第45話 カイブツ戦5「孤独な戦い」

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 長距離を移動してもなお、カイブツには追いつけない。ただ途中で、動けなくなっていた戦闘員を発見した。彼は狙撃第三部隊、ちょうど品川区三丁目で遠くからイメータルの拠点を狙っている班だった。しかしここは品川区六丁目だ、何で彼らはここにいるんだ。他の人に声をかけようと思ったが、足が変な方向に曲がっている彼に止められた。


「それは死体だ、俺以外全員死んだ」


 よく見ると、彼は頭からも出血している。足も曲がっているし、高所から落下したのか。それとも、カイブツの攻撃が直接当たったか。急いでバックパックから包帯を取り出したが、彼はその手を止めてきた。彼は笑っている、不気味にも満面の笑みで。


「ここで死なせてくれ、これ以上の悪夢を見たくない」


 そう言って、彼はそのまま息を引き取った。ああ、奴らのせいで何人もの人が死んでいく。俺はそれに耐えられなかった。涙を流してる暇なんてないのに。声を荒らげている暇なんてないのに。俺は彼の胸からバッジを取り、裏に書いてある名前を確認した。坂野洸一というのか、絶対に彼の分まで……いいや、奴らを潰してやる。


 俺はバッジを胸ポケットの中に入れ、彼の手元にあった無線を奪い、そのままカイブツの方へ全速力で走った。もはや体力なんて気にしてられない。歩きにくい足場だろうと、ビルが崩れてアスレチックみたいになってようと、怒りに満ちた俺には関係なかった。


「デケェな」


 と、無意識に声を出してしまうくらいに、想像以 上に大きくてビビってしまった。当たり前だ、ビビるに決まっている。しかしここで逃げることなんてできない。ただ50m級のカイブツと戦ったことなんてない、どう戦えばいいのかも分からない。


 このカイブツはさっき爆弾を飲み込んだ、しかもDP由来の爆弾だ。DPで作られた爆弾さえも無効化するとなると、特殊ナイフで体を刺すなんて奴にとっては虫刺されよりも柔いものだろう。そもそも硬そうな皮膚にナイフが通るのか。彼から取った無線を使おうにも、やっぱり誰の声も聞こえない。というか、電波も無効化されているのか。


「やるしかないか」


 俺はボソッとそれだけ呟いてから、覚悟を決めた。腰に差していたナイフを取り出し、それを肘についてあるポケットに差す。更にバックパックからアサルトライフルとスパークリングボムと破裂弾を取り出し、それにDP弾を注入する。少しだけ攻撃力が強化された弾で、厚い壁でも難なく貫通する。カイブツに効くとは思えないが、手元にあるのはこれくらい。


 カイブツはちょうど交差点のド真ん中で休んでいる。少し動くのにも大量のエネルギーが消耗されるんだろう。しかしここは品川区五丁目、もう少し進めば別の区に到達してしまう。品川区全域の避難及び外出禁止措置は出されていたが、他の区がどうなっているかは分からない。電波が無効化されている今なら尚更。


 呼吸を整えて、ブーツの紐を思いっきり締めてから、俺はカイブツの足元に向かった。どうやら、ブーツにも仕掛けが施されているらしい。どうにかしてても、俺が止めないと。


「ウォォォッッッ!!」


 声にもならない叫び声を発しながら、俺はカイブツの足元でスパークリングボムを起動し、すぐに離れた。スパークリングは以前、小田原城の一件でも使用した、炭酸が弾けるような勢いで光の球が発射されるもの。元は目標の注意を引く用途だったが、今回は爆弾だ、それも強化型。


 ドカン!!


 爆音と共にスパークリングボムは爆発、一瞬にして光の球が足元から発射された。その勢いはまるで炭酸飲料に例のお菓子を入れたような感じ。勢いは止まることを知らず、カイブツの身長を一瞬にして追い抜いた。50mまで上がった光の球は花火のように音を立てながら、更に光っていく。言っておくと、この武器を持っているのは俺だけ。


 カイブツは近くにいる俺を蹴散らそうと移動を開始したが、動きはノロマ。だが大きいから、少し動くだけでも周りの建物を破壊していく。被害は最小限にすべきだが、カイブツを倒すのが先だ。どうせここ周辺に人はいない、せっかくだし利用させてもらおう。


 ビルの外付けの階段を登り、カイブツに場所を示すためにスパークリング弾を発射する。するとカイブツは俺のいるビル目がけて走ってくるから、俺はすぐに階段から飛び降りて、別のビルに移動する。外付け階段の手すりから、別のビルの階段に移動して、またアサルトライフルからスパークリング弾を発射する。


「ゴオオオオオッッッッ!!」


 カイブツはちょこまかと動く俺に怒ったのか分からないが、激しい咆哮の後、炎を吐く素振りを見せた。しかし、俺はその瞬間を見逃さなかった。奴が口を開けた瞬間、俺は怪我を覚悟でビルから飛び降りた。受け身の体制を取り、宙返りし、すぐに奴の足元に行ってから……ナイフを取り出し、カイブツの足元に刺し込んだ。


 普通のナイフじゃもろともしない体に見えたが、やっぱり炎を吐く時は違うんだ。炎を吐くには尋常じゃないほどのエネルギーが必要で、カイブツは人間の集合体だから人間の持つDPのエネルギーをまとめて放出する必要がある。その時に隙ができると予想して、俺は狙った。それだけじゃない、奴はビルを破壊しながら進んでいる。


 そのビルは……簡単に壊れるんだ、カイブツが思っている以上に。カイブツより遥かに小さな商社ビルは次々に崩れ落ち、やがてカイブツの足元に降り注ぐ。足元に瓦礫が溜まり動けなくなったカイブツは炎を吐き出そうとしたが、瓦礫が上手くくい込んでいるのか、そこは分からないが炎を出せずにいた。


 それだけじゃない、スパークリング弾を持っているのは俺だけで、それは花火みたいに綺麗に光る。となると、通信機器が使えなくとも俺がカイブツの近くにいて戦っているのは分かる。武器をカイブツを引き付けるために使いつつも、発煙筒みたいにも使ったまでだ。


「グオッッッッッ!!!!」


 カイブツは痛がっている。短い手で足元の瓦礫を退けようにも、届かない。足で退かすほどの力もない。俺はそこに更に攻撃を加えていく、アサルトライフルにDP弾を注入し、足元めがけて何度も撃ち続けた。攻撃力の高いDP弾は、弱っているカイブツの足を貫通し、更に奴を弱らせていった。所詮は人間の集合体、だから容易に貫通する。


「----バンノ隊員、そちらの状況は?」


 どうやら通信機器が回復したようで、無線の主は持ち主である坂野に対して問いかけていた。この通信妨害は誰の仕業だったんだろう。カイブツが妨害電波を出していたのか、SoulTが出していたのか、考えれば考えるほど謎が深まっていく。不思議だ。


「バンノ隊員は亡くなりました。私は星田健誠です。そちらの状況は?」


「…………AGQ-000か、我々は狙撃第四部隊。奴の火炎放射により大半が火傷を負った」


「作戦本部に繋いでください、カイブツ付近に武器の調達願います。奴の弱点は足です、爆弾は効きません」


 それだけ伝えて、俺は物資の到着を待った。


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