自動販売の村:1
■とある茶屋
「イラッシャイマセ。ゴコウニュウボタンヲオシテクダサイ」
「・・・嫌ですね」「こんな危ない物誰が触るの?」
人の良い店員さんのいる茶屋でくつろいでいた雨夜は、突然四角い箱のような物に話しかけられた。
「イラッシャイマセ。ゴコウニュウボタンヲオシテクダサイ」
「・・・嫌ですね」「この危ない物は何回同じ事を聞くの?」
雨夜は優しく拒否。余石は思っていることを無機質に伝えた。
「イラッシャイマセ。ゴコウニュウーーー」
「それは、自動販売機ですよ♪」
追加で頼んだ美味しいお団子を持ってきてくれた店員さんが、そう教えてくれた。
「自動販売機、ですか?」「それはどんな物なのー?」
「はい。自動販売機とはその名の通り、自動で物を売ってくれる機械です。この近くの村で使われている機械で、結構な頻度で来ますよ」
「そうなんですね」「そんな物があるんだね」
その自動販売機と呼ばれている機械は、先ほどから同じ一定の声で、雨夜に商売を持ちかけてくる。
「イラッシャイマセ。ゴコウニュウボタンヲオシテクダサイ」
「まあ、お金を入れて商品の下にあるボタンを押したら、商品が下から出てくるという仕組みですよ。私もいつも買っているので、大丈夫だと思いますよ♪」
人の良い店員さんに言われた物だから、雨夜はスッとカバンから小銭を取り出し、その自動販売機に入れる。
「おカネ、イレテクレマシタ。ボタンヲオシテクダサイ」
雨夜は店員さんにオススメされた、右下のボタンを押す。ガチャンと音が鳴り、下から商品が出てくる。それを手に取る。
「へえ、これ、面白いですね」「すごいすごーい」
「お店が忙しくて、どうしても離れられないときに来てくれると、おーってなりますね♪」
手に取ったその商品は、美味しそうなパン。雨夜はそれを、カバンの中に詰め込んだ。
「これ、後で食べます。それよりそうと店員さん」
はい、なんですか? と、人の良い店員さんは笑顔で反応してくれる。
「この近くに村があるのでしたら、その場所を教えて頂きたいです」
そう言うと、その店員さんの笑顔が少し引きつった。
「・・・うーん。あんまりオススメしないですよ? 人も少ないから活気もないし」
「そうなんですね」「なるほどねー」
雨夜はカバンを肩にかけ、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。
「僕は、旅人です。僕の好みの場所は、静かな場所です。活気がないくらいがちょうど良いかなって」「案内よろしくー店員さーん」
人の良い店員さんは少し首をかしげながらも、丁寧に教えてくれた。
■自動販売の村
「ヨウソコ、イラッサイマアセ。旅人さン、ヨウこそ」
店員さんに教えてもらった村に入ると、歓迎の言葉とファンファーレを頂いた。
「あら、歓迎されてるよ余石」
「そうだね、雨夜。でもなんだか、この言葉と音には全然感情を感じないけどね」
「お、それを余石が言う」
「・・・」
全体的に、四角い印象。光が所々で点滅し、あんまり活気はないように感じた。
「とりあえず、宿を探そうか、余石。ちょっと休憩もしたいしね」
「了解、雨夜。さっき買ったパンでも食べれば良いじゃん」
「そうだね、余石」
村の中を、歩き始める。建物は村のあちこちにバラバラに立っている。
「あ、雨夜。あの建物にもさっきの自動販売機? があるね」
余石の言った方向を見ると、ボロボロの建物の中に、ランランと光る四角い機械。ランダムに点滅し、不思議な雰囲気を出している。
「雨夜、あっちにも」
それぞれ違うが、おおむね似たような機械があちこちに置かれていた。
「余石、この村には人は居ないのかな?」
「さあ。僕にはわからないな」
そっか、と雨夜は話を流し、砂利道を歩く。すると右手側に、看板。
「あ、宿っぽいのがあったよ余石」
「これは宿だね。早速入って雨夜。僕はドアを開けることが出来ないからね」
「はいはい」
ドアを開けようとすると、誰もいないのにドアがスライドして開いた。
「イラッシャイマセ。極上のnむりwオトドケしマス」
「・・・入って良いのかな、余石」
「まあ、入らないと何も始まらないから。さっさと入ってよ雨夜」
余石のもっともな意見に、しぶしぶ雨夜は入っていく。
■宿
「イラッシャイマセ。極上のnむりwオトドケしマス」
ッガガっと変な音のなるスピーカーに歓迎される雨夜と余石。
「・・・えっとぉ」
「ここにお金を入れれば良いんじゃない雨夜」
余石に言われたとおり『お金投入口』にお金を入れると、すぐ左にあるドアが勝手に開く。
「どうゾ。左のおヘヤn泊マリなさい」
はい。と律儀に雨夜は返事をし、その部屋に入る。そこには、キレイに畳まれた布団が一式のみ置かれていた。
「余石。人が居ないにしては、布団がキレイすぎない?」
「まあ、人がいるいないはどうでも良いよ。過ごしやすいところだったら何でもね」
「それは余石が妖だからそう思うかもだけど、僕は人間だから気になるんだよ。そう
いう所」
「へー 僕は人間じゃないからわからないなー」
「・・・」
雨夜は少しだけ荷物を置き、必要な分だけ持った。あとさっき買ったパンもカバンに。
■自動販売の村ー機械の少ない所
「あ、雨夜。人間じゃない、あれ」
余石の言う方向の先に、ひざを抱えて下を向いている人間のような者がいた。遠くから見てもわかるくらい、髪の毛は伸び放題。
「雨夜。あの人間、不潔だね。臭いよ、絶対」
「余石、鼻ないでしょ」
「あ、そっか」
段々と近づいていくと、徐々にその人の『ふけ』『ほこり』『何日も洗っていない匂い』『全く手入れをしていない髪の毛』に気づいていく。雨夜は少し顔をゆがめた。
「あの・・・」
無反応。
「あの、すみません」
無反応。
「あの、すみまーーー」「「「ここの村人ですかー」」」
余石の大きな、反響する声でその人は顔をゆっくりと上げた。無精ひげが汚らしい。
「・・・人?」
「はい、人です」「人と妖だよー」
雨夜と余石の返答に、その人は無気力にうなだれた。
「・・・あぁ。俺はとうとう幻覚まで見るようになっちまったか」
「いえ、人です」「幻覚じゃないよー」
もう一度の問いかけに、その人は雨夜の体にゆっくりと触れてくる。
「え・・・ 本当に人か?」
「はい、人です」「いい加減現実見つめなよ、汚いおじさん」
その人は、少しずつ顔をほころばせていく。
「あぁ、久しぶりだ。人に会ったのは。もう、何年ぶりのことか」
その人は涙を垂らすが、無精ひげに水滴が吸い込まれていく。
ーーーーー
「これ、食べてください」
雨夜は先ほど買ったパンをその人の手に渡した。手に渡されたパンを、ゆっくりと見る。
「多分その感じだと、最近何にも食べてないでしょ?」「食べなよ、汚いおじさん」
そのパンを、ゆっくりと口に運び、噛みちぎる。噛まずに飲み込む。
「ああ、何回食べたことか」
噛みちぎり、飲む。噛みちぎり、飲む。噛みちぎり、飲む。
「これ、自動販売機の右下にあるやつだろう?」
「・・・はい、確か」「右下だねー」
全て食べ終わったその人は、雨夜の顔を見た。
「でも、ありがとう。自分で買いに行く気も失せていたんだ。何だか生きるのも疲れてね」
「疲れて、しまったんですね」「だからボサボサで汚いんだね」
余石のその言葉を聞き、自分の髪を触るその人。
「ああ、こんなにも伸びていたんだね。鏡なんてもう何年も見ていないから、全然気にならなかったよ。どうせ見せる人も居ないし」
「・・・」「・・・」
その人の笑顔には、諦めがにじみ出ている。
「すみませんが、前回髪の毛を切ったのはいつ頃でしょうか?」
雨夜のその問いに、少し違和感を覚えるその人。
「・・・なんで、そんな事を聞くんだ? 不潔な俺を、笑いたいのか?」
いえいえ、と優しく否定し、雨夜は自分が美容師であること。髪の毛を切りながら旅をしていることを伝えた。
「なるほどな。美容師さんか。あんまり覚えてないが、1年は切っていない。この村がこんな感じになってからは、切っていない」
「そうなんですね」「じゃあさ、切ってもらったら? 雨夜に」
「プロに切ってもらえるほど、俺には金がない」
そう言い下を向くその人に、優しく雨夜は声をかけた。
「さっきあげたパンをまた買ってください。それでいいですよ」
その人は下を向いたままぶっきらぼうに言う。
「プロがそんなんでやってくれるわけないだろう」
「では、その代わりにこの村のことを教えてください。僕は旅人。色々なことを知って、色々なことを感じたいから旅をしています。情報も立派な対価ですよ」
雨夜にそう言われ、その人は渋りながらもお願いした。
「そんなに俺の髪が切りたいんだったら、切らせてやるよ。どうせ何もやることないし」
「よろしくお願いします」「よろしくねー汚いおじさん」
汚いおじさん、というワードに、若干その人は顔をしかめた。
■おじさんをシャンプー
「とりあえず、洗いましょうか。髪の毛を」
雨夜はその人に案内してもらい、近くの井戸にまで来る。
「ここの水は、お金を入れると一定の時間組み放題の井戸なんだ。だが、村を守る俺は無料で使える」
その人が右手につけていたリストバンドを井戸に近づけると、電子音が鳴り、滑車が動く。すると、いっぱいの水が入った木のバケツが自動で運ばれてきた。
「お前はプロなんだから、もちろん洗ってくれるんだろう?」
「はいもちろんですよ」
雨夜はバケツの中の水を、まずは一気にかける。
「・・・おい、冷たいだろ」
「すみません」
バケツを元の位置に戻すと、自動で井戸の中に戻っていき、またいっぱいの水を抱えたバケツが姿を現す。
「結構汚れているようなので、まずはしっかり水で洗い流しますね」
「・・・」
水をくみ、かける。水をくみ、かける。10ほど繰り返し、雨夜はカバンから泡立つ液を取り出す。
「汚れを取るために、シャンプーしていきます。服が濡れないように、首を傾けてください」
「いや、着替えはあるから濡れても良いよ。この服も捨てようと思ってたし」
「わかりました」
その人が直立状態のまま、泡立てていく、が。汚れが凄すぎるため泡立たない。一回流し、もう一度シャンプーをつける。
「今は暖かいから何とかなっているが、冬だったら終わってたな」
「本当にそうですね」
泡立て、片方の手で頭が揺れないように支えながら、左手で頭をかいていく。
「力加減、大丈夫ですか?」
「・・・」
シャカシャカシャカと、頭皮と指が、すれる音。大きく掻いたり小さく掻いたり。メリハリを大事にしながらリズミカルに掻いていく。
「・・・」
「・・・」
シャカシャカシャカと、泡立つ髪の、きめ細か。正中線を強く掻き、髪の毛のふちを特に丁寧に掻いていく。これが気持ちいい。
「では、流していきますね」
「・・・」
水をくみ、かける。水をくみ、かける。水をくみ、かける。髪から泡が引き剥がされ、清潔になった髪の毛があらわになる。流すときも、頭皮の汚れを落とすようにこする。
「よし、オッケーです。頭は洗い終わったので、早速カットに入っていきましょう」
「・・・ふう。久しぶりだわ、こんなにすっきりしたの」
「これからが、本番ですよ」
その人は、井戸から少し離れたところにあった自動販売機に、リストバンドをかざす。すると、その機械からは新しい清潔な衣服が出てきた。
「・・・着替えるから、あっち向いてて」
「わかりました」「これで汚いおじさんも、普通のおじさんになるね。キレイな方が良いよ」
無言でその人は、着替え始める。着替え終わり、雨夜に誘導されると、ゆっくりと余石に腰掛けた。
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