第57話 ドキドキBBQ(6)
カルビ、カルビ、フランクフルトを挟んでからのカルビ!
竈門で焼き上がった肉を次々に口に放り込んだ。
横で見ている優愛が「野菜が美味しいんじゃなかったの?」と声をかけてくるが、そんな発言など遠い昔に記憶の片隅へと押し込んでしまった。
政治家のように胸を張って言おう「記憶にございません」と。
「美味い!一ノ瀬さん、サイコーッス!」
テーブルに突っ伏してイビキをかいている一ノ瀬さんに、勇斗が手を合わせた。
な〜む〜。
「コラコラ、ひとのお父さんに手を合わせるな。縁起でもない。」
すかさず瑞希がツッコミを入れる。
「いや〜、実に美味かった。さすがは大人の財力!」
僕も勇斗に倣って一ノ瀬さんを拝む。
「だから手を合わせるなって!」
瑞希さん、キャラ変わってますよ。
これ以上やったら瑞希に本気で怒られそうだから、この辺でやめておこう。
「私は戸田先輩たちが待ってきたお肉も好きだよ。下処理がしっかりしてあって、凄く柔らかかった。」
優愛がそう言って、味付けのしてある肉を頬張った。
しまった!
今日は美桜先輩に良い印象を植え付けなければならないというのに、不覚にも優愛に先を越されてしまったようだ。
「そうだよね。美桜先輩が持ってきた肉はしっかり味付けがしてあったから・・・凄く、柔らかかった・・・。」
ってこれじゃ、優愛の言ったことと同じじゃないか?!
今更ながら、自分のボキャブラリーの乏しさを呪う。
「とにかく、美桜先輩って料理もできて凄いですよね。」
何とか美桜先輩を褒めようと頭を悩ませるが、情けないことに「凄い」以外の言葉が出てこない。
「晃先輩には申し訳ないんだけど・・・。」
僕達の会話を黙って聞いていた咲希ちゃんが、ペットボトルのお茶を一口飲んでから不満そうな表情で手を上げた。
「肉の下処理をやったのって、私です。」
・・・。
・・・やっちまった。
「ふふふ、速水君って意外とおっちょこちょいだよね。」
美桜先輩が口元に手を当てて笑った。
あぁ、良い。
まるで可憐な一輪の花のようだと、本気で思ってしまう。
・・・美桜先輩の笑顔が見れただけで、僕は幸せです。
「お腹もいっぱいになったことだし、ちょっと遊ぼうよ。」
食事が一段落した段階で優愛が取り出したのは、二組のバドミントンのラケット。
「良いね、何を賭ける?」
すかさず同意したのは勇斗。
「はぁ?賭けとかやんないし。」
「けっ、つまんねぇな。」
悪態を付きつつもふたりで行動するあたりが、仲の良い証拠だよな。
「じゃあさ、ダブルスやろうよ。」
優愛の誘いに乗ったのは、意外にも美桜先輩だった。
清楚な美人のイメージがあるけど、運動部に属しているし、体を動かす事は嫌いではないのであろう。
「晃は?」
ラケットをクルクルと回転させながら、準備運動らしきものをやっている勇斗が誘ってくれたが、僕は丁重にお断りした。
肉の食べ過ぎで、今動いたら吐いてしまいそうだからだ。
「瑞希ちゃん、おいで〜。」
一瞬、瑞希が僕の方を心配そうに見た気がしたが、特に僕に声をかける事はせずに、勇斗の方へと駆けていった。
友達と過ごすのんびりとした休日。
こういう日々がいつまでも続けば良いと願う。
「勇斗、あんた下手すぎじゃない?」
「うるせぇ!風が強いからしょうがないんだよ。」
優愛は勇斗を集中攻撃する事に決めたのか、先程から厳しいコースにシャトルを打ち込んでいる。
「うぉ!瑞希ちゃん、フォロー頼む!」
勇斗が体勢を崩してできたスペースに、優愛がシャトルを打ち込んできた。
「え?私?・・・きゃあ!」
かろうじて瑞希がシャトルを打ち返すことに成功するが、シャトルは大きな弧を描いて美桜先輩の目の前に飛んでいった。
「先輩、チャンスです!アイツの顔面に打ち込んじゃって下さい!」
美桜先輩がラケットを鋭く振ると、少し大きめのTシャツの胸元が・・・いかんいかん、僕は清廉潔白。そんな事は一切考えていない。
「まぁ、晃先輩もオトコノコって事ですよね。」
いつの間にか隣に移動してきた咲希ちゃんが、上目遣いで僕に話しかけてきた。
何だ、その『男の娘』みたいな意味深な言い方は。
「こないだの事があったので、あんまり女の子に興味無いのかなって思ってました。」
咲希ちゃんの言う「こないだの事」っていうのは、灯台での出来事のことだろう。
「どっちですか?女の子に興味あるんですか?」
咲希ちゃんが、人差し指で自分のTシャツの胸元を引っ張った。
白い肌が少しだけ露になる。
‘‘ゴクリ’’という唾を飲み込む音が、僕の頭に大きく響いた。
僕だって健全な男子高生ですから、興味がないわけないじゃないですか?!
「ねぇ、先輩。」
ヤバい。咲希ちゃんの胸元から目が離せない。
このままでは・・・。
「あははははっ!」
突然、咲希ちゃんが大きな声で笑い、僕の肩を叩いてきた。
「晃先輩、正直すぎ!おっかし〜。」
何事かと手を止め、こちらの様子をうかがう瑞希達。
「ごめんごめん、何でもないからバドミントン続けて。」
目尻に涙に溜まった涙を拭いながら、咲希ちゃんが笑う。
年下にからかわれるとは、なんとも情けない。
「じゃあさ、今日のメンツの中では誰が好みなんですか?」
下から覗き込むように送られる咲希ちゃんの視線のせいで、僕の鼓動は収まることを忘れてしまったかのようだ。
「ど、どうだろうね。友達をそういう目では見てないからなぁ。」
冷静を装いつつ、やっとのことで僕は咲希ちゃんから視線を外した。
「正直言って、みんなレベル高いですよね。」
何かを探るような口調で咲希ちゃんが会話を続ける。
「容姿端麗、成績優秀なお姉ちゃん。健康的な美しさと、裏表の無い性格の優愛先輩。明るくて、優しそうな美少女の瑞希先輩。」
あえて咲希ちゃんの方に視線を向けないようにしていているが、咲希ちゃんが僕を見つめているのがはっきりと分かった。
「やっぱり、本命はお姉ちゃんですか?」
テーブルの下で、咲希ちゃんの手が僕の手に重ねられた。
「それとも・・・私?」
咲希ちゃんの顔は吐息が感じられるほど、僕に近づいていた。
だ、だめだ!
このまま二人でいたら、気が変になってしまいそうだ。
「ぼ、僕もバドミントンをやろうかな。」
僕は急いで立ち上がり、瑞希達の方へと走った。
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