第110話 星田健誠編「封じられた記憶」

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「遅かったね、星田健誠くん」


 奴はフィールドの真ん中から、客席にいる俺に向かって話しかけてきた。タイムリミットまであと2分といったところか、ギリギリセーフ、間に合った。亡の妨害さえなければ、もっと早く着いたのにな……それも奴の企みか。


 俺はショウと共に客席の階段を降りて、フィールドへ向かう。周囲を警戒しながら進むも、特に異常は見られない。既に国立競技場周辺はJDPA_Dによって監視されている。だから、ここから抜け出すのは難しいぞ。わざわざ事前に場所を公開したということは、それすらも計画の一部なのかもな。


「亡は死んだか、まぁいい。君も仲間を失っただろう。鎌切……良い人だったよ」


 そう言われた瞬間、奴の顔面を殴りたくなったが必死にこらえた。奴らとの距離は50m、まだまだ射程圏内だ。しかし、その鎌切さんのために、ここでは我慢する。


「さて、どうして君たちを呼んだか。君なら分かるだろう」


 真偽は不明だが、亡は「今日から世界滅亡のカウントダウンが始まる」みたいなことを言っていた。そして力を見せつけるために五島列島を滅ぼした、そこでわざわざ何で俺たちを呼んだか……確かに、勝手に滅ぼせばいいのに。または亡みたいに、俺と戦いたかったか?


「返事してくれないと分からないなぁ。今がいないから心も読めないし。とりあえず、五島列島の爆発事件については謝罪しておくよ。あれは、僕らの仕業ではない。ただ、とある社会人がいてね。彼は社会の波に揉まれていた、常に苦痛を感じていた。だからDream Powderを渡してみた。すると彼は『怪人になりたい』と願った、ヒーローなら分かるのに。そして彼は、怪人らしく、僕に倒されて死んだ。後は察してくれ、怪人は爆発して死ぬ、それと死後爆発現象が同時に起きて……五島列島がまるまる消滅した」


 どういうことだ、たった1人の薬物使用者の願いによって、3万人が亡くなったというのか。特撮番組でも、怪人は敗れると証拠隠滅なのか爆発して遺体は消滅する。怪人に憧れた男は臣に倒されて、爆発して死んだ。しかし同時にDream Powderの爆発も起こる。予想外だ、こんなことも起きるなんて。


 それに奴は「僕らの仕業じゃない」と言ってるけどな、元はといえばDream Powderを渡したお前が悪い。お前が彼に渡さなければ、何も起こらなかった。矛盾も何もない、お前のせいだ。


「だから、そう睨まないで口で説明しなよ」


「お前が粉を渡さなければ、爆発は起こらなかった……お前のせいだ」


「やっと口を開いたと思ったら、文句は僕に言わないで、彼に言ってほしいな。それに、彼にとっては救済だ。君も誰も、助けを求めていた彼に手を差し伸べていない。だから感謝してほしいね、僕が彼に手を差し伸べたのは、救済行為。きっと彼も地獄で喜んでいるはず」


 ダメだ、臣は完全に狂っている。何が救済行為だ、関係ない人を巻き込む救済なんて、誰の救いにもなってない。無関係の3万人はどうなった、彼らは救われないだろ、みんなを救う方法があるのに、お前は1人を苦しませ、さらに無関係の人々も苦しませた。残虐行為を正当化してるだけ。


「3万人だったか、ぶっちゃけどうでもいい。僕の目的は、世界滅亡。今日は世界滅亡のカウントダウンが始まる、記念すべき日。だから君をわざわざ呼んでみた、日本を滅ぼすっていうのは嘘。どうせ世界は滅ぶ、今更小さな島国を滅ぼしたところで何も変わらない」


 奴はフードを被り、天に向かって手を広げる。奴の行為全てが意味不明、何で世界滅亡を望むのかも分からなければ、こうやって俺をわざわざ呼び寄せる意味も分からない。記念日だから呼んでみた……って、誕生日パーティーの招待状を送る感覚で喋ってやがる。


「世界滅亡のカウントダウンはもう始まる、でもその前に、1つだけ気になることがあってね。これだけはハッキリさせておこう。君は……能力をどこで手に入れた?」


 またこの質問か、何回も色んな人に聞かれたよ。その度に俺は「分からない」と答えていた。銀座で能力を初めて使ってJDPA_Dに拘束された時からずっと、今でも答えは変わらない。そういや、「政府の極秘実験で能力を手に入れた」と勘違いしていた時期もあったな。


 それも、臣の作戦と聞いた。ストレスを与えて欲望を妨害すれば、Dream Powderが拒否反応を起こして爆発する。奴は俺の爆発を願っていたようだが、そんな簡単に俺は死なないぞ。


「俺は何も知らない」


「そうだよね、君は何も覚えていない。だから今が心を読むついでに君の記憶を覗いたとしても、何も見えない。でもね、記憶を辿る方法が1つだけある。能力者が5人集えば……の話だけどね」


 奴の言葉と同時に、白は一瞬にして消え、一瞬にして戻ってきた。これが瞬間高速移動ってやつか、奴はある人物を抱えている。そいつの名は、江戸崎。JDPA_Dの保護をすり抜けて、一瞬にして江戸崎を回収してきたというのか。これで、この場には能力者が5人。奴の言葉通りになった。


「今には封じられた力がある。それは、他人の記憶を世界に映し出す……というもの。ただし膨大なエネルギーが必要で、1人じゃ力を発揮できない。でもね、ここには僕と君以外に、3人の能力者がいる。彼らのエネルギーを少しだけ、利用させてもらうよ」




 その瞬間、世界は真っ白になった。


 真っ白な空間の中には、臣と江戸崎と俺しかいない。ショウと白はどこに行ったんだ。しかも、何なんだよこの空間は、無限に白い空間が続いているじゃないか。光は見えないのに明るい、でも影は存在しない。全てが白い世界に、俺は立っている。


「ここは仮想世界、僕らの記憶を辿るために作られた。別次元の力を借りてね」


 別次元の力……奴は何を言っているんだ。しかしこの世界はどう見ても、現実ではない。影も光もない明るい空間って、存在しないだろ、普通。黒いローブを着た臣、対して江戸崎は黒いパーカーを着ている。そして俺も黒い戦闘用スーツを着ている。俺と江戸崎は、中心に座る臣を囲むようにして立っているが……身動きは取れない。


「ほら、これから君の封じられた記憶を覗く。行こうか、君の知られざる過去へ」


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