第20話 夏フェスの予行練習③

「なんだよ。あいつ」


朝矢は苛立たしげにステージのほうへ上がってリハーサルをはじめたセイラというアイドルを眺めた。


「ともや~」


 愛美が再び朝矢の腕にだきつく。


「いい加減に離せ」


 朝矢は強引に彼女の手を振りほどくとそのまま奥へと歩き出す。


「なに大声だしよるとや~」


 するといつも通り、おどけたような口調で伊恩が言った。


「うるさか」


 それだけいってムッとする。


「けど、もう少し落ち着かんといけんばい。あーくんはすぐきれるけん」


 そういいながらポンと肩に手を載せる。


「おれは短気じゃねえ」


 朝矢はその腕を売り払うと奥へとスタスタと歩いていく。


「そういうを短気というとばってんねえ。みっちー」


 伊恩は龍仁のほうを振り返る。すると龍仁は顎に手をそえながらなにやら考え込んでいる様子だった。


「どがんかしたと? みつちー」


「うーん」



 竜仁はステージのほうを見ている。


「どっかでみたことあるなあって思ってさ」


「ん? だれが?」


「さっき、朝矢にぶつかった子」


 そういいながらステージのほうを指さす。


 ステージの袖口にには先ほどまで朝矢にいちゃついていた愛美の後姿があった。愛美は先ほどのテンションとは打って変わって微動だにせずにすステージのほうをみているようだが、背中しかみえないためらどんな顔をしているのかはわからない。


 伊恩はステージのほうへと歩み寄る。


 その後ろに竜仁はついていった。


 その様子を控えの奥にある椅子に腰かけた朝矢は足を組んでみている。


 その隣に座る桜花は楽譜を眺めていたのだが、不意に朝矢を一瞥するとステージを見つめる愛美のほうを見た。


「うーん。なんか意識しているわね」


「ん?」


 桜花の言葉に朝矢が振り向く。


「だって微動だにしないもの。あの子って意識しちゃうと動きとめちゃうとろこがあるからね。特になぜ意識しているのか明白じゃないとき」


「はっ? なんだよ。それ?」


 朝矢には桜花の言っていることがわからずに片眉をゆがめた。


「そういうことよ。あんたへの態度が元々そうだったじゃないの」


 桜花にそう言われて小学生時代のことを思いだした。


 桜花や愛美とは小学校時代からの同級生だ。


 桜花とは何の腐れ縁なのかはわからないが六年間同じクラスで、愛美とは五年生のときに初めて同じクラスになった。


 それと同時に父親が武家屋敷のような家を購入したせいで、桜花と愛美の暮らす地区に引っ越したことで子供クラブでも一緒だったために顔をあわせることも多かった。そのころの愛美はなぜか顔を合わせるたびに桜花の後ろに隠れて様子を伺っていることが多かった。


 その度になぜそんなに警戒されているのかわからずに怒鳴りつけることも多かった。そのたびに怯えるか。微動だにせずにじっとその場に佇んでいる愛美の姿が思い浮かぶ。いまでは考えられないことだ。


いまでは、自分を見るたびに飛びついてくるし、やたらとテンションが高くなるのだ。


 いったい、彼女の中でなにが変わったのか、朝矢にはいまだにわからない。


「かわるものなのよ。女の子ってのはね」


 頬杖を突きながら桜花がいう。


「てめえはあんまりかわっとらんけどな」


「あんたにいわれたくなかよ。あんたは小学生のまんまじゃなかか」


「なんやとぉおお」


「そういうところたい。もう少し大人にならんね」


 その言葉に朝矢は言葉を失いそっぽを向く。


(一応自覚しとるとね)


心の中では思ったが、それ以上はなにも言わなかった。


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