第83話 瀧口さんの実家

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「お邪魔します」


 こうして俺は瀧口さんの実家を訪れた。新築に囲まれた古い一軒家が、彼女の実家。ひとりっ子と聞いていたし、彼女の母親はここに1人で暮らしているのだろう。玄関の扉を開けると、ある女性が出迎えてくれた。


「ああ、いらっしゃい」


 そう、瀧口さんの母親。白髪まじりで眼鏡をかけた女性は杖をつきながらも廊下を歩いていった。60歳くらいか、見た目だけで年齢は判断できないけども。彼女は母親に寄り添いながらも、リビングへ向かった。俺は彼女の荷物を車から取り出してから着いて行った。


「ニュースで見たよ、大変だったねぇ」


 彼女の母親は荷物を持った俺を見てペコッとお辞儀した後、キッチンで何かを作り始めた。そりゃ全世界で顔が流れたんだ、誰もが知っているか。佐野克己が真犯人だというニュースが流れたのは昨日の深夜、つまり俺の疑いが晴れたのも昨日。だから情報を追っていない人は、まだ俺のことを犯人扱いしている。


 午後に出発したから、もう外は夕暮れ時で空はオレンジ色に染まっている。窓にもたれかかって近くのホテルを検索してみたが、どこももう埋まっている。すると、検索画面を覗き見していた瀧口さんが、とある提案をしてきた。


「泊まっていきなよ」


「でも、迷惑に……」


「いいよ、部屋も空いてるし」


「お鍋はなあ、2人じゃ食べきれんのよ」


 瀧口さんの母親もそう乗っかってきた。よく見るとキッチンには鍋のパッケージが。瀧口さんに手を引っ張られて階段を上ると、そこには空室が。物置でもなく、誰かが暮らしている形跡もない。他の部屋は物置として使われているのに、何でここだけは?


「ここね、お父さんの部屋だったんだ。事件があってから数年はそのままにしておいたけど、私が警察官になったタイミングで全て綺麗にしておいたの。でも物置にもなってない、荷物が減ったからね。だから、ここ使っていいよ。トイレも2階にあるし」


 そう言って彼女は部屋から出ていった。電気をつけて周りを見渡してみても、何もない。ホコリも溜まっていない、強いて言うならカーテンしかない部屋。とりあえず、ケースからスーツを取りだしてハンガーにかける。戦闘用スーツは……ない、必要ない。というか、修理に出していて手元にない。


 窓を開け換気してから、他に持ってきた物を並べる。実家に行くとも言われてなかったから、パジャマと軽食と歯磨きセットと割り箸といった便利グッズしか持っていない。それもそのはず、俺は昨日まで指名手配犯として扱われていた。実家もないため、俺はJDPA_Dの提供する寮で暮らしていたのだが、指名手配犯となり追い出された。


 荷物のほとんどが捨てられ、帰ってきたのは金とスーツと写真立てのみ。写真立てと言っても、中の写真は没収された。先輩や同僚と撮った写真で、全員亡くなっている。それすらも「指名手配犯の証拠写真」として奪われた。少しすれば戻ってくることを祈るばかり。


 筋トレグッズも奪われたな、「犯罪に使った鈍器」として。意味が分からない、趣味の少ない俺から全てを奪いたいのか。まぁ、新しく買えばいい。でも写真は買えない、二度と撮ることもできない。話が通じるような、頭の柔らかい連中でもない、あいつらは。


 荷物を広げ終えた時、ちょうど瀧口さんが部屋に入ってきた。あまりの荷物の少なさに驚愕していたけれども事情を察したのか、優しい口調で声をかけてきた。


「もう少しで鍋できるみたい。準備終わったら下に降りてきて」


 俺は窓を閉め、息を整えてから降りた。リビングには和風だしの匂いが充満しており、俺は久々に幸せを感じていた。こんなに美味しそうな香り、久々だな。煮込まれた野菜や肉は風味を染み込ませながらも、グツグツと音を立てている。


 火の通った肉を取り、口に放り込むと……冬の寒さを包み込むような温かさと肉の香ばしさで俺は思わず、


「うまッ」


 と、声を出して感動していた。久しぶりなんだよ、まともな食事タイムが。普段はこうやって感想を口に出すことなんてない、当たり前だ、食事でこんなに感動することなんてないから。でも、今は違う。平和だ、周りが戦場という訳でもない。近くにはチームの仲間と家族がいる、戦場とはかけ離れた地、これが俺の求めていた理想なのかも。


「せやろ、どんとお食べなさい。波音も食べ食べ」


 瀧口さんの母親に促されるようにして、俺と瀧口さんは2人で鍋を平らげていく。煮込まれ味の通った野菜は甘く、和風だしのコクと絡まって美味しさが増している。ところで、俺は瀧口さんの母親の方言が気になっていた。聞くところによると、どうやら彼女は九州地方出身らしい。瀧口さんは東京生まれで、そのままこの家に移り住んで来たらしい。


 九州地方のある列島の出身か、俺は神奈川県出身だからそこら辺の地理には詳しくない。任務で訪れたこともない、関東地区担当だったから。彼女は自身の夫を亡くしても、瀧口さんのために帰る家を作っていたのか、幼い娘を異なる環境である九州地方に帰さないよう努力していたのか。


 俺の親とは大違いだ、研究熱心と言えば聞こえはいいが、息子は独りで置いていかれた。研究に没頭した結果、我が子よりも大切な研究を優先して雲隠れ。瀧口さん家族の方は……まぁ、事情も知らずに妄想するのは止めておくか。


「ところでねぇ、星田さんの両親はどうしてるの?」


「お母さん、その話は止めて」


 こういうことが度々起こる、これは仕方ない。相手は俺の家の事情を知らないのだから。別に聞かれただけで気分を悪くするような人間じゃない。でも、周りが制することによって空気が少しだけ悪くなる。この空気が、余計に辛い。


「きっと、どこかで頑張ってますよ」


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 そこから2日間、何事もなく過ごすことができた。薬物使用者も発生しなかったし、緊急の呼び出しもなかった。その間、俺は近所のトラブルを解決してきた。といっても、家庭の喧嘩に口出しするとか、野暮なことはしていない。俺の能力を使って、人助けしたまで。


「そこの荷物を2階に置いてくれ」


 近所の林さんのお宅。渋滞で引越し業者が来れずに困惑していた所に、何故か荷物だけが先に届いた。道路に荷物がはみ出しており、近隣住民の邪魔になる……と、その時にたまたま俺が通りかかった。残念ながら俺は知名度が高く、また人の願いを無視できるような性格ではなかった。


 瀧口さんとコンビニに寄った帰りだったため、俺は2人で引越しを手伝った。道路にはみ出した荷物を軽々しく持ち上げ、階段を上って2階に運ぶ。瀧口さんが林さんの指示を聞き、俺が荷物を指定の位置に動かす。ソファとかベッドとか、本来業者が運ぶべき物も全部俺が運んだ。


「あんたニュースで見たが、悪いやつじゃなさそうだな」


 久しぶりな気がする、能力を人のために使ったのは。今までは暴力行為にばっかり使っていた、それが職業だから仕方ないけども。『ヒーローは敵が居なくなったらどうするのか』という問題がある。能力を行使する相手が消えれば、ヒーローは悪に転じるのか。答えはそう簡単には決められない、倫理問題だから。


 俺は全てが終わったら、平和に暮らしたい。こうやって、他人の引越しを手伝ったりして。他にも、迷子になった小学生も探したりした。ボランティア活動もした、瀧口さんの育った幼稚園のクリスマス会で悪役の格好をして、ヒーローの先生に切られたりした。楽しかった、それで良かった。


 ショウみたいに自ら望んでヒーローになった訳じゃない。でも能力は手にした、どうやって手に入れたのかは分からない。人体実験は嘘だった、佐野とSoulTが仕組んだ罠だった。だとしたら、俺はどこで能力を手にし、どこで薬物を摂取したんた。どうして、俺は爆発もせずに生きているんだ。


「朝ごはんできたよ!」


 いくら孤独に自問自答しても仕方がない。俺はパジャマから白いパーカーに着替え、扉を開けた。1階からは醤油の焦げた匂いと、フルーツの香りが漂ってくる。これも、慣れないな。


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