雨空のあとには

第79話 雨空のあとには(1)

 中間テストも終わり、ジメジメとした季節がやってきた。

 ちなみに返ってきたテストはいつも通り。

 理系科目はそれなりの点数を取ることができたが、文系科目は平均点。問題の英語は・・・不思議とそれなりの点数を取ることができた。

 きっと英語のテスト勉強中に起こったセンセーショナルな事故と、勉強した英語の知識が強くリンクして記憶に残っていたのだろう。

 単純に瑞希の教え方がうまかったというのもあるけどね。

 僕は曇天の中、グランドをランニングするサッカー部に目をやった。

 先頭を走るのは大和だ。

 大和の足の速さはサッカー部で1、2を争う。右サイドバックからの大和の切り込みは、間違いなくうちの学校のサッカー部の武器のひとつだ。

「大和君、足速いよね。」

 いつの間にか僕の前に立っていた瑞希が、グランドを見ながら目を細めた。

 仲の良い友達を褒められて気分が良くならない訳はなく、僕の口角も自然に上がった。

「ねぇ、あの子達っていつもグランドにいるけど、何してるのかなぁ?」

 僕は瑞希の視線の先にいる女の子たちに目ををやった。

 サッカーコートの外に陣取っているのは、自称『大和親衛隊』の長嶋梨里、山崎知里、三浦玲奈の3人だ。

 同級生をアイドル視するのは勝手であるが、周りの迷惑を顧みずに騒ぐところがあり、僕はあまり良い印象を持っていない。

「大和の追っかけみたいな感じ。」

 あまり関わり合いを持ちたくない僕は、瑞希の問に素っ気なく答え会話を終わりにした。

「そろそろ帰るか。」

 空模様から推測すると、いつ雨が降っても不思議ではない。瑞希と一緒に帰る約束をしているわけではないが、隣に住んでいるので声をかけないのもおかしいと思い、僕は瑞希に声をかけてから席を立った。

「そうだね。今日は部活もないし・・・って、晃君はいつも部活が無かったか。」

 瑞希が軽口を叩いて、楽しそうに笑う。

「はいはい、どうせ僕は幽霊部員ですよ。」

「部長が、たまには部活に出てこいって言ってたよ。」

 僕と瑞希が所属する家庭科部には、男子生徒は僕しかいない。

 少しは料理ができるようになればと思って入部したものの、気恥ずかしさが勝ってしまい、今では週一回の部活にも顔を出さなくなってしまった。

 足が遠のくとさらに部活に行きづらくなるという負の連鎖を自覚をしてないるものの、それを断ち切る目処はたっていないし、その気もない。

「まぁ、そのうちね。」

 スポーツバッグを手に持って帰宅を急かした僕に、瑞希は「出る気ないくせに」と悪態をつく。

 どちらにしろ、今直面している問題は「雨が降る前に帰宅できるか」ということであり、「部活に出る」ということではない。部活の出席に関しては後で考えればいい問題だ。

「うわぁ、空が真っ暗。」

 昇降口を出た瑞希が、西の空を見て声を上げた。

「教室から見た時より、さらに暗くなってるな。」

 これは本気で急がないと、ずぶ濡れになりかねないパターンだ。

「晃君、傘もってきた?」

 僕は首を横に振ってみせた。

 もし傘を持っていたとしても、自転車に乗りながら傘を差すことはできないのであるが・・・。

「瑞希は?」

「忘れちゃった。」

 瑞希がいたずらっ子っぽく小さく舌を出した。

 みるみるうちに頭上の空も黒い雲に覆われていく。

 これは本気で急がないとずぶ濡れになると悟った僕は、瑞希に目配せしてから駐輪場へと急いだ。

 学校から自宅まで自転車で20分。いや、帰りは登り坂があるから25分ってところか。なんとか雨が降る前に家にたどり着ければいいけど。

「晃君の脚力の見せ所だね。」

 瑞希は僕の自転車に取り付けられたハブステップに慣れた動作でまたがり、僕の両肩に手を置いた。

 西から広がってきた雨雲は既に頭上を覆い隠し、今にも泣き出しそうな空模様だ。

「しっかり捕まってろよ。」

 そう瑞希に声をかけた僕は、力いっぱいペダルを踏み込んだ。

 ゆっくりと進みだした自転車は徐々に速度を上げ、海沿いの道をひた走る。

「ごめんね。重いよね。」

 瑞希よ、そう思うのなら自分の自転車で登校してくれ。

 申し訳無さそうな表情の瑞希にはとても言うことはできないが、正直言ってかなり重い。

 学校からの帰り道は緩やかな登り坂が続いているため、ジワリジワリと足に疲労が蓄積されていくのが地味にキツイのだ。

「晃君、降ってきたみたいだよ。」

 瑞希の言葉と同時に、僕の頬にも冷たい雨粒が当たった。

 まずいな。まだ学校を出てから5分ぐらいしか経っていない。

 比較的暖かい梅雨時期と言っても、今日の気温は少し低めだから濡れたままだと風邪を引きかねないぞ。

 そうこうしているうちに雨は瞬く間に強くなり、アスファルトの道路に思い思いの模様を描いていく。

「ダメだ瑞希、雨宿りしよう。」

 このままではびしょ濡れになってしまうと判断した僕は、進行方向を丘側に向け、林の間を通る道に自転車を走らせた。

「え?晃君、どこ行くの?」

 戸惑う瑞希をよそに、僕は目的地に急ぐ。林を抜けた先に小さな稲荷神社があるのだ。

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