第24話 瀕死

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 至近距離で……奴の自爆を食らってしまった。


 身動きも取れない……目も半分しか開かないし、耳も遠くなっている。能力が使えているかどうかすら分からない。


 ただ分かるのは、奴が俺を巻き込んで自爆したことと……目黒さんが無事だということと……俺が死にかけていることだけ。


 目の前には……見知らぬJDPA_Dの隊員数名とショウがいる。彼は一応、STAGEの司令官みたいな……そういう立ち位置だもんな……ショウさんって言わなきゃ。目黒さんは怪我をして病院に運ばれた……というところまでは盗み聞きをして知ったが……意識が持たなそうだ。


「星田、見つけるのに戸惑ってしまった。本当にすまない。直近の爆発の爆心地に居たのは君だ、君が死んだんじゃないかと焦ったが……もう死にそうじゃないか」


 彼は焼け焦げた俺の手を握って必死に励まそうとしてくる。


「もう少し俺が早く来れたらよかった。神奈川で別の薬物使用者の件があって……今はこんなことを話している暇はないな。調子はどうだ」


 彼の問いかけに対して、俺は口を開けることもできない。喋る体力すら失われているから。何なら、口は焼け焦げていて皮がただれ……口という穴すらよく分からない。だから……ゆっくりと首を横に振る。


「そうか……どうしても話しておきたいことがある。今すぐ謝らなきゃいけないんだ」


 彼と出会ってからまだ数日しか経ってないが、彼は「謝らなきゃいけない」なんて言う人じゃないと思っていた。もう少し高圧的で、自分のミスを認めなさそうな……そんな気がしていた。


「俺は正直に言って怖かった。俺以外に能力を駆使できる人間が現れたと聞いた時とかは。能力者なんてろくな人いないから。アメリカから監視していたが、同時期にSoulTが現れたから俺は日本に戻った。星田はSoulTのスパイだと噂する者もいたから個別に調べていたが……今日で分かった。違う」


 ……そんな噂が影で立っていたのかよ。


「ヒーローは独りでいいなんて嘘だ、お前は命をかけて戦ったんだ。お前こそヒーロー、共にSTAGEで一緒に戦おう」


 よかった、またSTAGEに戻れるんだ……と安堵していたが、どうやら俺の体は限界らしい。治癒能力もなくなり、丸焦げになった皮膚はそのまま。やがて顔面からは血がポツポツと流れてくる。彼の声掛け虚しく……俺はここまでみたいだ。


「……星田健誠、まだ死ぬ時じゃない。米軍からお守りとして貰った薬品がある。『万が一の時に使え』と聞いた。同じ能力者なら……お前にも使えるはずだ」


 彼は手のひらに収まるくらいの小さな瓶を割り、中に入っていた赤い液体を、塞がっている俺の口の中に流し込んでいった。


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「ケント、将来は何になりたい?」


「パパみたいな、けんきゅうしゃ!」


「……オススメはしないぞ。家族よりも研究を優先しなきゃいけない時が多いからな。ケントには迷惑をかけすぎた」


「パパ、どうしたの?」


「……ママが悪魔に連れ去られたんだ。俺はこれからヒーローになって戦わなきゃいけない」


「パパ、がんばって!」


「ケント、これだけは伝えておきたい。俺は----」


 グチュ……


「稔、良子。研究者は辛いな……しかし、子が殺される瞬間は見たくないだろう。だから私に感謝してくれ……どうしてもやらなきゃいけないんだから」


 グチャッ……


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 ここは、どこ。

 俺は、星田健誠。


 確か昨日、秋葉原で薬物使用者と戦って爆発を至近距離で受けてしまって、体は治らずに黒焦げのままショウと話した……そこまでは覚えている。治癒能力も発揮できずに皮膚も治らなくて、顔からは血が出てきて、そうしたらショウが赤い液体を……じゃあ、ここはどこなんだ。


 辺りを見渡してみると、真っ暗な部屋で白い壁に白いベッド。俺はついさっきまで寝ていたみたい。壁の隅には観葉植物が置かれてあって……鏡を見てみると、俺の体は元に戻っていた。髪の毛も元々と同じ長さになっていて、皮膚も焦げてない。目も見えるし口も動く。


 それに……力がみなぎっている。


 能力を使っていないから体が発光していないのだが、それにしては感覚が研ぎ澄まされている気がする。隣の部屋で寝ている男の心臓の鼓動音や、下の階にいる事務の男の香水の匂いまで、全てが分かる。ここは病院だ、新宿にあるJDPA_Dの管轄病院。


 カーテンを開けてみると、ライトアップされた綺麗なビル群が映っていた。視力も何もかも向上している、だから煌びやかに光っているビルの窓の近くに立っている男の服装も視認できる。メガネをかけていて、妻に電話している様子。ここからは何キロも離れているぞ?


 時刻は深夜2時、秋葉原の戦いが18時くらい。となると、俺の体は10時間くらいかけて丁寧に戻ったことになる。良かったのか悪かったのか、よく分からないが逆に分かるのは……能力を使わなくても感覚が研ぎ澄まされていることだけ。


 これもショウが飲ませた赤い液体のお陰なのか。よく分からないが、力がみなぎっている。


 この勢いのまま、俺は窓を開けて外に飛び出した。病院のすぐ横には古びたビルがある、それに患者着のまま飛び移り、屋上を裸足で駆け抜ける。深夜だからか肌寒いが、代謝が上がっているのかどれだけ走っても息が上がらない。


 5mくらい離れたビルの隙間を軽くジャンプで飛び越え、更に駆け抜ける。能力を安定させられたのか、それは分からないけど。走れば走るほど、ひとつのことに集中できる。風を切り裂けば切り裂くほど、全ての運動能力が活性化されていく。


 とにかく今は体を動かしたい!


 見よう見まねで習得したパルクールを使いながら、屋上を伝ってバク転を決めてみる。足を少し上にするだけで重心を変えられ、簡単に着地できた。次は手を付かないでバク宙、これも簡単だ。ロンダードバク宙も、専門用語は分からないが空中で捻りまくって着地するのもお手の物。


 古びたビルの屋上で、俺は夜な夜な特訓していた。目をつぶった状態でシャドーボクシングしたり、その状態で感覚だけを頼りにゴミ箱のフタをブーメランのようにして投げたり、音が出ないように慎重に歩いたり。


 丸焦げにされてから1日も経っていないのに、俺の体は全回復していた。何なら、前よりも強く賢くなっていた。


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