第68話 覚醒

----------


「カウントダウンだ、星田健誠。終わるまでに俺のことを倒せなければ、この女の顔面を撃つ。醜い死体になるぞ、肉片が爛れ見た者は呪われる」


 バトルスターとかいうふざけたコードネームを持った男は瀧口さんの前で、ハンドガンを手に構えた。他の奴らは試合を鑑賞してるかのように、タバコを口にくわえて休憩し始めた。奴ら、狂ってやがる。


「助けられない、に1票」

「俺も」

「それ--ショットガンで撃つのは----」


 奴らの会話も聞こえない……そのくらいに深いダメージを負ったようだ。左腕は骨折、左肩には鉄パイプが刺さっており、駐車場の壁をも貫通している。顔面も鉄パイプで殴られ、何本かの歯が欠けているな。腹も何発か殴られた、そのせいで口からの出血が止まらない。


 血が滲み、目も曇っている。呼吸しても、喉の奥に血が詰まっており、上手く息を吐くことができない。鼻も折れたか、痛みよりも痺れが先に来る。感覚も麻痺したのか、手に何の力も入らない。たった4人、でも奴らはプロの戦闘員。それに薬物使用者、全ての能力が向上している。


「星田健誠、聞こえなかったか?」


 吊り目の男は俺の腹を何回も何回も強く殴り続ける。口から血と肉片を吐き続けても、奴は止めない。タバコ臭い、この嗅覚もいつかは失うだろう。腹に力を込めても傷は治らない、それどころか悪化していくばかり。


 頭からも出血し、冬の冷たさなんて感じなくなった。反対に、温もりが全身に感じられる。それは血の温かさ、人間が感じてはいけない温もり。呼吸しても肺が詰まっているのか、グツグツという音しか鳴らない。空気の循環が上手くいってない。


 ボコッ……ボコッ……グギッ……グチャ……グチャ……グツュ……グズュ……ボギッ……ベギャッ……


 奴らは俺のことを何度も殴りまくる。しかし俺は戦おうにも戦えなかった。手の感覚が失われていく中、濁りくもった目で瀧口さんの顔を見ようとしても、前からは拳が飛んでくる。目が潰れそうになっても、奴らは止めない。


「星田健誠、返事をしろ」

「死んだんじゃね?」

「なら、無理やり起こそう」


 突然、奴らは謎の青い液体を俺に注射した。その瞬間、俺は意識を強く取り戻した。鼓動も早くなっている、ただ傷は治っていない。感覚も取り戻してきた、代わりに痛みも感じるようになってきた。鼻の痛み、腕の傷、腹に食らった拳、血の味、全てが俺の脳に伝わってくる。


「眠らせねぇぞ……何故なら、お前はこの目で女が死ぬを見る羽目になるからだ。ショットガンで頭を撃たれる、上半身は丸々吹き飛ぶだろうなァ」


 バトルスターなる者はショットガンを手にし、瀧口さんの顔面に押し当てた。10秒後に、奴は彼女を撃つつもり。


「10……9……8!」


 鉄パイプを抜こうにも、コンクリートを貫通して刺さっており、怪我した右手だけじゃ動きもしない。骨折した左腕を構わず無理やり動かしたとしても、痛みが肩に伝わるだけでビクともしない……誰か……誰か助けてくれ。


「7……6!」


 血だらけの足で踏ん張って抜こうにも、肩甲骨を貫通した鉄パイプを抜くには時間がかかる。声を荒らげ強引に思い切っても、力だけじゃどうにもならない。


「5……4……3!」


 咳き込んで、腹の底に溜まっていた血を噴き出しても、何も変わらない。力任せで動かすものなら、痛みに耐えきれずに脳が行動を無理やり止めてくる。クソ野郎、俺がやるべきことはただひとつ……目の前にいるクソ野郎共を破壊することだ。


 俺はずっとヒーローに憧れていた。特撮オタクじゃなくても、ヒーローに憧れていいはずだ。親が帰ってこなくても、友達に仲間はずれにされても、変な噂を立てられようとも、ずっとヒーローの助けを待った。でもな、ヒーローは現れなかった。


 それでも今なら分かる、俺がヒーローだから。ヒーローが来なかった理由、そんなの当たり前だろ。俺がヒーローなんだから、助けを呼ぶ必要なんてない。俺だけで乗り越えられる壁だから。


 ヒーローに憧れた瀧口さんを助けるのは、ヒーローだろ。


「2……!」


 覚悟を決めた途端、俺の体が赤く光り出した。その瞬間、痛みも感じなくなった。鼻も腹も口も、いつも通りの感覚に戻っている。鉄パイプが刺さっている肩を触っても、痛みも思わない。まるで自分の体じゃないみたいだ。足元には赤い魔法陣、これは……覚醒か。


「どうなってんだ……」


 奴はショットガンを俺に向けた。薬物使用者の奴らでも分からない力ってことか。俺は力の限り、思いっ切って鉄パイプを引き抜き、それを奴の心臓めがけて放り投げると、


 ビュイーン!!!


 という空気を切り裂く音と共に、心臓のド真ん中に突き刺さった。それだけじゃ威力は収まらず、奴は発生した衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。あまりの痛みにもがいているが、心臓を突き抜かれても死なないとはな。


「は?」


 奴らは意表を突かれたようで困惑している。訳が分からないのは俺も同じだ、でも、これだけは言える。お前らと違って、俺はやるべきことをするってな。


「この犯罪者が!」


 ハンドガンで撃たれたとしても、今の俺には効かない。そのまま立ち向かっていき、奴の右手を片手で折るのと同時にハンドガンを奪い、遠くから狙ってくる吊り目の男の頭めがけて放り投げる。更に近くにいる奴の顔面を右手で何度も何度も殴りつける。


 奴の後頭部を掴み、車の窓ガラスに顔を押し込む。グチャ……と生々しい音がしても俺は止めない。荒々しい声を上げながら、何度も何度も押し付ける。顔面がガラスだらけになり、泣きながら首を振ったとしても、俺は止めない。


 割れた窓ガラスの破片を奴の腹に、グサッ……グサッ……と何度も突き刺す。奴は気を失いかけていたが、とどめに眼球に破片を刺すと、奴は発狂しながら飛び跳ねた。


「ああああああああ! ああああわああああ! ああああああああああああああわわわわあたああああああああああ」


 声にもならない声を上げ、奴はその場で苦しみ出した。涙を流すと余計に染みる、痛みに耐えるよう研究された奴らは死ににくい体になったんだろう、だからこそ永遠に苦しめてやる。


「エムから離れろ」


 吊り目の男は、眼球に破片を刺された奴のことをエムと呼んでいる。つまんないコードネームだ、覚えてなくて正解だったな。アサルトライフルて何発も撃たれようとも、俺には関係ない。弾が腹を貫通しても、すぐに傷が治っていくから。


「来るんじゃねぇ!」


 俺はこの男の首を掴み持ち上げたまま、腹を何発も殴りつけた。さっきの仕返しだ、俺が味わった苦しみを味わえ。顔面を何発か殴り、吊り目かどうかも分からないほどに顔面が血で染まると、奴は抵抗しなくなった。


 力が強化されているのか、パンチする度に衝撃波が発生している。その影響で奴は脳震盪を起こしているのかもしれないな。しかしそう簡単には終わらせない。ここからは復讐だ、撃たれた瀧口さんの分。彼女が復讐を望んでるとか関係ない、俺がしたいからするだけ。俺はお前を蹴りたい、だから蹴る。


「や……め……て」


 脳震盪を起こし意識がぐらついている奴は必死に命乞いをしてきたが、俺には関係ない。奴に後ろを向かせ、装備を剥いだ後……思いっきり蹴り飛ばした。傷だらけの背中に食らった蹴りは、強烈な衝撃波を発生させ、奴は壁まで吹っ飛んでいった。サッカーボールの比じゃない、空中を舞うホコリのように、天井にぶつかって床に落ちていった。


 ただ人を殴るのに集中しすぎて、背後から忍び寄る男に気づくことができなかった。


----------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る