7:おとなになった瀬名アラタとおとなの関さん
「たぶんそれ、僕だよ。きみの母親とボイチャしてたひと」
「は?」
「ボイスチェンジャーごしだったからわからなかっただろうけど。僕ときみのお母さんは、あのネトゲでフレンドだったんだよね」
「嘘……じゃないですね」
関さんの、僕を見る目が変化していた。懐かしいものをみるまなざしだ。そうか、僕はあの時にもう、このひとを好きになっていたんだ。何しろ危地を救ってもらったんだ。母親と僕、ふたりだけしかいない世界で、怪我をした僕にさしのべられた手。
「そっか、あのときの女の人、関さんだったんだ」
どこか腑に落ちた。冷静に対応してくれた。子供の僕が泣いている間、とつとつと話し続けてくれた。痛みを実感しないように「アラタくんはいいこだよ、ちゃんと住所も名前も言えたんだから、かしこいよ」と褒め続けてくれた。
──てっきり、女の人だと思っていたけど。
「救急車がきたとき、うちの母親はドアを開けようとしなかったんですよ。父親や、祖父母にばれたら、叱られるから」
つい、口を滑らせた。子供だった頃の僕を憐れんでほしい訳じゃない。でも、誰かに聞いてほしかった。言えなくて、言えなくて、誰にも教えられない記憶だ。だって母親がそんな人間だったなんて、身内以外には知られたくない。だけど関さんは知っているんだ。あの、僕の母親を。ネトゲの人間関係に、ネトゲに溺れてぐずぐずになっていた『メイちゃん』を。
「僕は『助けて』って泣き叫んだ。母親が終わっちゃうってわかってて、そのうえで外部に助けを求めたんだからひどい子供ですよね」
自嘲を込めまくってしまった。ああ、嫌われちゃうなぁと僕は思い、コーヒーに口をつけて間をつないだ。
「それは正しいよ。メイちゃんは明らかに常軌を逸していたし、君は怪我をしていたでしょう」
関さんが静かな口調で言う。僕はしばらく、思考が止まってしまった。そして、突然、濁流のように当時の記憶が脳内に蘇る。
泣きわめく母親。真っ白な病院。消毒薬の匂い。麻酔の痛み。口腔内の激痛。お医者さんの声。看護士さんのやさしい手。祖父母たちが母親を叱責する声。父親が、母親を詰問する声。児童相談所の職員たちが僕に質問する。
──何もこわがらなくていいんですよ。
僕の上口蓋はスプーンによって断裂してしまい、けっこうな大怪我になってしまった。縫合し、ガーゼをあてられて過ごした一週間、僕は祖父母のもとで過ごした。父も祖父母の家から出勤した。
母はひとり、自宅に残ったままだった。
何をしていたかと言えば、ゲームだったという。
「あのひとにとってゲームってなんだったんだろうって思うんですけど、こうやってゲームを作る側に回ってる俺もたいがいですよね」
僕がつねづね感じている運命について言及すると、尊敬するシナリオライターはうすく笑った。
「人生はゲームみたいなものだから、いいんじゃないかな」
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