第33話 花火大会イベントライブ① 

 午後七時といえども、まだ盆も開けていない八月の夏の七時はまだ太陽が沈みきってしまうのは早い。


 密かに沈みかけようとしている夕日に照らされながら。毎年恒例の花火大会の余興でもある浜辺のライブフェスタが開始されることとなった。


 そのステージにあがるもののほとんどが九州で活躍するアマチュアバンドでプロとして出演するのが九州北部を拠点として活躍しているアイドルグループsoftheartedぐらいなものだ。


 けれど、それはあくまでローカルユニット。みんなが知っているようなグループではない。ただ何となくローカル番組なんかでみたことのある程度の存在である。


 特に芸能界にまったく興味のない朝矢からしてみたら、そのグループ名すらはじめて聞くほどのレベルである。去れど、その動きと歌声は素人ながらもそれなりにレッスンを受けたプロであることはわかる。

 

「あれ? 道宮セイラのおらんねえ」


 歌手になる夢をもつ愛美は、ステージの袖に集まっていた出演者のなかにいたsoftheartedをみながら呟いた。


「どがんかしたか?」


 朝矢はギターの音を確かめながら愛美に尋ねる。


「道宮セイラがおらんとよ」


「だれだ?」

 

 愛美がsoftheartedのほうを指差す。


「確かに一人たりんねえ」


 朝矢の代わりに伊恩がいった。


 たしかに一人かけている。


 そのせいか、彼女たちはどこか落ち着きなくソワソワしており、困惑の色を浮かべているではないか。


 そのここにいない一人が道宮セイラという少女で、それがリハーサルのときに愛美に毒をはいた人物であることはすぐにピンときた。


「そやつなら、縁日に来ていたぞ」


 足元にいた山男がそうつげた。


それにたいして朝矢は返事することもなく、ただ静かに視線のみを一度山男にむけただけだった。


 山男は人の言葉を発してはいるが、人ではない。


 金色の毛をもつ獣である。


 元々はただの狼だったらしいのだが、死んだのちに神獣と呼ばれる存在へと生まれ変わったのでる。そののちはどういったいきさつなのかわからないが、ある祠の守り神として石となりまつられていたのだが、あるきっかけで石から神獣へとしてよみがえったのである。


 そのとき、目の前にいたのがいま山男のすぐとなりにたたずんでいる長身の男・有川朝矢だった。その出会いから、朝矢は「祓い屋」としての宿命を背負うことになるのだが、それはいずれ語ることとしよう。


 それゆえに普通の人間には見えない存在であり、いまこの場にいる面子で見えているのは、朝矢を含めて四人だけということになる。


 ついでに伊恩や龍仁は感じることすらできない。


 ここで山男に話しかけたならば、伊恩から「どうしたとやああ。あーくーん。おかしくなったおおお」とかいってからかわれるのが目に見えている。


 それはただの不審者だ。


 いろんな詮索もされたくもなかったために、山男には視線だけでちゃんと聞いているのだと示した。


「縁日でそれらしき人みたばい」


 そのかわりに桜花が口を開いた。彼女のすぐそばには白銀の獣、野風の姿がある。

 

 どうやら、野風が道宮セイラの姿をみたことを桜花につげたらしい。


「なんか、女の子と一緒のおったごたっよ」


 そう付け加えた。


「それ、本当ですか?」


 それが聞こえたらしく、softheartedのメンバーがこちらのほうへと近づいてきた。



「はい。たしかにいましたよ。なんか、女の子と一緒に縁日にきてました」


「女の子?」


 桜花の言葉にsoftheartedのメンバーたちがお互いに顔を見合わせながら首をかしげている。


「どうかしましたか?」


 桜花が尋ねた。


「いや、地元の友達でしょうね。セイラは唐津出身ですから」


 リーダーらしき女性がそういった。


「久しぶりにあったからって、時間におくれるとはいかんことと思うばい」


 他の少女が不機嫌にいう。


「しかたなか。本当に久しぶりやったやろうからさ。とにかくもう一度かけてみようか」


 リーダーらしき少女が携帯をポケットから出すとどこかへとかけ始めた。


 おそらくセイラの携帯だろう。

 

 「あんた、なにしよるとよ。早くきなさいよ」


  どうやら、すぐに電話をとったらしい。


 リーダーの少女が携帯にむかって声を荒くする。


「うるさいわねえ。ちゃんときているわよ」


 携帯ではなく別の方向から声がした。


 振り向くとそこにはセイラの姿がある。


 セイラは不機嫌そうにリーダーのほうを睨み付けていた。


「どこをさるきよったとよ。もう時間がなかばい」


 リーダーはあきれたようにため息を漏らしながら、携帯を切る。


「どこでもいいじゃないのよ。私たちの出番はもう少しあとでしょ? まだイベント始まってもいないわ」



たしかにそれは正論だ。


 彼女たちの出番は三番目。


 朝矢たちのグループの次になっている。


「朝矢。妙だな」


 それをみていた山男が口を開いた。


「ああ。妙だ」


 朝矢は山男にだけ聞こえるように小声で相討ちをうったのちに、桜花のほう振り替える。


 すると、先程からかけていた眼鏡をはずして、彼女たちの様子を真剣な眼差しでみているではないか。


「セイラという娘になにかついたようだ」


 桜花のそばにいた野風が朝矢のほうへと近づきながら、そう告げた。

 

 すると、その声を聴いた成都や愛美も野風のほうへと視線を向ける。


 それとは逆に伊恩と龍仁はただsoftheartedのやり取りをみていた。


「気配的に心配いらんやろうけど、一応あのバカに知らせておけ」


「御意」


 朝矢の一言で野風の姿がこつぜんと消えた。


 

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