第78話 クリスマス編6「アドレナリン」

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「……仕方ない、行け」


 奴の合図と共に、ガリレオの2人がヘルメットを脱ぎ捨て、俺の前に立ちはだかる。2人の本名は分からないが、コードネームは覚えている。左の細身な男が"セル"、右の屈強な男が"ランド"と、どちらも安直な名前。まぁ、どうだっていい。


 2人は俺を円状に囲むようにして、グルグルと歩き始めた。その体は白く光り始めている、しかも全身。肝心の奴は東京タワーの方面へ逃げていったが、このセルとランドを倒さないと奴のところには辿り着けない。俺は警棒を両手に持ち、2人の様子を観察してみる。


 セルはナイフを手にしており、小柄な体型をしているが、戦闘面においては俊敏で有利。特殊部隊のガリレオとして雇われている辺り、それなりの戦闘力はあるんだろう。能力面は見た目からでは判断できないが、全身が光っているのを見るに強化型。


 ランドは何も持っていない、やはりこいつも全身の運動能力を強化しているんだろう。身長も2m近くあるし、筋肉のかたまり、と言った方が正しいだろう。しかしさっきからカンカンと小さく聞こえる金属音が気になるな、中に銃を大量に隠し持っているのかも。


「この前は見事だった。まさか4人を相手に死なんとはな。しかしアドレナリンの実験結果も得られた。お前を実験体にすることでより強くなれたのだ、そこは感謝してやろう」


 ランドはニヤリと笑いながら、青い液体が入ったスプレーを顔にかけた。同様に、セルも。もしかして、アドレナリンを顔にかけたというのか。


「数時間後に専用の薬剤を飲めば死ぬこともない、それも全て貴方のお陰ですよ」


 セルもまた奇妙な笑みを浮かべながら、ナイフを口にくわえた。何をしているんだ、奴らは。アドレナリンで強化されたとなると、そう簡単には倒せない。近くにいた民間人たちは保護された。耳栓をした捜査官たちがバリケードを作り、眠った民間人らを奥の方へ押しやった……と言うべきか。短時間で全員を起こすことはできないし、仕方ない。


 このT字路は、バリケードに囲まれており逃げ道がない。先には東京タワー、奴はそこへ向かっている。やっぱり、ここで決着をつけないとな。


「来い!」


 俺が叫んだ瞬間、奴らは真逆の方向から一斉に飛びかかってきた。同時に俺はセルの顔面めがけて警棒を放り投げたが……いとも容易く避けられてしまった。馬鹿な、と驚いている隙に、セルはもう俺の真横に立っていた。


「遅い」


 セルは俺の顔面を横から殴りつけ、足を蹴って倒した。それだけじゃない、奥からやってきたランドが倒れた俺を両手で持ち上げ、地面に向かって思いっきり叩き落とす。あまりの痛みに頭を押えて悶絶していると、間髪を入れずにセルが俺の足をナイフで突き刺した。


 急いで2人を蹴って、宙返りをして逃げようにも、足の傷に負荷がかかるばかりで何も出来なかった。そしてそのまま、ランドに顔面を強く殴られ、


 ボゴッ!!!


 という、人間から鳴ってはいけない鈍い音と共に、俺は頭を打って倒れた。そう簡単に気絶させてくれやしない、俺に意識が残るように調整したんだ、奴らは。わずか30秒もしないうちに、ここまで追い詰められるとは。


「気絶したら勿体ねぇ、いたぶるには意識があった方が楽しいんだよ」


 ランドは高らかに笑いながら、特殊なスーツを脱いだ。中から現れたのは筋肉ではなく……鉄。奴の屈強な体を構成していたのは筋肉じゃない、鉄ということ。戦闘力を底あげるために、自らの体を鉄にしたってことか。まるで鎧のような体をしている。顔は普通でも、それ以外は鉄。


「人間の体にこだわるのが間違いだった。進化に必要なのは、既成概念からの脱却。腕と足を捨て、戦闘用の義手と義足に変えることで、よりパワーが増すんだよ」


 なるほど、だから一撃のひとつひとつが全て重かったのか。持ち上げられた時も、異様に痛かったのを覚えている。人間に殴られたんじゃない、動く鉄に殴られた。そう解釈した方が良さそうだ、奴は人間を捨てた。


 ランドは地面に落ちている警棒を持ち上げ、それをいとも容易くねじ曲げた。怪力の持ち主でもある、全身鉄の男をどうやって倒せって言うんだ。ミサイルとか爆発物を使えば無理なく殺せるだろうが、500mも離れていない場所にはまだ民間人が眠っている。下手に起こせば、また奴に操られる。バリケードで囲ってあるとはいえ、ミサイルだと彼らも巻き込まれる。


「私の能力も言っておきましょう。ずばり、反射神経が強化されています。貴方が投げた警棒も、止まって見えましたからね。防御は最大の攻撃です、私に攻撃を当てようものならやってみなさい、まぁ当たらないので無駄ですが」


 セルも厄介な能力だ、ずば抜けた反射神経の持ち主……となると、そもそも攻撃が当たらない。投げた警棒も避けられる。殴っても意味がない。それだけじゃない、奴は相手の意表を突く場所を狙って攻撃してくる。その上、奴らはアドレナリンによって強化されている。どうしたらいいんだ。


「4人の仇だ、簡単には死なせねぇ」


 ランドはその鉄の拳で、馬乗りになって俺のことを殴り続ける。右、左、右、左。歯が根元からちぎれても、血を噴き出しても止まらない。その上、気絶させてくれない。痛みに耐えながら、地面に転がっている警棒の片割れをこっそり拾ってランドの顔面を叩こうとしたが……セルの反射神経によって寸前で止められた。


「言ったはずだ、セルの能力に勝てる奴はいない……ってな」


 肋骨も折れ、鼻からは血でも鼻水でもない真っ白な液体が流れ出してきた。脊髄液か、それすらも分からない。口からはドス黒い血が流れるだけ、喉に溜まった血が邪魔で声すら出せない。痛みを我慢しようにも、奴は神経の集中する部分を的確に狙ってきやがる。


「良いもん付いてんなぁ」


 ランドは俺の耳に入っていたイヤホンを握り潰し、そのまま投げ捨てた。これで助けも呼べなくなった。涙が止まらない、いや、これは涙なのか。血に染まった液体だ、涙じゃない。呼吸しようにも、肺に血が詰まっているのか……首で酸素が止まっている。ジュルジュルと音が鳴るだけで、上手く空気を送れない。


「呼吸困難か、ランド、肺を叩け」


 セルがそう発した瞬間、ランドは俺の胸を思いっきり叩いた。同時に肺と首に詰まっていた血の塊は取れたのか、呻き声ですらない気持ち悪い声が、ヒューヒュー……と口から溢れ出た。気を失いそうになった。もはや痛みなんて感じない、心臓を殴られようとも顔を殴られようとも。


「これがアドレナリンの力だ、貴様が4人を殺したお陰で、貴様は死ぬ。自分自身に感謝しろ、偽善者ぶる自分から解放されるんだからな」


 ……偽善者ぶってなんかいねぇよ。


「いい気味だ、もう貴様は死んだも同然。それでも痛ぶり続けてやる、貴様のためにな。Dream Powderの真の力を思い知るがいい」


 そう言って、ランドはまた俺の顔面を殴り始める。グチャ……グチュ……ゴキュ……グニャ……そんな変な音が永遠と脳内に鳴り響く。もう俺の体じゃないみたいだ、奴らの声も段々と遠のいていくし、感覚もない……でも、まだやるべきことがある。俺はここで、コイツらを倒して、佐野を殺す。簡単には死なねぇぞ。


 俺は左手を、馬乗りになるランドの首に回し、耳元で質問した。


「お前は……鉄の塊なんだろ?」


「そうだ、貴様の攻撃など痛くも痒くもない」


「なら、電気には弱いな?」


 同時に、俺は腰に入れておいたスタンガン・チップを起動した。高圧の電流が一気に、俺とランドの体に流れる。青い閃光は地面を走り、辺りを照らしていく。ランドは全身、鉄で出来ている。もちろん、電力には弱いよな。


「ああああああああああっあああああああったあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 奴は発狂し、痛みにもがいている。この電流、実は俺の体にも走っている。でもな、俺には効かない。何故なら、もう痛みの感覚が分からないから。電気のショックが体に走っても、痛みは戻らなかった。体が焦げても、煙が上がっても、何のダメージもない。


 やがて静かになったランドの重い体をどかして、俺は立ち上がった。近くには不安に怯えた顔をしているセルの姿が、無理もない。ビルの窓ガラスに映る姿は、まるで化け物。肌は血で黒ずんでいる。全身から血が噴き出し、真っ黒なニンジャスーツは、ドス黒い液体で上書きされていた。


 それでも、俺は生きている、奇妙なことにな。秋葉原の事件とはもう違う、炎に巻かれて死にかけていた俺とは違う。Dream PowderもDream Waterもアドレナリンも何も必要ない、俺に必要なのは……ヒーローだけ。


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