第105話   幕間 〜 渡辺日菜乃

 終業式も終わり人もまばらになった教室で、私はゆっくりと帰り支度を始めた。

 計画的に荷物を持ち帰っていたので、いつものスポーツバッグにはまだまだ余裕がある。

 そういえば勇斗君のバッグはパンパンだったな。

「日菜乃、帰れるか?」

 教室のドアを開け、声をかけてきたのは大和だ。

「私の方が待っていたんですけど?」

 私は敢えて拗ねたような態度をとってみせた。

 大和は足を怪我していてもできるトレーニングを教わるとかで、終業式後に顧問の先生に呼び出されていたのだ。

「悪かったよ。急に呼び出されてよ。」

 怒ってはいない。

 生真面目な大和をからかうのが面白いだけだ。

 大和は器用に松葉杖を使いながら私の机の脇を抜け、自分の机の横に置いてあった大きめのバッグを肩に担ぐ。

 荷物が多いからか、今日はいつものリュックサックではないようだ。

「それでどうやって歩く気なの?」

 男子ってどうして最終日にまとめて持って帰ろうとするのかしら。

 私は小さく溜息をついてから、大和の方に手を差し出した。

 一瞬考えた大和が、私の手を取った。

 思いがけない大和の行動に私の顔が一気に紅潮する。

「に、荷物を貸してって言ってるの。松葉杖つけないでしょ?」

 私の行動の意味するところにやっと気付いたのか、大和は照れくさそうな表情をすると

握っていた右手を離した。

「さすがに持ってもらうのは悪いよ。今日の荷物、結構重いし。」

「無理して怪我が長引くほうが迷惑。大丈夫だから、早く貸して。」

 半ば強引に私は大和からバッグを受け取ると、自分の荷物と一緒に肩にかけた。

 お、重い・・・。

 思わず「何が入っているのか?」と問いただしてみたくなったけど、勉強熱心な大和のことだから参考書なんかが入っているに決まっている。

「いい機会だから部室に溜め込んでた、サッカーの雑誌を持って帰ろうかと思ってさ。」

 参考書じゃないんかい?!

 ・・・。

 いけないいけない。

 私としたことが優愛ちゃんみたいな言葉遣いになっちゃうところだった。

「だからさ、日菜乃に持ってもらうのは悪いから自分で持つよ。」

「そうは言っても、今の大和にこの荷物を持たせることなんてできないよ。」

 私の言葉に大和は反論しない。

 大和自身も重たい荷物を持って松葉杖を使うのは難しいって事は分かっているようだ。

「じゃあ、荷物持ちのお礼をしてもらうってのはどう?」

「お礼って何をするんだよ。」

 とんでもない事をさせられるんじゃないかとでも思ってるのか、大和は怪訝そうな顔で私の方を見た。

「そうねぇ・・・もう一度、私をどう思ってるのか言ってもらうってのは?簡単でしょ?」

「え?ここで?!」

 いきなり大きな声を出した大和に、教室に残っていた生徒の視線が集中した。

「もう、そんなに大きな声を出したら目立っちゃうよ。」

 見るからに狼狽した大和が迷い犬のように不安気な表情を浮かべた。

 大和の浮かべる仔犬のような表情を見ていると、なぜか胸が締め付けられるような感覚を覚える。

「日菜乃は、俺にとって・・・一番・・・。」

 大和は一回言葉を切ると、周囲を見渡し、自分に視線を送っている人がいないかどうか盗み見た。

「なぁ、もういいだろ?さすがに教室は恥ずかしいよ。」

 大和がすがるような視線を送ってきた。

 首筋あたりがゾクゾクするような感じを覚えた私は、この感覚がイケナイ性癖ではなく庇護欲であることを祈りつつ「しょうがないなぁ」と言い、大和のバッグを持ち直した。

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