第42話 彼女は台風の目(6)

 風呂上がり。

 僕はパジャマ代わりのTシャツと短パンに着替えながら、今日起こった目まぐるしい出来事を思い出して、溜息をついた。

 咲希ちゃんは怒っちゃうし、美桜先輩は先に帰っちゃうし、何だか瑞希は機嫌が悪いしで、あまり良い一日ではなかったな。

「父さん、風呂空いたよ。」

 リビングで夜の情報番組を見ていた父さんに声をかけて、僕は2階へと上がった。

「9時・・・か。」

 まだ寝るには時間が早い。

 時間があるなら勉強しろと言われそうだが、宿題があるわけでもなく、受験が差し迫っているわけでもない。

 特に今日は色々な事があったため、精神的にも肉体的にも疲れていた。

 それと友達とのコミュニケーションも大切だしね。

 僕は自分にそう言い訳をすると、ZOMBIE HUNTERにログインする為にPCの電源を入れた。

 今の時間なら、勇斗がログインしているかもしれない。

 電源を入れて十数秒、立ち上がったPCのデスクトップにあるZOMBIE HUNTERのアイコンをダブルクリックしてソフトを立ち上げる。

 数秒でソフトが開かれ、ログイン画面が姿を現した。

「えっと、ログインIDが・・・。」

 僕は慣れた手つきでキーボードを操作して、IDとパスワードを入力する。

 LOADINGの文字と後に、ログインするサーバー名が表示されたので、いつも通りNo.5のサーバーをクリックした。


 ――トゥルルル、トゥルルル。


 電話が鳴った。

 誰だ?こんな時間に。

 ベッドの上で鳴り続けるスマホの画面には、誰の名前も表示されていない。

 ・・・非通知か、未登録か、それとも悪戯か。

 クラスの友達なら、電話ではなくメッセージを送ってくるだろう。

 いつもであれば知らない相手からの電話は取らないのだが、虫の知らせとでも言うべきか、この電話は取らなければならない気がした。

「はい、速水です。」

「急に電話してごめんなさい。」

 誰だろう。女の人の声だ。

「あの。戸田です。」

 とだ?・・・友達に戸田という名字の人はいないな。

「えっと、弓道部の戸田美桜です。」

 弓道部の・・・戸田・・・美桜?

 え?!美桜先輩?!

「え?先輩?なんで番号を知ってるんですか?じゃなくて、どうしました?」

 電話の主が美桜先輩だと分かり、途端に冷静さを失う僕。

「ごめんなさい。学校で話したときに生徒手帳を拾って・・・。」

 咲希ちゃんを追いかけた時に落としたのか。

「それで、どうしました?」

 用もなく美桜先輩が電話をかけてくるはずがない。僕は先輩に話の続きを促した。

「咲希が帰ってこないの。何か知ってる?」

 どういうことだ?咲希ちゃんは夕方には家に帰るって言っていたじゃないか。

「ショッピングモールで咲希ちゃんと買い物をして、夕方には別れました。帰るって言ってたので、てっきり家にいるものだと・・・。」

 咲希ちゃんと別れてから、既に4時間が経過している。事故や事件に巻き込まれてなければ良いけど・・・。

「そう・・・変なこと聞いてごめんね。」

 電話越しの美桜先輩の声には、はっきりと落胆の色が見えた。

 それにしても、ショッピングモールのあと、咲希ちゃんはどこに行ったのだろうか?

 僕は咲希ちゃんとの会話の中に何かヒントがないか、記憶を辿った。

「・・・灯台。」

「え?」

 僕が会話を遮ってしまったが、咲希ちゃんはショッピングモールの後、灯台の夕日が見たいって言ってた。

 既に日が沈んでから随分と時間が経過している。こんな時間まで灯台にいるとは考えづらい。

 でも・・・。

「美桜先輩。心当たりがある場所があるんで、ちょっと行って見てきます。」

 僕がもっと上手く話ができれば、咲希ちゃんだって大人しく家に帰ったはずだ。

 こうなってしまった原因は僕にある。ほんの少しでも可能性があるなら、僕が探しに行くべきだ。

「心当たりって、どこに行くつもり?もう時間も遅いから・・・。」

「じゃあ、後で電話しますね。」

 僕は美桜先輩の言葉を遮り、外出の準備をした。

「薄手の上着も持っていったほうが良いな。」

 ジーパンとロングTシャツに着替えた僕は、いつもはクローゼットの肥やしとなっているスプリングコートを手に取った。

 4月の夜はまだ肌寒く、潮風は容赦なく体の体温を奪うだろう。湯上がりの体を冷やして風邪でもひいたら大変だ。

「父さん、ちょっとでかけてくる。」

 僕はリビングでくつろいでいた父さんに声をかけて、玄関のドアを開けた。

 外気は思った以上に肌寒く、風が強い。予想通りスプリングコートが役に立ちそうだ。

 丘を降りて海沿いの道を進み、学校の前を通過すれば灯台のある岬が見えてくる。

 自転車を飛ばせば30分程度の道のりだ。

 僕は自転車置き場から自分の自転車を取り出し、ペダルを踏みしめ、道へと躍り出た。

「きゃっ!」

 急いでいたため、よく見ないで飛び出した僕は、家から出た直後に歩行者にぶつかりそうになり急ブレーキをしてしまった。

「晃君?こんな時間にどうしたの?」

 歩行者の正体は、コンビニの小さな袋を手に持った瑞希だ。

「ゴメン、瑞希。ちょっと急いでるんだ。」

 謝罪もそこそこに、僕はペダルを踏む足に力を入れた。

「え?何かあったの?」

 瑞希の問に答えている時間はない。

 僕は瑞希の横を通り過ぎ、自転車を加速させた。

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