彼の身体
バブみ道日丿宮組
お題:冷たいぬくもり 制限時間:15分
彼の身体
私が彼の元へとたどり着いた時、既にこの世界に彼はいなかった。
「……どうしてですか」
こうなった原因である人物を睨みつける。
「これも愛ですわ」
真っ赤な包丁を片手に私を見つめる彼女にはこれっぽっちも罪悪感というものがない。当然の結果という事実だけを突きつけてくる。服は返り血で真っ赤。
「……こんなことしなくても愛は確かめられたはずです」
たくさん切りつけられた彼の身体は裂傷が激しい。もはやどれが致命傷になったのかわからない。いや……もしかしたら切る前にもう死んでたのかもしれない。
私が知ることはおそらくないだろう。考えなきゃいけないのはこれからどうするか。どうしてあげるべきかを考えることだろう。
「……あなたはこれからどうするんですか」
「浮気相手のあなたも殺したい。でも……そうねぇ。つまらないから逃してあげる」
「それは寛大ですねと言った方がいいでしょうか」
逃げる私を地の底であろうとも追ってくることに上も下もないはずだ。そうであるならば、ここで殺しても何も変わらない。
「逃げないの?」
ぽたりと、包丁から血が垂れる。
「彼は私に浮気したわけではありません。あなたがただつきまとってただけです」
薬指にはめた指輪の圧を感じながら私は立ち上がる。
「もしかして殺されたいの?」
「いいえ、死にたくはないです。でも、勘違いされたまま死ぬのはごめんです」
せめて彼が生きてたという証ぐらいは持ち帰られるだろうか。
死ぬのは嫌だ。ストーカーに殺されるのはもっと嫌だ。
彼は……怖くはなかったのだろうか。彼は……どうして言ってくれなかったのだろうか。彼は……なぜ1人できてしまったのか。
きっと私が弱かったから。そう、受け入れるだけの私であったから。
「逃してくれるんですよね?」
「どうかしらここで殺してもいいような気分になってきた」
ぺろりと包丁を舐め、血を堪能してる彼女の表情は狂気的だ。気に触れることをすればすぐにでも襲ってきそう。わかってる。そんな場所に私は彼を求めてやってきた。
引きこもりがちな私がようやく自分で動けたと思ったらこれだ。ほんと世界は残酷でしかない。
「じゃぁ逃げますので地獄の底に付き合ってください」
私は彼を置いてその場を立ち去った。武器を持たぬ私にできることはなにもない。しいてあげるとすれば、警察を呼ぶことだ。
しばらくして、彼女は殺人犯として警察に捕まった。
私が死ぬことはおそらくなくなったのだろうと思って、数年後私は死んでいた。
彼の身体 バブみ道日丿宮組 @hinomiyariri
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