第94話 2030年1月8日

----------


 2030年1月8日、俺はSTAGEに復帰した。


 ハルデリック刑務所の脱獄計画を止めるためにアドレナリンを摂取した俺は、JDPA_D管轄の総合病院の地下にある実験場に閉じ込められていた。まぁ、いつ爆発するか分からない危険物なんだから仕方ない。「アドレナリンを摂取すれば、暴走し爆発する」と悪魔も言っていたし。もちろん、爆発なんてしなかった。


 クリスマスに復帰する予定だったのに、色々あってもう2030年。激動の一年だったな、去年は。JDPA_Dの下っ端戦闘員だった俺が、今や日本を代表するヒーロー、ポジティブに言えばそうなる。ネガティブに言えば、大きな的。永遠に命を狙われ続ける運命にある、でもこれはみんなも同じ。


 それはさておき、STAGEに新たな仲間ができた。名前は"山岡大輝"、JDPA_DからSTAGEへ望んで異動してきたとか。そう、彼とは一度会っている。俺が佐野の目の前で証拠を突き付けた、クリスマスイヴの時に。俺に銃を向けていた捜査官が、何故かSTAGEへの配属を望んでいた。


 STAGEは現在25人、ちょっと減ったな。オペレーターの何人かがJDPA_Dへ異動となった。まぁ、JDPA_Dの本部で確認されたデータは随時こっちに送られてくるし、場所が離れているだけで彼らもSTAGEの一員みたいなもの。


 JDPA_Dも警察も自衛隊もSTAGEも、目的は同じ。薬物使用者を全員倒す。佐野を一致団結して倒したように、SoulTも叩きのめす。その途中で山崎のように、世界を征服する力を手にしたと勘違いした輩が暴れるかもしれないが、その時はその時で寄り道して、ぶっ倒してやる。


 もう誰も悲しませたくない、エースだってそれを望んでいたはず。彼は俺の目の前で爆発に巻き込まれて死んだ、尊敬していたのに、呆気なく。他のみんなも、同期はほとんど死んだ。仲の良かった同期はみんな、俺の目の前で倒れていった。肩を撃たれ、炎に巻かれ、苦しみもがきながら消えていった。もうそんな光景は見たくない、誰にも見せたくない。


 そう強く決心して、起き上がった。ここは恵比寿のホテル。STAGE本部の直上にあり、俺には家がないからここで暮らしている。料金はSTAGEが代わりに払ってくれているし、不便なことは無い。JDPA_Dの寮よりも広々としていて、過ごしやすい。部屋に届いた朝ごはんを食べ、歯磨きをし、スーツに着替えたところで……何かが聞こえた。


「……け……と……か」


 隣の部屋から聞こえる話し声……ではないな。どこから聞こえているんだ、その方角も分からない。でもこれは雑音なんかじゃない、俺の耳が無意識に聞こうとしているから。野生の勘ってやつか、今はどうだっていい。カーテンを開けて、窓に耳をつけて音を聞いてみると、


「ほし……けんとか」


 と、より鮮明に聞こえるようになった。間違いない、声の主は俺に向けて話している。コップに水を注ぎ、縁を触りながら音を反響させ集中する。水の揺れる音を基準に耳を合わせ、より細かい音を聞いてみる。剥奪された能力があれば、このか弱い声も聴き逃さずに受け取れたのに。


「いいや、わたしは、きょう」


 待てよ。アイツか、アイツで合っているのか。俺の知っている人で、遠くからでも声を届けられる奴がいたな。名前は……きょう。世界に宣戦布告したSoulTの一員で、俺から能力を剥奪した張本人。テレパシー能力を持っているから、建物を貫通して脳内に直接声が届いている。


「話したいことがある」


 今更お前となんか、何も話したくない。臣は警察に潜入し、俺たちを裏切った。信用していたのに、緑の仮面を着けて、俺の故郷を破壊した。お前もそれが狙いなんだろ、話を持ちかけて裏切る、お得意の芸だな。


 STAGEに通報しようと携帯を取り出した時、今のか弱い声が俺の脳内に直接入ってきた。


「奴らに追われている、助けてくれ」


 世界に宣戦布告した奴が誰かに助けを求めるとはな。それに、何故俺に助けを求める。俺はお前らの敵だ、同じ薬物使用者とはいえ。JDPA_DやSTAGEでもない新たな組織がお前らを追っているとしても、敵の敵は味方。




「私はSoulTから抜けた」




 何だと、今更だが何故だ。世界に宣戦布告した時点で後戻りなんてできないだろ。


「私の恋人を殺したのは佐野ではない、臣だ。私をSoulTに入れるために、目的を統一させるために大切な人を奪った」


 臣、アイツは何をやっているんだ。今は恋人を奪われ、罪を着せられたから犯罪者となった。臣は今を薬物使用者に仕立て上げるためだけに、恋人を殺したというのか。どうしてそんなことを。目的を統一させるためだけに人の命を奪うなんて、やっぱりアイツは人間じゃない。


「臣は私が薬物使用者として成功すると確信していたのだろう。臣は能力を複数持っている、私でも全ては知らされていない」


 江戸崎信哉、今の本名。江戸崎が幸せに暮らし、薬物を使用していない時から既に、臣は江戸崎が優秀な人物だと分かっていた。それで恋人を殺し、社会に憎しみを向けることで、能力を発動させた。Dream Powderが求めているのは、欲望。その欲望を臣は能力で見極めたのか、そもそも複数の能力を所持できるのか?


「私も2つの能力を持っている……が、説明している暇はない。テレパシー能力には制限がある。だから会って話したい。星田健誠、誰にも言わずに……今すぐ渋谷駅に来てくれ」


 そう言って、声は途絶えた。無茶な、今から仕事だぞ。それに奴のことをまだ信用できていない。明言はしていないが、奴は恐らくテレパシー能力の他に剥奪の能力も持っている。下手に近づけば、前みたいに能力を剥奪される。


 でも、奴の言葉……嘘には聞こえなかった。前もそうだった、恋人の件とか佐野の件とかも結局は事実だった。行くしかないな。SoulTの罠だとしたら、その場でぶちのめせばいいだけ。二度と喋れない体にしてやる。


「分かった、渋谷で待っとけ」


 それだけ声に出してから、俺はホテルを飛び出した。STAGE本部には寄らずに、電車に乗って直接向かう。


 正月も終わり、渋谷駅は大変混雑していた。出勤ラッシュはもう終わっているのに、午前9時でもこんなに混んでいるとはな。身動きの取れない程の人混みをどうにかして掻き分けて、前に進んでいく。


 待ち合わせ場所なんて決めていないが、渋谷で目立つ場所と言ったら……ハチ公前だろう。またはお洒落なカフェか。だが、奴のことだ。奴ならその辺の路地裏を指定してくるだろう、ムードの欠片も無さそうだし。


 渋谷駅を出て、大広場に着いた時……ある違和感を覚えた。何か強い、波が見える。馬鹿な、電波なんて人には見えないはず。なのに目には、青く揺れた薄い紙らしきものが見える。目をつぶって、また開いても、見える。


 その違和感の正体を確認する前に、事件は起きた。


「どうなってんだよこれ……!」

「助けてよ……」

「きゃああああああああぁああああああ!!」


 灰色の体の、5mくらいの獣が、スクランブル交差点を歩く人々に向かって突進し、轢き殺していった。


 赤く黒い返り血に染まった信号機は壊れ、永遠に点滅している。鋭い牙と赤く光る目をした獣は、咆哮しながらも的確に……人間を狙っている。


----------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る