第49話 ドキドキBBQ(2)
満腹の状態で受けなければならない午後の授業は、南側の窓から差し込む日光の暖かさと相まって、僕の瞼を容赦なく重くする。
午前中の2割増しの授業時間かと錯覚するほど長い時間が経過し、やっとのことで終業のチャイムが鳴った。
ホームルームが終わると、教室内は部活の準備をしたり、帰り支度を始めたり帰り支度を始めたりする同級生でざわつき始める。
僕はというと、昼休みの出来事に対して妙な詮索を入れられると困るのでショルダーバッグに急いで教科書を入れていた。
「あーきらくーん。」
振り向かなくてもわかる。気持ち悪い猫なで声を出すのは勇斗で間違いないだろう。
どうやら間に合わなかったようだ。
背筋がゾッとするのは、勇斗の気持ち悪い声だけのせいではないだろう。
「僕たち、親友だよね〜。」
違います。ただの幼馴染・・・むしろ悪友です。
「昼休みの可愛子ちゃんは誰なのかな?」
ニヤニヤしながら僕の肩に手を乗せる勇斗。
こういう時の勇斗の笑顔というものは、無性に腹が立つのはなぜだろうか。
それはそうと、可愛子ちゃんって、勇斗君、あなたどこの昭和生まれのオッサンですか?
「何のことかさっぱり分からないけど?」
無駄だと知りつつも、とりあえずとぼけてみた。
「すっとぼけてんじゃねぇぞ!こっちには目撃者もいるんだよ。」
昭和に流行った刑事ドラマの取調室のようなノリで、勇斗が尋問してきた。
右手でスタンドライト持って僕の顔に近づけるパントマイムを付け加える芸の細かさに、勇斗のこだわりが見え隠れする。
・・・というか、昭和ごっこ流行ってんの?
「ねぇ、ふたりとも何やってるの?」
さすがに気になったのか、話しかけてきたのは前の席に座っている瑞希だ。
「晃が俺らに黙って、可愛い後輩と仲良くなってんだよ。許せなくない?」
「あぁ、それで昨日の夜に急いででかけて行ったんだ。」
瑞希が眉をひそめた。
「違う違う。勇斗が言ってるのは美桜先輩の妹の事で、昨日、美桜先輩に言われて探しに行ったんだよ。」
「それにしては随分と仲が良かったよな、咲希ちゃんと。」
僕の弁解は勇斗の一言によって、無残にも砕け散った。
しかし何故、瑞希が不機嫌になる必要があるのだろうか?
もしかしたら、美桜先輩に憧れてると言っておきながら、別の女子に手を出す『女の敵』と勘違いさせてしまってるのかもしれない。
これは近いうちに誤解を解かなければならないな。
「話は変わるけど、瑞希ちゃんはゴールデンウィークって暇?」
「え?特に用事はないけど、何で?」
突然話題が変わり、瑞希は少し困惑気味だ。
「実は晃と優愛を誘ってバーベキューでもしようかと思ってるんだけど、瑞希ちゃんもどうかな?」
バーベキューとは初耳だ・・・まあ、勇斗が計画を立ててくれるなら僕は何でもいいけど。
「峠の上にバーベキュー場があるんだよ。道具はレンタルできるから、食材だけ持っていけば大丈夫!」
勇斗の言っているバーベキュー場とは、灯台の近くにある峠に去年できたバーベキュー場の事だ。
バーベキューだけでなく、キャンプ場としても利用できるため、人気のスポットになりつつあるらしい。
「バーベキュー楽しそうだね。でも・・・。」
何故だか瑞希が口籠もる。
「やっぱやめとく。ゴールデンウィークはゆっくりしたいし。」
少し寂しそうな表情する瑞希。しかし「ゆっくりしたい」とは瑞希らしからぬ断り方だ。
「マジかー?!」
勇斗が大袈裟に天を仰ぐ。
実際、勇斗と優愛、それに瑞希であれば気のおけないメンバーであるので、楽しいイベントになる事は確実だったであろう。
しかし本人が行かないというのであれば、無理強いができる事ではない。
「晃ぁ〜、お前からも言ってくれよ。瑞希ちゃんがいないと、俺ら寂しくて死んじゃうだろ?」
「いやいや、僕はそこまで言ってないし。」
泣きつく勇斗を引き剥がしながら、僕は「何とかならないのか?」と瑞希にアイコンタクトした。
「じゃあさ、日菜乃ちゃんを誘ってみたら?」
瑞希が“ポン”っと手をたたいて勇斗に提案するが、日菜乃が部活でバーベキューに行けないことは、既にリサーチ済である。
「瑞希ちゃん、1日ぐらい遊びに行こうよ〜。」
勇斗の誘いに瑞希は困惑顔だ。
「勇斗、あんまりしつこいのも迷惑だろ。瑞希だって引っ越してきたばかりで、色々あるんだよ。」
「色々って何だよ。」
「そりゃあ色々は・・・色々だよ。」
「答えになってないぞ。」
前から思っていたが、勇斗って結構しつこいな。
「そうだっ!」
一転して、明るい声をあげる勇斗。
「さっきの咲希ちゃんを誘えば良いんだよ!」
突然、何を言い出すんだコイツは?!
「だってそうだろ?咲希ちゃんが来れば、もしかしたら美桜先輩も来るかもしれない。」
美桜先輩が・・・来る?!
「晃は美桜先輩と、俺は咲希ちゃんと仲良くなれるチャンスだぞ!」
確かに、せっかく知り合いになる事のできた美桜先輩と、もう少し仲良くなれたら良いなとは思っていた。
「勇斗。そのプランは、なかなか魅力的じゃないか。」
固く握手を交わす、僕と勇斗。
1年間停滞して進展の無かった美桜先輩と僕の仲が、もしかしたら大きな一歩を踏み出すかもしれない。
そうと決まれば、咲希ちゃんの予定を確保しなければ。
僕は早速スポーツバッグからスマホを取り出して、咲希ちゃん宛のメッセージを入力した。
「ちょっと待って勇斗君、やっぱり私もバーベキューに行くわ。」
何かを宣言するような言い方で、勇斗に気が変わったことを伝える瑞希。
「晃、咲希ちゃんへの連絡はちょっと待て!」
勇斗の言葉を聞き、僕は自分のスマホの画面を確認するが、そこに表示されていたのは『送信済み』の文字。
「ごめん、もう送っちゃった。」
勇斗に見せた僕のスマホの画面には、ご丁寧に『既読』の表示までされていた。
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