あめ玉のふる村:3

■雨夜の美容室


「・・・ん? ここはどこだ」

 


あめで出来た、かまくらのような物体とは違う、清潔な印象の空間。『あめの方』の前には上半身が全て写る、一枚の大きな鏡。


『あめの方』は丸まっていた背中を椅子の背につけ、姿勢を少し正しながら辺りを見渡す。



「ここは僕の美容室でございます」


「お・・・ 貴様誰だ! 王である私に向かって名を名乗らず話しかけるなど、言語どうーー」

「はいはい静かにしてねー」

 


余石の青色のオーラに似た何かが強まり、妖『あめ王』は心を静め、落ち着いた様子。



「態度を無理強いしてしまい申し訳ありません。僕の名前は雨夜と申します」「余石だよーよろしくねー」


「あ、よろしく。こちらこそ、いきなり声を荒げてしまい、申し訳ない」

 


妖『あめ王』は、少しだけ頭を下げる素振りを見せる。



「ところで、ここは何だ? いきなりこんなところに私を連れてきて、何をするんだ?」


「はい。こちらは僕の美容室。髪の毛をキレイにするところでございます。『あめ王』さんの髪の毛が非常に乱れているのではないかと考え、こちらに招かせて頂きました」


「お・・・ 貴様! 何故私の名前を知っている! もしや貴様は何かのスパイーーー」

「はいはい静かにしてねー」

 


再び余石の青色のオーラに似た何かが強まり、妖『あめ王』は心を静め、落ち着いた。



「あの村にいた、髪の毛の長い女の子『甘音』さんに聞きました」


「甘音? はて、そんな者にはあったことはーーー」


「『あめ王』があめ玉をあげた女の子だよー」

 


余石の言葉に少し考える素振りを見せた後、思い出したかのような仕草をするあめ王。



「その女の子が、『あめ王』さんのおかげであめ玉が降るようになったって、喜んでましたよ」

 


雨夜がそう伝えると、妖『あめ王』は「当然だ」と鼻を高くして言った。



「あまりにも泣いているから、私が慈悲であめ玉をあげたのだ。そしたら凄く喜んだ。自分が何かをして人に喜んでもらったことは初めてだったので、私は嬉しくなった」


「はい」


「だから私はあの村に、あめ玉を振らせているのだ。雨なんかよりもよっぽど役に立つ。喜んで欲しいからな」

 


雨夜はキャスター付きの椅子に浅く腰掛け、鏡越しに妖『あめ王』を捉える。


「『あめ王』さん。僕は妖美容師ーーー妖の髪に溜まった厄を切り落とす、髪を切る人です」


「ああ」


「『あめ王』さんは最近、髪が伸びた覚えはありませんか?」

 


くしゃくしゃにした銀紙のような顔、まるでくずかごに入れられる前のような汚らしい髪の毛をした『あめ王』は、顎に手を置き考える。


「んーそういえば伸びたかもなぁ。今まで長くこの世にいるが、髪が伸びた事なんてないぞ」


「あなたはあめ玉の王であると思いますので、王にふさわしいヘアスタイルにカットさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 


雨夜の提案に、少し渋る妖『あめ王』



「人間ごときに触らせることに気が引ける」


「そうですよね」

 


雨夜は少し目を細め、集中する。



「ですが、妖の髪を切ることが出来る人間は、そうそういません。そのまま伸びたままだったら、はっきり言ってダサいですよ」


「・・・貴様! 王に向かってなんたる口のーーー」


「はいはい静かにしてねー」

 


三度余石の青色のオーラに似た何かが強まり、妖『あめ王』は心を静め、落ち着いた。



「あめ王さん。あめ玉の王様らしく、権威を示すことの出来るヘアスタイルにしましょう」

 


妖『あめ王』は冷や汗一つ、静かに頷いた。




■妖『あめ王』のカット


雨夜は妖『あめ王』の着ている高級そうだが汚れた服の襟に、黄色いタオルを掛ける。次いでカットするためのクロス、髪の毛が入らないようにするネックシャッターをつけた。



「『あめ王』さん。以前はどんなヘアスタイルだったかを覚えていますか?」


「んーあんまり覚えてないが・・・ かっこよかったのは覚えておるぞ」


「なるほど」

 


伸びきっている毛先の方が絡まっているので、毛先の方から順にといていく。



「僕の『袋に入っているあめ玉』のイメージって、横に余った袋の部分を、ねじっているイメージなんですね」


「ああ」


「なので、ちょうど『あめ王』さんの髪の毛がそんな風に生えているので、この髪の毛の部分を『羽』にすることによってそれを再現したいと思うんです」



・・・



「羽、羽? 私は空を飛ぶことが出来るようになるのか?」


「いえ、違います」「違うよー『あめ王』」

 


雨夜は細かく、技術的な説明に入る。



「羽を作るというのは、美容の技術で『羽』という技術があって、それを使うことによって『あめ王』さんの権威を示すことが出来るヘアスタイルになるということです」


「なるほど、雨夜殿はわかりやすい。人間ごときにやられるのはしゃくに障るが、それでよろしく頼むぞ」


「了解しました。早速施術に入っていきます」

 


雨夜はときつけながら、いらない髪の毛の吟味に入る。


妖『あめ王』のスタイルを具体的にイメージする。細部まで細かく考え、見続け、やがていらない髪の毛が見えてくる。



「ーーー見えた」

 


そう呟くと、雨夜はシザーケースから、対妖シザー『青ネギ』を取り出し、クシを持つ右手に添える。そのハサミは青く光り輝き、『厄』を切り落とす役割を果たす。



「では、濡らしていきますね」

 


雨夜がスプレイヤーで水を拭きかけようとする、と。



「私の髪は、ぬれてしまうとベトベトになってどうしようもなくなる。だから私は『雨』を『あめ玉』に変換し続けている」


「なるほど、わかりました」

 


雨夜は左手で持っていたスプレイヤーを、ワゴン台の端っこに置く。



「では、このままカットしていきます」


「うむ」

 


根元をクシでとこうとするが、ガチガチに固まっていてとくことが出来ない。



「結構、凄いクセをお持ちですね」


「そうか。プロはそんなこともわかるんだな」


「いえ」

 


無理に形を変えるのではなく、毛先の動く部分をうまく使っていく方向にシフトする。



「『あめ王』さんは、『雨』を『あめ玉』にすることが出来るんですね」


「ああ、ぬれるのが嫌いだ。そして、自分の持っている力を存分に使わないと、もったいないであろうが」


「はい」

 


まずは左サイド。『厄』の溜まっているいらない髪の毛を、縦にハサミを入れてカット。



「そのあめ玉は袋入りだから、凄く使いやすいって村の人が言ってました」


「・・・そんなことを言っていたのか」


「えぇ」

 


しゅきしゅきしゅき。乾いた髪の毛が、ひらりひらりと床に舞う。



「前、封書のような物が私のすみかに置いてあり、読んでみると『雨が降らないから農作物が育たない、やめろ』『でも甘い物もないと困るから、どっちも適度に降らせろ』とあった」


「そうなんですか」

 


細かく分けて、切っていく。毛先が少しばらつき、扱いやすくなっていく。



「王である私に命令などふざけている」


「そうですね」

 


左サイドの毛が切り終わり、右サイドの毛に移行する。



「でも、誰かの反応があった方が楽しいのも事実。だが言うことを聞きたくなかったから、そのまま降らせ続けた」


「そうなんですね」

 


丁寧にとき、分け、しゅきしゅきしゅき。カットしていく。



「ある日、『本当に困るからどこかに行け』と言われた。むかついたので『じゃあどこかに行く』と言ったら『たまにきてあめ玉をおいていけ』と言った」


「・・・」

 


切った『厄』を含む髪の毛が、落ちる。左右の長さが均等になっていく。



「むちゃくちゃだ。ここの村人は。私の好意で降らせてやったのに、その好意に甘えて要望まで出してくる。傲慢で感謝のない。だから人間は嫌いなんだ」


「・・・」

 


左右の長さが均等になったかを確認し、ハサミを置く。ヘアセットをするときに使うくしに持ち替え、左サイドの裏側に細かく逆毛を入れていく。



「そんなことでモヤモヤしていたら、動けなくなった。体がだるくなり、沢山のあめ玉を背負っているかのようになってしまった」


「動けなくなってしまったんですね」「『厄』が溜まったね」

 


表に出ないように逆毛を入れていき、髪の毛同士が離れないようにしていく。そして少しずつ、手先で微調整を施しながら髪の毛を広げていく。



「そんな状態でも、自分が何もしなかったら誰も喜んでくれないのも事実。だから降らせていた。しんどかったが」


「頑張ったんですね」「それで村がどうなったかは知ってるかい? 『あめ王』」

 


キレイな面を作り上げ、崩れないようにスプレーを施す。



「村のみんなは、よろこんだのではーーー」


「今降ってるスプレーは凄く強力なので、雨もはじくし形が崩れることはありませんので」


「あ、あぁ」

 


少しときつけ、面をキレイに調えたら右サイドに移行する。



「僕が村を訪れる前、あめ玉が降ったので木の陰に避難したんです」


「ああ」


「その時に降ってきたあめ玉は、袋に入っていないあめ玉でした」


「・・・そうなのか」


「はい。そのあめ玉は凄くくっつくようで、あの村の柵や家の壁、洗濯物にこびりついてとれないそうです。あの女の子『甘音』さんに聞きました」

 


右サイドの毛に後ろから逆毛を入れていき、左と同様に髪の毛同士が離れないように準備していく。



「『甘音』さんは髪の毛が一番長いことを誇りにしていました。でも、そのあめ玉がついてしまったことで、切らなくてはいけなくなりました」


「・・・」


「なので、髪を切るプロである僕が、カットしました。喜んでは居ましたけど、髪の毛にあめ玉がついてしまったとき、彼女は本当に悲しそうに涙を流してましたよ」


「・・・私は、また無意識のうちに自分以外の者を苦しめていたのか」

 


ときつける。髪とくしのこすれる音が、何とも気持ちいい。



「と、言うと?」「なんか心当たりがあるの? 『あめ王』」


「私は、あめ玉の国の王だったんだ」


「だった? ですか」「ということは、今は違うんだね」


「ああ、追放されてしまった。私はよかれと思ってしていたことが、むしろ国民を苦しめていたのだ。そんなことにも気づかず、ずっと施していると、ある日追放された。情けない話だ」

 


髪の毛を、ゆっくりと均等に広げていく。キレイな面が、できあがっていく。



「そうだったんですね」「大変だったねー『あめ王』」


「大変、だったのは国民の方だ。私が悪いんだ。それに気づいていなかったこともたちが悪い」

 


その面に、スプレーを施していく。まるでその髪の毛の時間が止まったかのように、ピクリとも動かない。全体的にスプレーを振っていき、仕上げに入る。




■ヘアスタイルの完成

 

雨夜は、妖『あめ王』の後頭部に鏡を持って行き、前の鏡と『合わせ鏡』になるようにする。



「さあ、出来ましたよ」


「おお、やるな雨夜殿。人間だと思って舐めていたが、少々見誤っていたようだ」



前から見ても、後ろから見てもキレイなあめ玉の形。羽の部分が美しい。 


妖『あめ王』は、すっきりとした顔になった。



「さあ、立ち上がってください。元の場所に戻りますよ」


「髪の毛を切っただけなのに、なんだかすっきりしたよ。背負っているあめ玉がなくなったみたいだ」


「それは良かったです」「『厄』はとんでったからねー」

 


妖『あめ王』はゆっくりと立ち上がろうとする、時に雨夜が一言。



「『あめ王』さん。気が向いたらで良いので、雨も降らせて上げてくださいね」

 


そう言うと妖『あめ王』は、にっこりと笑った。




■村の外れ あめ細工のほこら


「嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい」

 


かっちりと固まるあめ玉のようなヘアスタイル。でもつやがある。清潔になった妖『あめ王』



「良かった良かった。やっぱりヘアスタイルはキレイな方が良いからね、余石」


「まあ、僕は髪の毛がないからわからないけど。喜んでるなら良かったね、雨夜」


「なに、そのぶっきらぼうな言い方。後でキレイに拭いてあげないからね、余石」


「雨夜、それだけはご勘弁」

 


雨夜はふふっと少し笑う。



「さあ、余石。次はどこに行こうか」


「まあ、雨夜の行きたいところで良いんじゃない?」

 


二人は、歩き始める。




■あめ玉のふる村近く


「雨夜さん!」

 


もう、すっかり朝になっていた。自分の名前を呼ばれたので振り返ってみると、甘音がいた。



「もう、行っちゃうんですか!?」

 


ひどく、焦っている。昨日整えた髪も乱れ、息を切らしていた。



「はい、もう行きます。ここで僕がやるべき事は、もう済みましたので」


「・・・朝起きたら、雨夜さんがベットに居ませんでした。私、すっごく不安になったんですよ!」

 


目には、少しの涙。うるおう瞳が、太陽の光に照らされてキラリと光る。



「それは、ごめんなさい。不安にさせてしまったのは、謝ります」


「そうじゃなくて!」

 


ずんずんずんと、甘音が雨夜に近づいてくる。あまりの圧力に、雨夜は少し、たじろいだ。



「もう、なんで気づかないんですか。ばか、あほ、間抜け!」

 


下からぐいっと見つめられ、困惑する雨夜。



「え、あの、すみません」


「・・・もう、いいです。私もおかしかったんです。取り乱してしまってすみませんでした」


「・・・いえ」

 


風の音、木々のしなる音だけが、辺りを支配する。



「雨夜さん。・・・す、いや、また、髪の毛切ってくれますか?」

 


自分の髪の毛を触りながら、雨夜に優しく問いかけた。



「・・・近くに寄ったら、また来ますね」


「! はい! 待ってますね!」

 


甘音はこぼれる涙を拭き、笑顔になった。



「では、僕はもう行きます」


「はい、お元気で。余石さんもお元気で」


「じゃーねー甘音ー 楽しかったよー」

 


甘音に手を振ってもらいながら、雨夜はふらふら旅に出る。

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