第53話 指名手配編5「変な夢」

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「パパはなんのけんきゅうをしてるのー?」


「はは、言っても分からないさ」


「おしえてよー」


「うーん、日本の将来を明るく照らす力……としか言えないな」


 新宿駅のど真ん中で、父親と幼稚園児の息子は楽しそうに話している。曇ったメガネと白衣を身につけた父親は、息子の膝に貼ってある絆創膏を見て、心配になって話しかけた。


「どうしたんだい、この傷は」


「きょうね、かいぶつとたたかったんだ!」


「そうか、頑張ったな。ヒーロー」


 場面は変わり、どこかの研究所の中で父親は幼稚園児の息子に対して、自身の研究の説明を分かりやすく話していた。肝心の幼稚園児は説明に飽きたのか、周りに落ちている紙飛行機を飛ばして遊んでいる。この場には父親と息子と、父親の助手である研究者しかいない。


「コラコラ、パパが説明してるんだから」


「だってなんのことか分からないもん」


「はは、聞きたいって言ったのはケントの方じゃないか」


 家族で仲良く会話している中、奥にいた研究者が話に入ってきた。彼もまた白衣を着ており、手首には多数の傷が残っている。


「坊ちゃん、お父さんに似て飽き性だね」


 その研究者はそれだけ告げて、消えた。息子は不思議がって立ち止まっていると、今度は父親まで消えてしまった。研究所の中には、幼稚園児が1人。片手にはシワクチャになった紙飛行機が、足元には液体のこぼれたビーカーが落ちていた。液体は、血のように真っ赤に染まっていた。


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「何だ、これ」


 ここで俺は目が覚めた。どうやら廃墟の中で眠っていたらしい。とても寒かったというのに、ここにあるのは毛布1枚だけ。よく凍死しなかったな、普通の人間だったら肺の血が固まって呼吸困難に陥っているはず。ショウは少し離れた場所で寝ていた、彼はレジャーシートにくるまって寝ている。暖かくは見えないが……大丈夫だろう。


 それにしても変な夢を見た。全く興味もない群像劇を見せられた気分だ。俺と同じ名前が出てきたけど、幼稚園児の時に新宿駅とか行ったことがない。何故なら両親は研究者で忙しく、旅行してる暇なんてなかったから。幼稚園だって、迎えに来たのはいつも夜。今思えば、幼稚園の先生にも申し訳なかったな。1人だけ迎えに来るのが遅すぎるから。


 まぁ、夢に現実性を求めること自体間違っているな。高いところから落ちる夢じゃなくてよかった、予知夢とかあるから縁起が悪い。薬物使用者に刺される夢とか、好きな人にフラれる夢とかは見たくない。告白される夢とか、大切な人に再会できる夢とかみたい……冗談だ、それだと起きた時に余計虚しくなる。


 時刻は午前5時32分、早起きと言えなくもない。朝ご飯を食べられないのは辛いな、気持ちいいスタートを切れないから。かと言ってコンビニに飯を買いに行くのもな、顔認証が怖すぎる。せっかく追跡を逃れたのだから、もっと慎重に動きたい。


「おい、起きろよ」


 と、やや強引にショウを起こしてから、計画を話し合った。指名手配されているため安易に外をうろつくことはできない。しかしながら廃墟に立てこもるのもまた違う。俺たちは俺たちの手で調査しなければならない事象がある。昨日話し合ったミチルのこととか、俺の過去の話とか。ショウと米軍の実験についても。


 戦闘用の装備は充実している、翼もあればアクションブーツもある。ただ日常生活を送る上での用具は不足している、食べ物もなければ服もない。通勤ラッシュの時間帯だし人混みに紛れることは可能だろう。ただ、どこに行っても顔認証機能が付いている。顔を見られればすぐに捜査官が飛んでくる。かと言って顔を隠すと、不審がられて通報される。


「コーヒーは……無いか」


 ショウは普段から寝起きにコーヒーを飲んでいるが、今はそれすらできない。「戦争だから」とかじゃない。「反逆者と指定されたから」とかいう理由。そのせいで生活を根こそぎ奪われた。気持ち悪い、濡れ衣を着せられた。日本政府は俺たちを消したがっていたのは分かるとしても、何で今なんだ。イメータルを倒したからか?


 イメータルを倒せば俺たち能力者は不必要になった……ということか。そうだと仮定して、SoulTがまだあるだろ。薬物だって世に蔓延したまま、止めることはできない。ここ周辺の変化はそれたけか。後は警視総監が変わったのと、SoulTが俺に直接接触してきたくらい。


「お前の幼馴染の資料はJDPA_D本部の資料室にしか無いだろ。俺が持っている情報は断片的すぎる。とは言え本部に侵入するのは無理がある。どうする?」と、彼は尋ねてきた。


 前にJDPA_D本部の資料室を訪れた時、カードキーを使わずに顔パスで入ることができた。ただ今は状況が違う、行ったとしても「指名手配犯がいる」として通報されるだけ。前に見た内容を思い出そうにも、事件が多すぎる。シグレの巻き込まれた事件、あと何個あったっけな。


「あっ」


 と、俺は無意識に声を出していた。そうだよ、資料室に行った時、ミチルやシグレに関する資料を勝手に写真に収めたじゃないか。許可も取らずに、無断転載と言われても何も言えない。俺はそれをショウに見せた、画質が若干悪かったものの、文字は読み取れるようになっていた。


「有名アイドルサイン会殺害事件は知らないが、地下鉄脱線事件は7ヶ月前か。聞いたことはある、確か"新宿都市ハイウェイ線"の"ハイウェイオアシス自由の森駅"だろ。今は封鎖されているはず」


 ショウは8月に日本に戻ってきた。そこから色々あって9月にSTAGEに配属された訳だが、海外で戦闘訓練を受けている間も日本で起きている薬物事件の概要を何となく聞いていたらしい。それもそのはず、薬物事件は海外では起こりにくい。海外のセキュリティが素晴らしいのか、そもそも海外に流通していないのか、それは俺でも知らない。


 ほぼ日本でしか起こらない薬物使用者の事件は、国際問題に発展している。何故か海外では起こらない事件、それ以外に言いようがない。DPが日本でしか産出されない薬物なのかもしれない。そこも詳しくは分からない。大まかな概要だけ、JDPA_Dの教官から授業で学んだ。国際問題の話は……複雑な大人の事情。兵器発展の禁止条約だとか、日本征服の目論見だとか。


「ありがとう。資料の調査は必要ないとして、俺たちを嵌めた犯人を突き止める必要がある。司法が働いていることを願うがな」


 そう言って、彼は計画を話し始めた。


「ハイウェイオアシス自由の森駅、もしくはアイドルの握手会があったビルに行きたいが、後者は位置が伏せられている、圧力があったんだろうな。駅も調査が続いているだろうが、奴らは俺たちを捕まえるのに必死だ。姿を変えれば、顔認証にも引っかからない」


 姿を変えれば……そんな魔法みたいなことできるのか。マスクをしたとしても顔認証機能は見破ってくるんだぞ。しかし彼の顔には自信が溢れている、どうやら彼に任せてもいいみたいだ。


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 ハイウェイオアシス自由の森駅は、恵比寿駅の近くにある。爆発のせいで廃墟同然となり、今はJDPA_Dが私有しているが、中にJDPA_Dの捜査官は居ない。読みが外れたな、外にいた作業員を気絶させて服を奪ったのは無駄な時間だった。彼にも申し訳ない、勝手に殴って服を奪ってしまったし。


 姿を変える。ショウが言うには、顔認証機能は完全ではない。人の識別を顔認証だけに頼っていたら、そっくりな双子を間違えて認識してしまう可能性がある。そのために、あの機能は人の他の要素を見ることもある。例えば歩き方、歩き方は意識しないと変えられない。他にもホクロとかヒゲとか、データと違えばAIはエラーを起こす。


 歩き方を変え、足を引きずりながら歩いていくと……駅とは言えないくらいにボロボロになった建物がそこにはあった。自由の森駅は地下鉄の駅だが、上にはデパートのようなビルがあった。しかしそれも駅の封鎖に伴って移転したため、ここには虚しく、灰色に焦げた建物しか残ってない。


 本当にただそれだけ。特に証拠とかも見つからない。そもそもJDPA_Dが調査済みだ、他に証拠とかあったとしても隠蔽していることだろう。


 地下鉄駅には何も無かった、握手会のビルは明かされてない。なら、次はどうするか?


「よし、本部に行こう」


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