冷たい雨のその先に
第89話 冷たい雨のその先に(1)
梅雨空の下といえども、夏の大会を目前に控えた運動部は活気に溢れている。
毎年県大会で敗退してしまっているサッカー部は、右サイドバックに定着した大和を軸に展開する攻撃的なサッカーで初のインターハイ出場を目指す。
また、昨年は1年生ながら地方大会出場という快挙を成し遂げた日菜乃は、今年も高跳びの選手として選抜されたようだ。
優愛は優愛で、今年一緒にレギュラーに選ばれた加藤さんとの連携に手応えを感じていると言っていた。
昨年、個人競技でインターハイ出場を果たした美桜先輩は、弓道部部長として個人・団体共に入賞を目標に掲げているらしい。
「みんな気合入ってるよね。」
教室の窓から校庭の様子を眺めていた僕に、瑞希が近づいてきた。
「去年、大和は先輩よりも実力があったのに1年生ってことでレギュラーから外されて悔しい思いをしていたし、日菜乃はあと少しってところでインターハイを逃しているからな。優愛のいるバスケ部はまだ実力不足なところはあるけど、去年よりチームにまとまりが出てきたって言ってたよ。」
そして美桜先輩は最後の大会だと、心の中で付け加えた。
「そういえば戸田先輩の妹・・・咲希ちゃんだっけ?3000メートルでエントリーしたって。知ってた?」
「咲希ちゃんが?陸上部に入ったばっかりでしょ?」
瑞希の言葉に、僕は驚きを隠せずにいた。
咲希ちゃんがいつの間にか陸上部に入っており、偶然にも日菜乃と仲良くなっていただけでも驚きなのに、今度は長距離選手として大会にエントリーまでしているというのだから無理もない。
「ふぅん、そっか。知らなかったんだ。」
どことなく嬉しそうな表情の瑞希。
「なんだよ。そんなことでマウント取ったって仕方がないぞ。」
「そういうんじゃないよ。まだ知らせてもらえるってほどの仲じゃないんだって思っただけ。」
「そんなの、当たり前じゃないか。」
色々あったけど、咲希ちゃんとはただの先輩後輩の間柄だ。こまめに連絡を取るような関係じゃない。
まあ、全く進展しない美桜先輩との仲を取り持ってくれたら良いな、などという淡い期待を持っているあたりは「ただの先輩後輩」という言葉は当てはまらないのかもしれないが。
陸上部のトラックに目を向けると、ちょうど咲希ちゃんがスタートするところだった。
「日菜乃の話じゃ、部長より速いんだって。凄くない?」
それにしたって、入部して即レギュラーってのは異例な状況だろう。他の部員たちの反感を買わなければ良いけど・・・。
「長距離志望の部員がいなくて、選手枠が空いてたってのが本当の理由みたいだけどね。」
「なるほどね。」
瑞希の言葉に納得して校庭に目をやると、体育倉庫の前で日菜乃が高跳びのバーの上を飛び越えたところだった。
「日菜乃ちゃん、最近は調子良くないみたい。」
陸上に限らず、最近の日菜乃は何かに悩んでいるように見える。
「瑞希は日菜乃に何か聞いてないの?」
僕が聞いても「何でもないよ」としか返ってこないが、女子同士であれば何か話ているかもしれない。
「日菜乃って、あんまり自分のこと話したがらないんだよね。今度、聞いてみるよ。」
そうだな。本当に何も無いかもしれないし、余計な詮索をされるのも気分の良いものじゃないだろう。
ここは瑞希に任せておくとするか。
「あ、大和君にボールが渡ったよ。」
サッカーコートの方を瑞希が指差した。
目をやった先には、相手コートの深いところでパスを受け、ドリブルでゴール前に切り込む大和の姿があった。
1人躱した大和が、左足でそのままシュートを放つ。
相手キーパーに弾かれ、ボールはわずかにゴールバーの上を通過した。
「あっ!惜しい!」
両手を握り、興奮気味に瑞希が声を上げた。
コートでは大和が頭を抱え、大袈裟に悔しがっている。
いつもは物静かな大和であるが、コートの上では感情を露わにする。
このような姿を見ると、大和が本当にサッカーを好きなんだなとつくづく思う。
「今日もあの子達いるけど、やる事ないのこな。」
瑞希がうんざりしたように溜息をつく。
瑞希の言う「あの子達」というのは、長嶋梨里、山崎知里、三浦玲奈、いわゆる「大和親衛隊」の3人だ。
相変わらずゴールネット裏に陣取って、他人の迷惑も顧みず大和に声援を送っている。
一度、大和に苦言を呈した事もあるが、自分が応援されている手前、強くは言えないでいるようだ。
「あの子達とはあんまり気が合いそうもないな。」
瑞希の言葉に、僕も「確かに」と心のなかで同意した。
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