第5話 春は出会いの季節(3)
清々しい。
うん、実に清々しい。
何か清々しいかといえば、お昼まで粘った結果の釣果は『ボウズ』つまり、何も釣れなかったと言う点だ。
ここまで釣れないと、逆に清々しいから不思議だ。
「だから途中でテトラ帯に移動して、カサゴ狙いに変えればよかったんだって!」
勇斗が、優愛に言い訳をしている。
「だったら一人で移動すれば良かったじゃん。」
「一人で行っても面白くないだろ。」
釣竿とバケツを自転車のカゴに入れた勇斗が優愛に反論しているが、今回のことに関しては、優愛の言い分が正しいと思う。
それでも僕は満足だった。
漁師と違って僕らの釣りに生活がかかっている訳ではない。ボウズだからといって、気にする必要などない。
気心の知れた友達と、同じ時間を共有できた事が重要なのだ。
「春休みも、そろそろ終わりかぁ。」
勇斗が空を見上げながら言った。
「そうだよ!うちら高2じゃん!可愛い後輩とか入ってくんのかな?」
バスケ部に属する優愛は、後輩が入ってくるのが嬉しいのだろう。
入部したての頃は「あの先輩、マジでムカつく!」とか言って散々辞めてやると言っていたが、早いものでもうあれから一年になる。
控えではあるが、1年生ながら試合で使ってもらっている所をみると、それなりの実力があるのであろう。
「俺らは別に後輩とかって、あんまり興味無いしな。」
そう言った勇斗は茶道部、と言っても完璧な幽霊部員で、部活に行った姿など見たことがない。
「晃は運動神経良いんだから、部活に入ればよかったのに。」
いや、入ってるぞ。家庭科部に。
入学当初は「家事が覚えられるかも」などという気持ちもあったが、今となっては勇斗と同じ『完璧な幽霊部員』というスタンスを維持している。
「家事が忙しいからね。」
手を抜きまくっている家事が、部活に出ない理由となるかは疑問が残るところではあるが・・・。
「そういえば晃のお母さんが作ったアップルパイ、美味しかったよね。」
優愛が少し遠い目をした。
女の子が欲しかった僕の母さんは、優愛をとても可愛がっていたのを覚えている。
もちろん優愛も自分の母親のように懐いていた。
「おばさん、優しかったよな。」
「美人だったしね。」
勇斗と優愛が僕の母さんについての思い出話に、花を咲かす。
母さんの話題を気軽に出せるようになったのは、いつ頃からだったであろうか?
母さんが亡くなってから暫くのあいだは、ふたりは僕を腫れ物に触るように扱い、頑なにその話題を避けていたように思える。
悲しくない訳ではない。
しかし、笑って話せるぐらいには、自分の中で母さんの死を受け入れる事ができたという事なのだろう。
「今度、墓参り行こうか。」
突然、勇斗が言い出した。
「良いね!高校入りましたよって報告してないしね。」
勝手にふたりで盛り上がってるし・・・。
まあ良いや。母さんは賑やかなのが好きだったし、きっと喜ぶだろう。
「久しぶりに、晃の家に行こうぜ。」
「何でだよ!それに、お前はさっき来ただろう?」
突然の提案に、僕は全力で抵抗する。
あんなに散らかりまくっている我が家に人を呼ぶなど、できるわけがない。
「賛成〜。私も久しぶりに行きたい。」
「これで、2対1。多数決で決定しました!」
家主の意見は完全に無視かい?!
「そういえば腹減ったな、何か買っていくか?」
「晃に何か作ってもらえば?」
勝手に話を進めていく勇斗と優愛。
「ちょっと待て!僕は料理できないぞ。」
びっくりした表情で僕を見る優愛。
「ご飯、どうしてんの?」
「コンビニ弁当とか、カップ麺だな。美味いぞ。」
ちょっとドヤ顔で答えてやる。
「体に悪いぞ。」
勇斗もちょっと引き気味だ。
僕の家は、港から山側に自転車で10分ぐらい進んだ小さな丘の上にある。
ちょうど僕が生まれた頃に、5件ほど売り出したので購入し社宅を出たと聞いている。
建売だったので、隣の家とデザインや間取りが似ているのが少し残念なところであるが、住むのに不便は無いし、商店街も近いのでいい買い物だったのだはないだろうか。
「おい、晃んちの隣、トラックが止まってるぞ。」
家への坂を登りきろうという時だった。少し先を進んでいた勇斗が、わざわざ一回登った坂を降りてきて、そう言った。
「トラック?」
オウム返しに尋ねる。
「何か荷物でも届いたかな?」
僕の家の隣は、何年か前から空き家だ。用事があるとすれば、僕の家か、お向かいの佐藤さんの家位だろう。
「違うって、引っ越し屋が来てるんだよ。」
「へぇ、誰か引っ越してくるんだ。」
僕の言葉を聞いて、勇斗が呆れた顔をした。
「お前、ピンと来ないのか?今日引っ越してくるって言ったら、さっきの瑞希ちゃんだろ?」
「まさか。そんな偶然あるわけないだろ?」
勇斗は一ノ瀬さんが僕の家の隣に引っ越してきたことを期待しているようだが、そんな偶然がある分けがない。
「ホントにそう思うか?俺はこの小さな町に、一日に2件も引越してくる方が可能性は少ないと思うけどな。」
指を立てて語る勇斗の顔が、この上なくウザイ。
「勇斗の言う通りかも。そうだとしたら、ちょっとドキドキしない?」
勇斗だけでなく、優愛までそう言い出した。
そんなはずはないと思いつつも、ペダルを漕ぐ足は自然と速くなり、坂を登りきるまでには全員の息がかなり上がっていた。
「それで、勇斗、どうなんだ?一ノ瀬さんは、いたのか?」
「ちょっと待て、トラックが、邪魔で。」
完全に肩で息をしている僕と勇斗。
日頃の運動不足が祟って、なかなか呼吸が戻らない。
「あー!いた!瑞希ちゃん、ホントにいたよ!」
いち早く復活した優愛がトラックを回り込み、一ノ瀬さんを発見したらしい。
情けないことに、僕と勇斗は二人揃って生まれたての子鹿のようになってしまい、なかなか思うようにペダルが漕げない。
「こんにちは。」
そう言ってトラックの荷台の影から顔だけ出したのは、確かにさっき出会ったショートボブの女の子。
「瑞希ちゃん、まさか隣に引っ越してくるなんて、ホント奇跡だね!」
相変わらず勇斗は調子がいい。
というか一ノ瀬さんが引っ越してきたのは、お前んちの隣ではない。
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