第9話

* * * *


「————くしゅんッ。……うー、誰か俺の噂でもしてんのかな」


 ず、ず、ずと鼻を啜りながら、呟く。


「昨日のアレのせいでしょうね。というより、とっとと観念してあたしのパーティーに入りなさいよ」

「……〝魔闘祭〟まであんまり目立ちたくないって言ってるだろ」

「でも、あたしのパーティーに入ってダンジョン攻略をすれば成績は間違いなく上がるわよ? 留年寸前、なんでしょう?」

「成績をネタに脅すのは卑怯だろ……」


 オドネルとの立ち合いから一日。

 何故か、俺をパーティーに執拗に誘おうとするメノハに断りを入れながら、俺は机に突っ伏した。


 師匠達に敵う人間はいない。

 あれが頂だ。あれが頂点だ。

 しかし、俺は彼らじゃない、、、、、、


 俺は、自他共に知れた『才能なし』。

 だからこそ、〝魔闘祭〟で誰もを見返すつもりが、その前に己の手の内を全て晒し、見返せませんでした。にするわけにはいかない。


 『才能』がない人間は、『才能』がないなりに、あらゆる状況をも活用すべきだ。


 故に、誰もを見返すならば、〝落ちこぼれ〟というレッテルが何よりも都合が良かったのだが。


「でも凄いよ、グラム!! あのオドネルを無傷で倒すなんて!!」


 けれど、既に過ぎた事をごちゃごちゃ言う気はないし、ましてや、側で昨日に続いて喜んでくれているリュカを責める気は勿論更々ない。


 俺が責めるとすれば、オドネルだろうが、あの後、不承不承ながらリュカに謝罪をしてくれていたのでもうこの事は気にしないようにしていた。


「これまで、こそこそ励んできた修行の成果かなあ」


 こそこそではなく、がっつり百年だが、まだそれを言う必要はないだろう。


 ここで、どうして勘当される前にそれを発揮しなかったのだ。という疑問が浮かんでいるだろうに、あえて聞いてこないあたり、リュカはやっぱり気遣い屋さんだなぁと思いつつ、いつか全てを話さなきゃなと思った折、


「————メノハ・リエントさん。ちょっとこっち、来て貰えるか」


 教室の外に続くスライド式のドア。

 開けられていた事で生まれる隙間から、こっちに来てと言わんばかりに手招きする教員の顔が映り込む。


 それは1-Aの担任であり、昨日の六限目の担当であったアリス・ウェイド先生であった。


「あぁ、それと、そこの二人もだ。話がある」


 直後、アリス先生と目が合ってしまう。

 そして、同じく彼女と目が合ったであろう側にいたリュカと顔を見合わせ、首を傾げる。


 お互いに、こっちに来いと呼ばれた理由に全くと言って良いほど心当たりはなかった。


 ……昨日の件という事もあるが、その場合、リュカとメノハも呼ばれた事に説明がつかない。


「なに、悪い話じゃない。特に、グラムはな」


 何故か名指し。


「あんまし時間がないから、三人ともチンタラしてないでさっさと来い。成績下げるぞ」


 こんな事で成績を下げられるわけにはいかないので、俺達は言われるがまま立ち上がる。

 そして、当たり前のように職権濫用をチラつかせるアリス先生の下へと歩み寄り————そこからどうしてか、ついて来いと言われ、三人揃って空き教室である予備室に連れられる事となった。



 ただ、そこには先客がいた。


 俺達の学年より一つ上。

 二学年の担任教師であった教員が、三人いた。

 それも、心なしか、深刻そうな表情を浮かべている。


 こんな予備室にまで連れてきて、生徒三人に対して教師が四人。身に覚えはないが、何か説教でもされるのかと思った折、


「……あぁ、そういう事」


 まだなにも言われていないにもかかわらず、メノハだけは得心でもしたように言葉を一つ。

 次いで、


「もしかしてこれ、『ダンジョン』に向かえって話かしら?」

「『ダンジョン』!?」


 メノハの言葉に反応して、リュカが驚愕に声を上げる。

 リュカがいち早く反応した事で俺は声を出さなかったが、内心では彼女と同じ心境であった。


 授業の一環としてパーティーを組み、『ダンジョン』を攻略するというものがある。

 だが、それは一学年である俺達にとってはまだ先の話であった筈だ。


 だから、声を荒げずにはいられない。

 この様子を見る限り、わざわざあえて、先の話をしに呼ばれたようには見えなかったから。


「……可笑しいと思わなかった? こんな時期に、留学だなんて」


 メノハが言う。

 留学をするにせよ、入学当初にすれば良いだろうに、それをしなかった理由。

 加えて、その留学生は言わずと知れた『特級魔法師』。


 傍から見ても、何か訳有りである事は一目瞭然だ。


「あたしは呼ばれたのよ。『ダンジョン』攻略の為に、わざわざ、ね」


 『特級魔法師』が呼ばれるという事態。

 それだけで、アカデミー内に存在するダンジョンに、何かがあるのだと分かる。


「ただ、二人の様子を見る限り、『ダンジョン』に何かがあるという情報は共有されてなかったみたいだけれど」


 全く知らない情報のオンパレード。

 その事実を前に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 ただ、それでも分かる事がある。

 疑問に覚える事がある。


「あの」


 メノハの言葉に否定する気はないのか。

 口を真一文字に引き結んだままだった教員達に向けて、俺は声を上げる。


「リュカは兎も角、なんで俺までもここに呼ばれてるんですか?」


 当然の疑問だった。


 『ダンジョン』に何かがあるのはわかった。

 そしてその為にメノハが呼ばれた事も。

 学年首席に近い成績を収めているリュカが呼ばれてるのはまだ分かる。


 でも、俺だけが場違い過ぎる。


「それはだねえ、メノハさんが、パーティーメンバーは、グラムがいなきゃイヤだーって昨日散々ぐずってたから————」


 ……おい。


 視線で何してんだお前と訴えかけるが、俺の真っ当な疑問に答えてくれるアリス先生の言葉はそれだけでは無かったのか。


「————ってのもあるけど、今回はわたしがグラムを推した。だからここに呼んでる」

「なんで、」

「昨日のアレ。忘れたとは言わさないよ」


 有無を言わせぬ眼光で射抜かれる。


「あれは、偶々ですよ。オドネルが俺を侮ってくれてたから、偶然勝てたってだけです」

「へえ。なら、偶然、魔法を拳で打ち消して、偶然、魔法をよく分からない魔法を使って無傷で耐え、偶然、至近距離からの魔法を避け、偶然、拳の一撃で気絶させたって事? これが本当に偶々なら、わたしは形而上の存在の方がまだ信じられるよ」

「…………」


 この場を乗り切れそうな言葉が浮かばなくて、閉口してしまう。

 俺のその反応を、この場に呼ばれた事に対する疑問は晴れたな? と捉え、アリス先生が話を進める。


「さて、もう薄々分かってるだろうが、時間がないんで端的に言う。今からお前ら三人には、『ダンジョン』に向かって貰う」


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