着こうとしてきたので、反射的に避ける。すると、


「もう、恥ずかしがらなくてもいいのに」


 そんなことを言っていた。悪いことしたかなと思ったけど、さくらはへらへら笑っている。


「でもそんなところもかわいいよーっ!」


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、さくらはまた抱き着こうとしてきたので、カバンでガードした。


「うぅ……ひどいよ椿ちゃん。そこまでイヤがらなくてもいいのに……」


 それはこっちのセリフだ。考えてみれば、今日コイツは私へのセクハラしかしていない。


 さくらは〝かわいいもの〟が大好きで、世界中のかわいいものを自分のものにしたいと思っている節がある。


 私が「桜」を「さくら」と呼ぶのも、さくらがそうしろとうるさいから。曰く、漢字よりもひらがなの方が可愛いから。そのために、さくらは私に対して「もっと気持ち柔らかめの声で」とか意味不明の演技指導までしてくれた。「気持ち柔らかめの声」ってなに。訳が分からない。

 

 べたべたしてくるのも、私がさくら言うところの……その……〝かわいいもの〟であるかららしい。


 さくらとは幼稚園からの付き合いだけど、昔からこんなだったっけ? もっとまともだったはずだけど……




 高校に進学すると同時、私は実家を出た。進学先が寮制だったから。


 正直ちょっと不安もあったけど、さくらも一緒だから、それほど大きな心配はなかった……かも。でも……


「なんか、寮で暮らしてるって感じしないよね」


 何気なく言ってみると、さくらは「そうだね」なんて、かるーい口調で答えてくる。


「でも、人がいっぱいいるところよりは、こういうののほうがいいんじゃない?」


「まあ……かも」


 なんて言いながら階段を降りる。


 最初に寮に来て、一番驚いたのはその大きさだった。というか……ちいさい。学生寮というからにはもっとマンションみたいなものを想像してたんだけど、全然違かった。なんか、普通の一軒家だった。


 さくら曰く、寮の定員がいっぱいで、そこには入れないから、べつのところに入ることになった、とのこと。


 なので、寮生は私たち二人だけ。寮生活というか、もう半分さくらとの同棲生活みたいになっている。


 高校入学から一か月。つまりこの同棲も、はやくも二か月目だ。



 洗面所に行って、顔を洗って歯を磨くと、すこし頭がスッキリした。


 それから食堂……といっても、一般的な家庭のリビングだけど……に入る。


「朝はあんまり食欲ないんだよなあ……」


 口から、自然とそんな言葉が零れた。


 なんか、これほとんど毎日言ってる気がする。


「もう、また?」


 さくらはちょっと呆れたように言ってきた。


「ダメだよ、ちゃんと食べないと。一日のエネルギーになるんだから」


 さくらのこの言葉も、毎日のように聞いてる気がする。


「分かってるけど……朝はどうも……」


 実家にいたとき、朝食はフルーツとか、ジュースだけで済ませることが多かった。いちおう食事を用意してくれる人はいたんだけど、朝は作らなくて大丈夫って言っといたから。


 でも寮に入ってからというもの、私は毎日朝食を食べるようになった。それは、さくらが毎日私の食事を作ってくれているから。


 せっかく作ってくれてるのに残すのは申し訳ないから、きちんと食べるようにしている。それに……さくらの作るご飯はおいしいし。


 今日の献立は、フレンチトーストとサラダだった。



「なんか、今日はちょっとオシャレだね」


 席に着くと、私は言った。


「そうかな?」


 さくらはすこし首を傾げながら、カップに紅茶を入れてくれた。


 なんだか、おしゃれなカフェに来た気分だ。


 制服でこんな雰囲気を味わうのは、ちょっと新鮮かも。


「椿ちゃんさ、昨日の朝、朝は甘いものが食べたいとか言ってたじゃない? だから作ってみたの」


 そう言って、さくらは私の正面の席に座った。


「そ、そう……」


 言ったかも。何気ない発言だったけど、覚えててくれたんだ。……ちょっとうれしい。


 そういえば、昨日の夜、冷蔵庫の中に卵液に浸されたパンが入れてあったっけ。


 フレンチトーストには黄色く焼き色がついていて、その上から薄く砂糖が振りかけられている。



「どうかな?」


 一口食べてみると、さくらが訊いてくる。


「うん、おいしい」


 パンが厚いから食べ応えがあって、卵液もよく染み込んでいる。でも決して甘すぎず、とても食べやすい。さくらの料理はなんていうか……おいしい以前に、味付けがすごく私好みだ。


「ほんとっ? よかったあ」


 さくらは安心したように笑うと、紅茶を一口飲んだ。そんなに心配する必要ないと思うんだけどな。




 昔から私は朝が苦手だった。低血圧だからかな。朝起きるのが辛くて仕方がなかった。正直、それは今もそうなんだけど……でも前ほどじゃない。


 その理由は、多分、さくらがいるからだ。


 私は改めて、目の前に座る幼馴染を見る。



 きめ細かな肌に、アーモンド形の大きな瞳。まつ毛はけぶるように長い。


 ――きれいだな。


 素直にそう思う。本当に、こうして見ていると、まるで完成された日本人形のよう。


 これでほとんど化粧してないんだよね。私は外に出るとき、キッチリ化粧をするけど、さくらはホントにうすーくしかしない。それなのにこれとか。正直憧れる。


 それに、絹みたいにサラサラの黒髪。私はくせっ毛で髪をあんまり伸ばせないから羨ましい。


 見た目も性格もいいから、みんな目を引かれる。それが私の幼馴染だ。



「椿ちゃん?」


 気づくと、さくらが不思議そうな顔をして私を見ていた。


「どうかしたの?」

「えっ? べつに……」


 私は誤魔化すようにフレンチトーストを食べる。……うん、やっぱりおいしい。


 まさか「見とれてた」なんて言えないし。



 なんだかんだ言って、私はさくらとの生活を楽しんでる。さくらと一緒にいると楽しいし、くっつかれるのも……じつはそんなにキライじゃない。恥ずかしくはあるけど。


 とにかく、さくらのおかげで、私は朝がそれほど嫌いじゃなくなった。本人には言わないけど。だって、絶対調子に乗るし。でも……


「あのさ、さくら」

「なあに?」

「もう私のことは気にしなくてもいいから」


 寮に入ってから、私はさくらにおんぶにだっこだ。やっぱり気にしてしまう。


「自分のことくらい自分でできるし。べつに無理しなくても……」

「えぇーっ!? なんでなんで!? そんな悲しいこと言わないでよっ!」


 なぜかさくらは焦ったような声を上げた。驚いた顔をして、ちょっと身を乗り出している。


 ? なにをそんなに驚いてるんだろ?


「いや、ひょっとしたら無理してたり迷惑になってるんじゃないかと……」

「無理なんてしてないし迷惑でもないよっ!!」

「そ、そう……」


 さくらがさらに身を乗り出してきた。


 やっぱり、まつ毛長いなコイツ。肌もキレイだし、髪もサラサラ。頼んだら触らせてくれるかな……?


「それなら……いいん、だけど……?」

「うんっ! これからも任せて!」


 なんなの? 私の世話をするのが楽しいっていうのか? やっぱり変なやつ。……いや、べつにいいんだけどさ。


「とにかく! わたしは大丈夫だから!」

「そ、そうなんだ……ありがとう?」

「どーいたしましてっ!」


 変な会話。訳が分からない。


 それから、ほんの少しだけ沈黙が落ちた。それを破ったのは、さくらの言葉。


「あのね椿ちゃん」


 彼女は妙に神妙な顔でそう言った。


「わたし、椿ちゃんには感謝してるの。昔、幼稚園で浮いてたわたしの手を取ってくれたのは、椿ちゃんだけだもん。わたしはただ、恩返しをしてるだけ。だからね……」


 さくらは両手を胸にあてると、そっと目を閉じる。まるで、当時のことを思い出してるみたいに。


 でも、それはほんの少しのことで、目を開いたとき、さくらはやわらかい笑みを浮かべていた。



「わたしに恩返しをさせてくれると、うれしいな」



 ……こいつは本当に、こういうところがある。なんか、ズルい……



「まあ、さくらがそう言うなら……好きにすれば?」


 私はといえば、素直になれずに、素っ気ないことを言ってしまったけど、


「うん。椿ちゃん」


 ふわりと、さくらは微笑んだ。



「それに、こうしてると、なんかデートしてるみたいで楽しいしっ! 大好きだよ、椿ちゃぷっ!?」



 とか言いながら抱き着こうとしてきたので、床に置いといたカバンでガードしてやった。たまには余韻に浸らせてほしい。


 奇妙な鳴き声を上げていたくせに、なぜかさくらは笑顔。まったく、朝から元気なやつ。




 これが私の幼馴染だ。


 とてもキレイで、でもちょっと変わっていて、そしてとても大切な、私の…………幼馴染。


 そう、幼馴染なんだ……



 さくらは、私をどう思ってるんだろう?



 最近、それがちょっと気になっている。

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