第37話 殺害通告

 強襲揚陸艦ベイアム・格納エリア――

 

 そこは格納庫が格子状に並ぶ、戦闘艦の整備・格納エリアだった。バスケットボール・コートほどの広さから、サッカーグラウンドに至るまで、様々な規模の格納庫があって、それぞれ金属製の分厚い防火隔壁で隔てられていた。仕切りとなる隔壁の上にはデッキがあって、艦内ビークルの通行帯が設けられていたが、そこからの眺めはまさに、体育館の三階席からアリーナを見下ろすようだった。

 ドックと呼べるほどの格納庫のいくつかでは、コルベット艦や飛行舟艇しゅうていの分解整備が行なわれていた。時々火花も見えたが、ほとんど人影を見ることもない、静かな工房の集まりだった。


 だれもいない隔壁上の通行帯を、数人の人影が滑るように移動していた。それが、ひとつの区画の前で停止した。スライディング・プレートの上に椅子を並べただけの、シンプルなビークルに乗っていたのは、1分隊・6体のソルジャーたちだった。

 船団の軍事組織の中で、陸軍(海兵隊)に当たる戦闘部隊(陸戦隊・強襲隊)では、ソルジャー6体編成の「分隊」が、部隊の最小単位となっていた(偵察など3体による「チーム」を組むこともある)。その二倍までが「小隊」であり、さらに二倍では「中隊」となり、24体までによる編成となる。その倍の48体編成が「大隊」であり、96体編成が「連隊」である。一見小規模な編成にも見えるが、相対そうたい戦力評価で見た場合の一体の破壊力が、ヒト兵士に比べて桁違いであるが故、このようになる。


 これらを基本構成として、部隊の規模が大きくなるにつれ、軽機動アーマロイドやドローンなど多様な攻撃兵器、バトルスーツを装着したヒト歩兵や装甲機材など、その構成も複雑化するという。しかし通常、部隊の規模自体は、ソルジャーの編成を基本に表される。ちなみに、強襲揚陸艦ベイアムには、ソルジャー1連隊96体が配備されていた。ソルジャーだけで、16の分隊が配備されていたわけである。格納庫を訪れたのは、そんな中でも名誉ある第一分隊、通称〈ベイアム・アサシン分隊〉だった。


 六体の中に、肩の部分を赤く塗装したソルジャーがいた。りょうもうブルワリー破壊作戦に従軍したソルジャーたちのリーダーである。作戦中に着用していた袖なしの外套は今はなく、くすんだスカイグレーの体躯の中で、首のカラーマークと肩の装甲を彩る塗装の赤が、ひときわ目立っていた。そんな彼〈アサシン01(ソルジャーレッド)〉は、おもむろに立ち上がると、ビークルを降りて通路に立った。他のソルジャーたちも、促されたようにビークルから降りた。そして、6体が皆、ひとつの区画を見下ろした。彼らの視線の先にあったものは、焦げ茶色にうすよごれた、この格納庫にふさわしからざる塊だった。


 …… ……

「撃ってくる?……」 ジョンがつぶやいた。

「蒸し焼きは困ります……」と、ジャックが言った。

「どうすりゃいいんだ……」と、純一。

「どうしようも、ありません……」 ブーモは言葉を失った。

 純一が、つぶやいた。

「オレたち、死ぬのか?」

 ディスプレイの中で、巡視艦の主砲を虹色の光が取り巻いた。まるで、地獄への送り火のゆらめきのように――

「残念です」と、ブーモの声がした。

 次の瞬間、船内がまっ赤に染まった。腕が焼けるほど熱い。純一は目を見開いた。長袖のシャツが一瞬にして燃え上がり、皮膚も筋肉も蒸発するように消えた。そこに残ったものは、河原に折り重なる流木のような白い骨だった。


「ああっ!」 バネが弾けたように純一は飛び起きた。「ゴン!」と、いきなり何かがぶつかった。そのまま彼は、頭を抱えて床で丸くなった。

「いた~~~~……」と、ジョンの声がした。「なに寝ぼけてるんですか~~。起きる時は、ちゃんと目を開けて、周囲の安全を確認してからにしてください」

「いてぇな……。そんなこと、いちいち考えながら寝てないよ」と、純一。薄目を開けて見上げると、薄汚れた壁と、顔をしかめて見下ろすジョンが目に入った。

「寝てる場合じゃないでしょう? 怠けてちゃダメですよ」と、文句タラタラのジョン。

「うう~~。怠けてないよ。ひと休みしてただけ……」

 純一は顔を上げると、腹筋運動のように体を起こした。今見ていたそれは、悪い夢だった。


 ストラップを付けた再起動銃を、彼は抱きかかえるように身につけていた。砲撃の恐怖以来、彼はこの不格好な銃を手放すことはなかった。

「ハァ、さて……」

 M4A1型を模した銃を杖のようにして、彼は立ち上がった。ストラップを肩に、袈裟懸けにかけて銃を背負うと、焼き物のような薄片状のゴミが散らばった床から、柄の長いハンマーを拾い上げた。それをハンマー投げのようにいきなり振り上げ、庇のようにせり出した壁に力一杯打ち付けた。カーンという乾いた音とともに、フジツボの混じった薄片が、ぱらぱらと崩れ落ちた。それは、スターシード号の船体だった。


「こんなことやってもさ、いつまでたっても終わらないと思うよ」と、彼は諦めを口にした。

「ですから、全部落とす必要はないんです。満遍なくヒビがはいるくらいに……」と、ジョン。

「満遍なく?」

「そうです。仕上げはブーモがやりますから」

「OK」と、純一。「それにしても驚いたな。スターシード号って、こんな構造になってたんだね」

 未来技術の集大成だったはずの船体を、彼はあきれ顔で見上げた。泥饅頭まんじゅうのようにこびり付いた汚れは、装甲と船体のすき間に海水が侵入したことで付着したものだった。海の中に三年もいるうちに、藻やフジツボ、プランクトンなどといった海棲動植物を、呼び寄せてしまったらしい。船の外殻シェルに厚く積み重なったその残骸が、大気圏往還の際の空力加熱によって、乾燥して固着したというわけである。その色合いもあって、遠くから見ると、船の姿はよくよく煮染にしめたハマグリの佃煮つくだにのようだった。つまり、実はそれが船の本体であって、亀の甲羅こうらのように見えていたのは、なんと揚力エンジンを備えた着脱式の装甲(シールドユニット)だったのである。


過酷かこく環境探査用の惑星調査船にとって、装甲は消耗品ですからね」と、ジョンは知ったかぶりで答えた。りょうもうブルワリーの上空で、大勢のサポートロイドを一斉放出したときのこと、スターシード号はその強固な外套を、二枚貝のように大きく開いていた。にもかかわらず、この船の外装甲が、甲冑のような着脱式になっていたことを、彼もつい今し方まで知らなかったのである。

「それにしても」と、格納庫を見回して純一。「このふねに助けてもらって、本当に運がよかった」と、しみじみ言った。

「新鋭艦のステルス技術って、本当にすごいですね。ブーモも気づかなかったわけですし」

「艦長とブーモはお友達なんだろ?」

「ブーモはバレル准将の恩人みたいですね。ここだけの話、軍法会議もののドジをリカバリしてもらったみたいですよ」


 と、その時だった。ガンガンガンガンと、金属同士のぶつかる音がした。純一もジョンも、驚いて振り向いた。次の瞬間、彼らの目の前に一体の影が舞い降りた。その姿に、純一は腰を抜かした。

「な…… なんてこった……」

 ソルジャーだった。肩のアーマーを赤で塗装した、ソルジャーレッドである。

「やべえ……」 尻餅をついたまま、純一は後ずさりしようとした。しかし、足が滑って少しもその場から動けない。辺りを見回したが、ジョンの姿はどこにもなかった。


 ソルジャーは、じっと純一を見つめた。そしておもむろに、一歩二歩と近づいた。余りに突然のことで、純一は硬直。目の前のロボットを見つめるだけで精一杯だった。再起動銃のことも、すっかり忘れていた。

「オマエのせいだ」と、純一を指さしてソルジャーは言った。そして、床に落ちていたハンマーを拾った。「オマエのせいで、我らは要整備の予備役よびえきに回された。しかも、任務未達の無能者扱いだ……」

「す、すみません。そんなつもりはなかったんです……」

 なぜか純一は謝っていた。何を謝っているのかも意味不明だった。しかし、根に持って怒っている客の怒りをしずめるには、とにもかくにも謝罪から――。それが彼なりの処世術しょせいじゅつだった。


「全てはオマエのせいだ」と言って、ソルジャーはハンマーを軽々と振り上げた。純一は、思わず頭を抱えた。

 カーン…… と、よく響く音がした。フジツボのかけらが飛び散った。そのとたん、辺りからガンガンと船体を叩く音が鳴りはじめた。恐る恐る目を開けて、純一は周囲を見回した。ソルジャーレッドをはじめとする6体のロボットが、スターシード号の船体に石化せきかしてこびりついた汚れを叩いている。よく見ると、彼らの手にするハンマーのようなものは、頭の部分がシリンダーになっていて、その中をハンマーヘッドがスライドするようにできていた。あれなら釘を打ちたいとき(釘などという古風なものを、宇宙人が使うかどうかはわからないが)、釘の頭に置くだけで、振り下ろさなくても簡単に打てるに違いない。

 一方の純一は、ニルソンの物置から持ち出した地球のハンマーを凝視した。いつ自分に振り下ろされてもおかしくない状況だったからだが、ソルジャーのリーダーは、なぜか原始的なこちらのハンマーを使って、純一の恐れとは別の任務を遂行していた。


 しばらくして、スターシード号が突然起動。ブーンという音とともに船体を振るわせ、数メートルの高さまで浮上した。固形化した汚れは、バラバラと床に落ちてホコリを巻き上げた。舞い立つホコリのその向こうに現れたのは、白っぽい金属面の、それなりに宇宙船っぽい船体だった。

 突然天井から、大量の水が、スコールのように降ってきた。スターシード号が、まるでツイストを踊るように、グワングワンと船体を傾ける。すると、上部甲板に残っていた汚れの薄片が、滝のような水流に押されて、土砂崩れように流れ落ちた。そんな豪雨も、しばらくすると、ピタリと止んだ。見ると、雨後の床の上では、カブトムシのようなロボットが、ゴミや薄片をブルドーザーのように掻き集めて、床に開いた穴の中へ捨て落としていた。一方ソルジャーたちは、どこから持ち出してきたものか高圧放水銃を使って、船体や床に残った汚れを器用に洗い流していた。戦闘用ロボットのはずが、こんなことまでやるのか――。超巨大洗濯槽と化した格納庫の中で、ずぶ濡れになりながら、ボンヤリ見つめる純一だった。


 床がきれいに洗い清められると、スターシード号は再び、ゆっくりと着床した。純一は思わず、ソルジャーたちの所に駆けていった。

「あ、ありがとう。手伝ってくれて……」

 厳しい敵だとばかり思っていたソルジャーの働く姿を見て、彼はそこはかとない親近感を抱いていた。しかしそれは、淡い幻想だった。睨むように前のめりになって、ソルジャーレッドは言った。

「このふねの中にいる間はいい。だが、ふねの外で発見したその時は、オマエを殺す」

「え?……」

「繰り返す。まだ終わってはいない。作戦は再開される。オマエを殺すことで、この作戦は終局となる。覚えておけ」


「ジュンイチさん、何してるんですか!」 遠くからジョンの呼ぶ声がした。

「いや、何って、これ……」

 純一が次の言葉を探すのも待たずに、ソルジャーたちは引き上げていった。猛スピードで飛んで来たジョンは、彼の襟をつかむと、グイグイ引っ張りながら言った。

「ブーモが樽のビールを一本提供して欲しいって…… ちょっと、ずぶ濡れじゃないですか。彼らと何かトラブルでも?」

「あの……、ふねの外で見かけたら、オレを殺すって……」

 眉をひそめて、ジョンは言った。

「彼らのAIですけれど、元軍人だった賢者の記憶を機械学習させてるんです。だから名誉を重んじるし、AIのくせにホントはメンドクサイんです。近づいたらダメですよ」

 力なく笑って、純一はつぶやいた。

「もう遅いって……」

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