ドキドキBBQ

第47話 ドキドキBBQ(1)

 昼休み。

 皆が血走った目をギラつかせながら厨房に手を伸ばし、我先にとおばちゃんから昼飯を受け取り胃に流し込んでいる。

 ・・・さすがに言い過ぎか。

 僕は購買の惣菜パンを手に取り窓際の特等席に座ると、持っていたハンカチとポケットティッシュで向かい側とその隣の席を確保した。

「晃、席取りサンキュー。」

 いつも通りカレーを手に持ち、こちらに向かってきたイケメンは大和だ。

「勇斗はまだ来てないのか?」

 僕の正面に腰掛けた大和が、カレーと一緒にトレーに乗せてきた水を口に含んだ。

 大和の問に答える代わりに、僕は食券売り場で悩んでいる勇斗を指差した。

「相変わらず優柔不断だなぁ。どうせいつも通り、天ぷらうどんを選ぶんだろうに。」

 確かに勇斗は、天ぷらうどんを選ぶ確率が非常に高い。本人曰く『コストパフォーマンスが格段に良いメニュー』らしい。

「おまたせ~。」

 数分後、勇斗が持ってきたのは、やはりうどんの入った大きな丼ぶり。

「さんざん悩んだ挙げ句に選んだメニューが、いつもと一緒の天ぷらうどんか?」

 そう言う大和も毎日のようにカレーを食べているが、ここはあえて突っ込まない事にしておこう。

「ふっふっふ、俺を昨日までの俺と思うな。今日の昼飯は、これだ!」

 得意顔でテーブルに置いたトレーに乗せられていたのは、天ぷらうどんではなく、カレーうどん!

 ・・・。

 結局、うどんかよ。

 誤解の無いように言っておくけど、カレーうどんを否定する気は全く無い。

 むしろ僕はカレーうどんは好きだし、夕飯がカレーライスだった作った次の日は余ったカレーでカレーうどんを作ったりもする。

 僕が言いたいのは、悩んだんだったらいつもと違うメニューを選んで来いと言うことだ。

 そんな僕の意見など知る由もない勇斗は、満足そうにカレーうどんを啜る。

 あ・・・汁が飛んだ。

「一緒に食べてくれる女子はいないの?」

 僕と勇斗、そして大和といういつも通りメンバーで昼飯を食べていた所に話しかけてきたのは、これまたいつも通りのメンバーである優愛だ。

「昼飯なんてものは、気を使わなくていい野郎集団で食べるぐらいが良いんだよ。」

 勇斗がカレーうどんをズルズルと啜った。

「勇斗、汚い。汁がこっちに飛んできた!」

 優愛が手に持っているのはAランチ。

 別名セレブランチと言い、この学食の中では一番高価なメニューだ。

「男だけが良いんだったら、私もどこかにいこうかなぁ。」

 優愛がトレーを持って立ち上がろうと中腰になった。

「なあ大和。ここに女子はいるか?俺には男子が4人しか居ないように見えるんだけど。」

 わざとらしく周りを見回して見せる勇斗。

「ちょっと待て勇斗。頼むから俺を巻き込まないでくれ。」

 我関せずとやり取りを聞いていた大和が、意図せず巻き込まれ狼狽えた。

「そういえば、ゴールデンウィークは何か予定はあるのか?」

 ふたりから送られる非難の眼差しなど気にする素振りを見せず、別の話題を振った勇斗が再度カレーうどんを啜った。

 またしても汁が飛んできたのか、優愛が勇斗を睨む。

「俺は部活三昧かな。」

 サッカー部レギュラーの大和は相変わらず忙しそうだ。

「晃は?」

「今のところ予定は入ってないかな。」

「優愛はどうせ暇だから大丈夫だろ?」

 勇斗が優愛の答えを聞かずに3本目の指を折った。

「ちょっと、決めつけないでよ。私にだって予定ぐらいあるんだから。」

 優愛が抗議の声を挙げた。

「へぇ〜。じゃあ優愛は欠席、と。」

 勇斗が折った3本目の指を、再び立てる。

「行かないとは、言ってないでしょ。女バスは祝日は休みだから、カレンダーが赤い日なら大丈夫よ。」

 つまり部活以外の予定はないという事だ。

「あとは日菜乃と瑞希ちゃんに聞いてみるか。」

「日菜乃は部活だって言ってたぞ。」

 勇斗の独り言に、カレーを飲み込んだ大和が反応した。

 サッカー部と陸上部は隣同士で練習をしているからか、大和と日菜乃はお互いのスケジュールを把握していることが多いようだ。

「あら、速水君こんにちは。」

 ちょうど、僕が2つ目の惣菜パンに手を付けようとした時、ひとつ向こうのテーブルで透き通るような声が僕の名を呼んだ。

「昨日は迷惑かけちゃってゴメンね。」 

 光が反射するほど艶やかな黒髪、透明感のある素肌。

 笑顔で話しかけてきたのは弓道部主将である美桜先輩だった。

「迷惑だなんて・・・そもそも僕がもっとしっかりしていれば、あんなことにはならなかったんですから。」

 突然、美桜先輩に話しかけられ、気恥ずかしくなった僕は、人差し指で鼻の頭を掻いた。

 斜め前に座っている勇斗が驚いて、安っぽいアニメのように口をパクパクさせて僕と美桜先輩を交互に見た。

「おま、おま、お前・・・いつの間に、先輩と・・・?」

 びっくりするのは仕方がないけど、もう少しはっきり喋れよ。

「晃せんぱ〜い。何の話をしてるんですか?」

 意図しないところから聞こえてきた声に、今度は僕がびっくりして声が出なくなった。

 突然、僕の肩越しに話しかけてきたのは、美桜先輩の妹である咲希ちゃんだ。

 っていうか咲希ちゃん、顔が近いからっ!

 視界の端に映る優愛の顔が、突然現れた咲希ちゃんを見てあからさまに不機嫌になった。

「ゴールデンウィークは何をして遊ぼうかって話をしてたんだよ。」

「ふ〜ん。それで、どこに行くんですか?」

 無邪気に質問してくる咲希ちゃん。

 この時僕は、正面から注がれる美桜先輩からの監視の視線と、左側から注がれる優愛からの非難の視線をはっきりと感じていた。

 居心地が悪い事、この上ない。

 楽しいはずの食事の時間が、一瞬にして針の筵に変わってしまった瞬間だった。

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