第99話 冷たい雨のその先に(6)
お湯を注ぎ、3分。
麺は硬めが好きなので、きっちり2分40秒と決めている。
タイマーの音と同時にシンクへ行き、容器の端を持つと、僕は手首を返すようにしてお湯を切った。
素早く蓋を剥がしてから、付属のソースを麺に絡める。
“ふわっ”と香る芳醇な香りがリビングに充満すると、僕のお腹の虫は大合唱を始めた。
しかしここで出来上がりではない。
付属のスパイスを振りかけて、麺をほぐすようにして軽く混ぜると、甘いソースの匂いと白胡椒のスパイシーな香りが絶妙なハーモニーを奏でるのだ。
大袈裟と言うなかれ。
数多くのカップ焼きそばを食べてきた結果、僕が行き着いた究極の一杯だ。
「いただきます。」
誰に言うでもなく手を合わせると、僕は右手で箸を持ち、麺を少し多めに箸で持ち上げた。
一般的に言ったら「濃い」味付けなのは明らかであるが、この濃厚な味がたまらない。
明らかに不健康であろう食材であるのだが、この魅力に抗う術を僕は知らない。
いや、あえて言おう。「知る必要などない」と。
そんな事を考えながら、僕はカップ焼きそばの最初の一口を・・・。
“ピンポーン”
って、なんでやねん?!
狙ったかのようなタイミングで鳴ったインターホンに、思わず関西弁でツッコミを入れてしまう。
あと10秒待ってくれたら味わうことができたのにと悪態をついてみたものの、居留守を使うわけにもいかず僕は玄関のドアを開けた。
「ごめん、晃君。こんな時間に。」
玄関の外で待っていたのは、案の定瑞希だった。
時刻は夜7時を回ったところ。こんな時間に連絡せずに訪ねてくるのは、お隣さんである瑞希か一般常識が欠如している勇斗ぐらいだ。
「どうしたの?こんな時間に。」
「ちょっと、ね。」
瑞希が口ごもるなんて、珍しいこともあるもんだ。
「何かあった?」
言葉を促してみたものの、まだ考えがまとまっていないのか、言葉に詰まるような様子を見せる。
「ちょうど夕飯食べてるところだから、上がってく?」
こんな時間に同級生の女の子を家に招き入れるのは少し不謹慎な気もしたが、相手は瑞希である。そこまで気を使う必要は無いだろう。
「ありがとう。ちょっと上がらせてもらうね。」
そう言った瑞希が、躊躇いもなく靴を脱いだ。
その姿を見て「おいおい、こんな時間に年頃な男子高生の家に上がるなんて、分かってんだろうな」などと言いたくもなったが、後が怖いので口には出さずにしておく。
「夕飯って、これだけ?」
呆れた顔で瑞希が僕のカップ焼きそばを指差した。
「美味いよ。食べる?」
瑞希が大きな溜息をついた。
「いつもこんな物食べてるの?体壊しちゃうよ。」
そうは言っても、他に僕にできることと言ったら、コンビニ弁当を温めることぐらいだ。
「はぁ、ちょっと冷蔵庫とか見ていい?」
もちろん構わないが、料理のしない家庭の冷蔵庫なんて、めぼしいものは何も入っていない。
「う〜ん、見事に何も無いのね。」
悩んだ末に瑞希が取り出したのは、長い間忘れ去られていたミートソース缶と、冷凍しておいた余り物の挽肉、そして何となく常備してある玉ねぎだった。
「ミートソースで良い?」
手に持った食材を僕に見せながら、瑞希は僕に微笑む。
「あ、うん。助かるよ。」
瑞希の仕草に柄にもなくドキドキ待った僕は、素っ気なく言葉を返すのが精一杯だった。
「20分ぐらいでできると思うから、テレビでも見て待っててね。」
テーブルの上では、すっかり冷めてしまったカップ焼きそばが寂しそうにしているが、これから瑞希に手料理を作ってもらうのにこれを食べるわけにもいかず、僕はそっと食器棚の中に入れた。
もったいないので、カップ焼きそばはレンジで温めて夜食に頂くこととしよう。
そうこうしているうちに、瑞希はシンクの引き出しから包丁とまな板を取り出して、器用に玉ねぎをみじん切りりしていく。
冷凍されている挽肉はラップにくるんでレンジで解凍。
お客様であるはずの瑞希の方が、家主である僕よりもスムーズにキッチンを使っているのがいただけない感じがするが、こればっかりは得手不得手があるから仕方がない。
「ミートソースをそのまま温めるんじゃダメなの?」
瑞希の手元を見ながら、僕は素朴な疑問を口にする。
料理をしない僕であっても、缶のミートソースは温めれば食べられることぐらいは知っている。
「う〜ん、そのままでも良いんだけど、ひと手間加えると格段に美味しくなるからね。」
そういうものなのだろうか?
缶詰とはいえ、その道のプロが作ったものなのだ。下手に手を加えないほうが良いようにも思える。
「あとは盛り付けておしまいね。」
隣のコンロで茹でていたパスタをお皿に盛りミートソースをかけると、お店で出てきてもおかしくないような一品に仕上がった。
「美味しそう。」
思わず僕の口から出た感想を聞いて、瑞希が嬉しそうに微笑む。
「今日は簡単なものしか作れなかったけど、時間と材料があればもっとちゃんと作れるからね。」
いやいや、いつもの食事に比べれば十分過ぎるほど豪華な夕食だよ。
僕はテーブルに座り、フォークにパスタを巻きつけると、一口では少し多い量のパスタを口いっぱいに頬張った。
「そういえば、今日は何しに来たの?」
僕は素朴な疑問を口にした。
まさか夕飯を作りに来たわけではないだろうから、瑞希は何かしらの用事があったんだろう。
「えっと・・・。」
瑞希の口が急に重くなった。
どうしたんだ?何か言いづらいことだろうか。
少し悩んだ末に瑞希がバッグからスマホを取り出した。
「これを見てもらった方が、話が早いと思うんだ。」
瑞希はスマホの画面を操作して、ストレージから一つの動画を選択する。
驚くことに動画に映る見慣れた昇降口では、大和親衛隊の3人が日菜乃の上履きを捨てる決定的瞬間がはっきりと映っていたのだ。
美味しいご飯が一気に不味くなるような胸糞悪い動画ではあったが、反撃の狼煙が上がるのをはっきりと感じた僕は興奮を隠せずにいた。
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