不良に秘密はありがちかもしれない

くるみ

姉ゆえの不良

先生の手伝いをしたおかげで、俺は学校の屋上を貸し切っている。

 本来ならば立ち入り禁止エリアである。鍵はないため誰でも入れるが、生徒の中に無断で立ち入る生徒はいない。優等生過ぎて笑ってしまう。──ただ一人を除いて。

 屋上の出入り口の上にある踊り場で水色の空を見上げていると、ドアが開く音が鳴った。

 姿を現したのは、茶髪ロングの女性生徒。


「戸塚〜、いるんでしょ〜」


「一応ここ立ち入り禁止だぞ」


 顔を出して覗いた先に、こちらを睨み付ける彼女がいた。


「あんたはいちいち細かいのよ」


 特に何もしてないはずなのにそんな形相をぶつけて来る彼女の名前は、棘崎凛子。

 周囲の印象を一言で言うならば、不良女子である。

 強面の外見や刺々しい性格がまさにその通り。ネクタイは付けているものの、第一ボタンを堂々と開けている。ジャケットのボタンも一つを付けておらず、いかにもって感じだ。


「で、何の用だ?」


「別に何もないわよ。あんたと同じように一人になる時間が欲しかっただけ」


「ふ〜ん」


 その時、冷たい北風が俺たちを襲った。短い黒髪と長い茶髪を空中で撒き散らす。そして棘崎のスカートまでをも風に揺られて舞った。


「黒パン。……やっぱりそうだったのか」


 白く輝く太ももに隣接する黒い生地。黒パンツ。

 想像はしていた。彼女がどんなパンツを履いているのだろうかと。ピンク、黄色、水色、それとも純粋無垢な白。まぁ行き着いたのは結局黒なのだが……。変態と思ってくれて構わない。想像するだけなら犯罪ではないのだから。

 しかし分かってしまうと面白味も何もなかった。

 恋愛は付き合うまでが面白い。それと同じだ。


「ちょっとここまで降りてきなさい。あんたのその両目潰してあげるわ」


 棘崎は手をゴキゴキ鳴らしながら殺意の眼差しを向けてきた。


「……ごめんなさい。何も見てないです」


 流石に両目は命に関わるということで、タイキックで彼女の怒りを収めた。


 ***


「戸塚くん、またお願いしてもいいかしら?」


 ホールムールが終わり、荷物の整理をしていると、担任の女性が話しかけてきた。


「また俺ですか?」


「だって他に棘崎さんとよく話す生徒いないじゃない?」


「まぁ、確かにそうですね」


 毎週金曜日、棘崎は午後になると必ず早退する。五、六時間目は総合のため成績に関係する授業ではないが、それでも毎週となると話は変わってくる。なので彼女とそれなりの交友関係を築いている俺は、三週間前からその理由を調べて欲しいと先生から依頼されているのだ。


「はいこれ。今日の分」


 先生は総合の授業で配布したプリントと連絡事項や雑談をメモした紙切れをファイルに入れて渡してきた。棘崎に会いにいく理由付けのためなのだろう。いかんせんただの雑用にしか見えないのは深く考えないでおこう。


「先生、もし早退する理由が他人に知られたくないことだったらどうしますか?」


「んー、そうだとしても私には相談してほしいかな。これでも先生だからさ。生徒の力にはなるべくなってあげたいの」


「先生らしいですね」


「当然のことよ」


 けどすいません。先生は分かってないですよ。

 根が優しい人間ほど、悩みを抱えるほど、誰かに頼れない。自分だけでどうにか解決しようとしてしまう。自己犠牲と言ったらいいのだろうか。他人にはなるべく関わろうとせず、自分で自分の首を絞める。


「とりあえず何か進展あったら報告しますね」


「えぇ、よろしく頼むわ。あと毎度言ってるけど、ついでに棘崎さんが大学に受験しない理由も突き止めてちょうだい」


 そして棘崎はそういう人間なのだ。


 ***


 放課後、俺は市内にある病院の個室部屋を開けた。

「あ、お兄ちゃん!」


 開けるとすぐにベットの上で起き上がる少女の笑顔が目に映る。

 栗色ロブと幼い顔付きは可愛げ満載。柔らかく笑った時に上がる頬は見るからしてもっちりとしている。幼い年齢でしか表現出来ない美徳がそこにあった。


「あんた今日も来たの」


 さらに辛辣な眼を向けてくる棘崎の姿があった。


「先生から頼まれてんだから仕方ないだろ。……ほら、今日の分」


 事前に鞄から取り出していたファイルを棘崎に手渡す。


「久しぶりだな葵ちゃん。元気か?」


「うん元気!」


 ベット脇の子椅子に腰を下ろしながら可愛らしい少女に話しかけると、一層少女の笑みが膨れ上がる。ただ会いにきただけなのにこんな風に喜んでくれるその仕草。無垢で純粋な反応に思わず目を細めてしまう。


「そうか〜。それならお兄ちゃんは嬉しいよ〜」


 そう言って俺は幼女の両頬を軽く摘み、突き立ての餅のような柔らかい肌を引っ張る。そして戻し、今度は捻った。白く輝く肌の道が安らぎと祝福を与えてくれる。


「前々から思ってたんだけど、あんたってロリコンなの?」


「バカを言うな。俺は至って健全で常識的な男子高校生だぞ? 胸が大きい美人が好みだし、甘えさせてくれるお姉さん系女子をこよなく愛している。小学生の頃先生に恋してたくらいだ」


「……だったらその手離しなさいよ」


 タイプの女性を語りつつ未だ幼女の頬を触り続ける俺に、棘崎はマゾを目撃したかのようにドン引きした。

 なんだその目は。まぁ確かに、幼女を好きか嫌いかであれば好きと答えるかもしれない。けど今言った内容は周知の事実なのだからそんな蔑む目を向けなくてもいいんじゃないか?

 ちなみにこの幼女は、棘崎の妹さんだ。

 生まれつきの難病を患っている。入院しては退院し、入院しては退院し、という流れを何度も繰り返しているらしい。それは両手で数えられないほどに。そのため、ろくに学校に通えていないとこの前棘崎に教えてもらった。


「とりあえず落ち着け。俺はまだ触り足りないんだ」


 やばい。本当のロリコンかもしれない。

 そんなことを自覚した次の瞬間、左側から棘崎の右ストレートが襲い掛かった。すぐさま両手で拳を食い止めるものの、その勢いは止まることを知らない。


「おい。危ないじゃないか」


「私の妹に何いかがわしいことしてんのよ。ぶち殺すわよ」


「いやいや! もうすでに殴ってる! 今にも顔面直撃しそうなんですけど!」


 本当に女子なのかと思ってしまうほど彼女の力は化け物だった。単に俺が非力なだけなのかもしれないが、両手だぞ? なんで片手で押されてんだよ……。

 しばらく彼女との命の駆け引きを行う最中、幼女がクスリと小さな笑い声を漏らした。


「葵?」


「ううん。やっぱりお姉ちゃん、お兄ちゃんがいるとなんか楽しそうだね」


「何を言って……」


「そうなのか?」


「うん! だって少し前まで学校の出来事を話してくれなかったのに、最近はお兄ちゃんの話ばっかなんだよ?」


「ふ〜ん」


 チラッと困惑した棘崎に視線を送ると、突かれていた彼女の拳が脳天を襲撃する。たんこぶが出来るんじゃないかレベルで普通に痛かった。


「調子乗んな」


「なんも言ってねぇーだろ」


 すぐ手を出すってほんとこいつ古典的な不良だな。言葉で伝えられないのだろうか。


「だからね私も最近すごい楽しいんだ! ありがとうお兄ちゃん!」


「そっか。ならよかったよ」


 再び可愛らしいニッコリマークを向けてくれる幼女。俺はそのお返し宛ら言葉を掛けながら幼女の頭を撫でた。すると幼女は飼い主をこよなく愛する犬のように自分から頭を手に近づける。さらさらの茶髪がボサボサになっても構わないようだ。

 その後ろで棘崎が呆れた色を含んだ溜息を漏らす。


「葵、あんまその男に懐かない方がいいわよ」


「おいおい嫉妬か? お前らしくもない」



「は⁉︎ そんなわけねぇーだろ!」


 そう言って先日に引き続き、彼女の豪脚な右足が俺の尻を蹴り叩き、病室に痛みの雄叫びが響くのだった。


***

 

 日が暮れる前に病院を後にし、俺と棘崎は並んで最寄り駅まで歩いていた。


「あんたが来るたび、葵がどんどん変わっていく気がするわ」


「子供は知らないところで成長するもんだ。当たり前なんじゃないか?」


「悪い方向に変わってるのが問題なのよ」


「あー……すまん。なんとも言えん」


 太陽が地平線に沈む寸前ゆえに、辺りは焦茶色の光に照らされている。趣深い雰囲気に包まれるのはこの時間帯だけの特権だろう。また、空中を飛ぶカラスの鳴き声が耳に入ると、一層そんな情景に心が動かされてしまう。


「そういえば一応伝えておくけど、葵の手術の日程決まったわ。来週の水曜日」


「ついにか。しかも来週の水曜日ってすぐじゃないか」


 当日は学校休んで応援しにいくか。どうせこいつも行くだろうから。


「あとこれは看護師から聞いたんだけど、あの子、ここんところあんまり元気がないって話よ。子供とはいえ、手術に失敗があることは当然知ってるから少しだけ不安みたい」


「本当か? 全然そんな感じはしなかったが……」


「私も同感。……だからせめて私やあんたの前だけは頑張って笑ってるのかも」


 明らかに声のトーンを下げて棘崎は不安な表情を顔に写した。

 きっと俺には到底共有し合えない胸騒ぎが彼女にはあるのだ。個人的な意見としては姉思いの妹ではないかと良い話に聞こえるが、その姉視点的にはそういうわけにもいかないのだろう。姉ゆえの、妹ゆえの、幼い頃から面倒を見ているゆえの思い。言葉では表現出来ないところが特徴だ。


「あんまり一人で抱え込まない方がいいぞ」


「あんたには関係ない」


「ここに来て言うか。それに先生だって心配してたぞ。……お前、受験しないんだって?」

 ピクリと彼女は何かを察したように反応した。

「あぁ、そういうこと。……そうよ。私は受験しない。卒業したら働く」


「それってもしかして葵ちゃんのためか?」

「だったら何?」


「だとしたら葵ちゃんは喜ばないぞ」


 突然、棘崎に胸ぐらを力強く掴まれる。


「戸塚に何が分かるのよ。独身の母親が毎日葵の医療代を稼いでる。それでも一人じゃ限界があるのは目に見えてる。……私はね、家族が幸せになればそれでいいの」


下から抉り込む鋭い瞳が強烈に送られるものの、その勢いに押されず、睨み返した。


「お前はそれで幸せなのか?」


「そ、それは……」


「きっと葵ちゃんはこう言うぜ。姉ちゃんも家族ってな」


 けれど棘崎がその事を分かっていないはずがないのだ。

 なんせ葵ちゃんの姉なのだから。

 すると睨む先に構える棘崎が次第に活力を失っていく。他人に言われて初めて自覚したのかもしれない。

 これが彼女の皮が破ける瞬間だった。

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