「家の汚点」と呼ばれ、勘当された少年は〝千年前の英雄〟達の弟子となり、最強へと至る

遥月

第1話

「これ以上、ラルフ侯爵家の家名を傷付けるお前の存在を放置しておくわけにはいかない————ゆえ、グラム。お前を勘当する事にした」


 それは、青天の霹靂とも言えるものであった。

 魔法学院アカデミーに通う俺の下に、実家に仕える執事が父上が呼んでいると告げられ、向かった先で俺はそんな言葉を告げられていた。


「……お、お待ち下さい父上……!!」

「待った。私は十分過ぎる程待った。だが、才なき人間をこれ以上、ラルフ侯爵家に置いておくわけにはいかぬ。これ以上、家名を貶められては敵わないからな」


 ————才なき人間。


 そう言われる覚えは誰よりもあった。


 魔法学院アカデミーの万年〝落ちこぼれ〟。

 それが俺、グラム・ラルフの周囲からの認識。


 いつか。

 いつか、努力をすれば報われるものだと思っていた。けれど、どれだけ辛抱しても、才能が開花する事はなかった。


 そして、〝落ちこぼれ〟などと呼ばれ、生傷の絶えない日々を送る俺の事をもう見過ごす事は出来ないと、父は俺に告げていた。


「お前も、他の兄弟のように才能に目覚める事があると思っていたのだが、それは私の買い被りだったようだ」

「そん、な、事はありません……!! いつか、いつか、俺も……!!」

「ならば、そのいつかは「いつ」なのだ?」

「それは……」


 そもそも期待もしていなかったのだろう。

 落胆の様子を見せる事もなく、


「ゆえに、ラルフ侯爵家から、お前の名前を消すことにした。ラルフ侯爵家に〝無能〟はいらん」


 淡々と言い放たれる。


「今日より、お前はラルフ侯爵家の名を名乗る事を禁ずる。以上だ」

「…………」


 言葉が、思うように出なかった。

 昔は、俺はよく父から怒鳴られていた。


 こんな事も出来ないのかと。

 何故出来ないのだとよく叱られていた。


 しかし、叱られも、、、、しなかった。

 その事実が、俺の中で重くのしかかる。


「〝落ちこぼれ〟である事は、それ程までに許されない事ですか」


 立ち上がり、俺の前から姿を消そうとする父に、どうにか声を絞り出す。


「弱い人間は、ラルフ侯爵家として相応しくない。ただ、それだけだ。これより先、二度と私の前に姿を見せるな」


 それだけを告げて、父は俺の前から姿を消した。




 外はすっかり夜闇に染まっていた。

 魔法学院アカデミーの授業が終わってからラルフ侯爵家に連れられ、一時間ほど父の到着を待ってから、勘当の宣告を受けたのだ。

 外が暗くなっているのも当然か。


 そんな事を思いながら、俺は帰路につく。


 〝落ちこぼれ〟と呼ばれている俺とは違い、二人いる兄は、二人ともが優秀だった。

 なのに俺だけが才能に恵まれなかった。

 特に、プライドの高い兄は才能のない俺の存在を疎んでいたし、いつか、こんな日が来るとは思っていたけれど。


「……しんどいな」


 薄々覚悟をしていたとはいえ、いざ、本当にその現実に直面すると、真面に言葉すら出て来てくれない。


 きっといつか、兄達のように俺にも才能が開花する日がくる。そうなれば、父上も兄上も俺の事を認めてくれる筈だ。

 ……そう、思っていたんだけどな。


 心の中でも弱音をこぼしながら、明日からどうすれば良いか。など考える俺のであったが————不意に、腹部に鋭い痛みが走った。


 そして、反射的に己の腹部に視線を落とすと、腹から、鋭い刃物が姿を覗かせていた。

 直後、筆舌に尽くし難い痛みが全身を巡り、


「い゛ッ…………!?」


 その痛みから逃れるべく、俺はその場から飛び退いた。

 次いで、俺の視界に映り込む黒の外套に身を包んだ男が、三名。暗殺者を想起させる風貌の者達であった。


「だれ、だ」

「大変申し訳ありませんが、貴方にはここで死んでいただきます」


 およそ感情を感じさせない無機質な声。

 彼らが何者であるかの特定こそ出来なかったが、彼らを差し向けた人間が誰なのか。

 その予想だけはすぐに出来た。


「……ヴェルグ兄上か」


 血が出る事をお構いなしに突き刺さる刃物を引き抜き、手で圧迫する。


 間違いなく彼らの存在は、俺が実家から勘当されたこのタイミングを狙ったものだ。

 だとすれば、差し向けた人間が誰なのか。

 粗方予想はつく。

 特に俺の存在を疎んでいたヴェルグ兄上が絡んでいるのだろう。彼の名前を持ち出しても否定はされなかった。


 しかし、バレても構わないと言わんばかりにこのタイミングを狙ったという事は間違いなく、ここで何がなんでも俺を始末すると決めているからか。


「伝言を預かっております」


 そして、先の俺の言葉を肯定するように、声がやって来る。


「『家の汚点は疾く、消さねばならない』」


 勘当されたとしても、俺がラルフ侯爵家の人間だったという事実には変わりない。

 故に、その言葉なのだろう。

 ……完璧主義のヴェルグ兄上らしいと思った。



 だけど。


「————っっ!!!」


 まだ、死にたくはない。

 家から勘当され、魔法学院アカデミーでは落ちこぼれと呼ばれ、散々で、死にたいとも思った事はある。でも、こんな死に方は御免だ。


 そう思うより早く、俺の足はこの場から逃れるべく駆け出していた。


 刺客を差し向けたのはヴェルグ兄上で間違いない。ならば、落ちこぼれである俺では何があろうと勝てない人選をしている筈だ。


 故に、戦う選択肢は論外。

 逃げる他な————い、と思った瞬間、


「な————」


 ガクン、と足が関節から折れ曲がり、俺は転倒した。


「言い忘れておりましたが、先程の刃物には毒を仕込んでおりまして」

「……なる、程。見た目通り、暗殺者だったわけか」


 背後から、言葉がやって来る。

 つまり、刃物で刺されたあの瞬間に既にチェックメイトであったと。


 そして場に降りる沈黙。

 ややあってから、俺は言葉を紡ぐ。


「……ふざ、けんな。俺が、一体何をしたっていうんだよ」


 相当強力な毒を使われていたのか。

 既に視界歪み始め、意識は朦朧となる。


「簡単な話です。『何も出来なかった。何も成せなかった』。これが罪の名前です」


 ラルフ侯爵家の人間として生まれたにもかかわらず、その責務を成せなかった。

 それこそが罪であるのだと指摘をされ、この状況下にもかかわらず、堪らず痛みにではなく、怒りに表情が醜く歪んだ。


 そんなバカな話があってたまるか……!!


「恨みたいなら、ラルフ侯爵家に生まれた己の運のなさを恨みなさい」


 いつか、見返すと決めていた。

 父を、兄を、俺をバカにしてきた連中を。

 魔法学院アカデミーの奴らを。


 なのに、こんな終わり方をしてたまるか。

 まだ、まだ何も出来てないのに、死んでたまるか。


「ただ、死んだ先でくらい、良い夢を見れると良いですね」


 声に出して否定をしたい。

 怒りたいのに、その声すらももう出てくれなくて。朦朧とする意識の中、鋭い痛みと、暗殺者の男の声だけが無情に俺の頭に去来する。


「それでは。無才の少年、また来世————」


 その言葉を最後に、俺の意識はブラックアウトした。

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