自転車の女

みち道

第1話 突っ伏す人

 リュウジは机に突っ伏していた。

 リュウジは眠っているわけではなく、ただ腕の上に頭部を乗せて、じっとしているだけだった。そうしてるのが楽しいというわけではないが、リュウジはそうしていた。

 左から2列目、前から5番目のリュウジの席の周りでは、人々の話し声や笑い声が騒がしかった。その喧騒の中で、リュウジは突っ伏していた。ヤングメン・アンド・ヤングウイメン。リュウジも15歳の秋を生きるヤングマンであったが、喧騒には加わらず、突っ伏していた。

 チャイムが鳴っている。リュウジはゆっくりと顔を上げる。あーよく寝た。なんて余裕の表情を見せておく。何人かの人が席に戻り始める。しばらくして廊下側の曇りガラスに人の影が映り、残りの多くの人々が席に戻る。教室の右前にある白く塗られた金属製の重い引き戸が開き、先生が入ってきた。

 松木女史はいつも淡々と元気だ。少しだけ行き遅れてることを除けば何の悩みもなさそうに見える。リュウジはこのクラスの担任であり英語の担当である松木倫子が嫌いではない。若干口うるさいけど、先生の小言には少しだけ教え子への愛情が感じられる(ような気がした)。

 松木は黒板に英文を書いている。高校に入ってから、途端に単語が難しくなった。全然頭には入ってないけれど、リュウジはノートだけは取っておく。ノートを取っておいて後で友達に見せてあげると非常に喜ばれるのだ。

 リュウジはノートを取る合間、右横の二つ前の席に座る須藤美沙子の姿を眺めていた。リュウジは斜め後ろから見る美沙子の頬から顎にかけてのラインが好きだった。リュウジは美沙子と言葉を交わしたことは無かった。リュウジは美沙子とどうにかなろうなどとは全く思っていなかった。ただ眺めているだけで、リュウジはほんの少し幸せだった。

 チャイムが鳴っている。松木はまだ黒板に英文を書いている。すごいスピードで書いている。松木は2分ほど余分に黒板に英文を書き連ね、教室を出ていった。生徒たちはこれを書き写すのに、更に2~3分かかってしまうのだ。休み時間が半分になってしまう。と言っても、リュウジの場合は机に突っ伏す時間が半分になるだけなのだが。

 今日は体育がないので、リュウジはうれしかった。美術や音楽もないので、教室の移動がない。リュウジはずっと自分の席に座ったままだ。

 昼休みになった。リュウジは机に突っ伏している。リュウジは高校に入って間もなく、昼メシを食べなくなっていた。自分が物を食べている姿を見られるのがひどく恥ずかしくて、弁当を全然食べられなくなってしまったのだ。リュウジはみんなが弁当を食べてる中で、ひとり机に突っ伏していた。

 午後の授業は長い。リュウジは眠気と戦いながら時間が過ぎるのを待った。うつらうつらしながら、ガクッと頭が落ち、目が覚める。授業中というのはなぜこうも気持ち良く眠りに落ちてしまうんだろう。サインコサインって将来何かの役に立つんだろうか? 漢文なんて百パーセント間違いなく自分の人生に役立つ事はないだろう。リュウジは頬杖をつきながら惚けていた。高校の勉強なんて頭の体操なんだろうね。あるいは受験のランク付けのためだけにあるのか。まあどうでもいいけど別に。リュウジは須藤美沙子の斜め後ろ姿を眺めたり、時々黒板の方に目を向けたりしながら、まあ別にどうでもいいことを考えていた。

 六時間目終了のチャイムが鳴った。リュウジはとっとと帰る準備をし、席を立った。座りすぎてて尻が痛い。リュウジが席を立ったのは7時間ぶりだった。

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