第25話 人身売買

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「助けて……」


「抵抗すんなよ」


 夜な夜な独りで訓練していたら、遠くから声が聞こえた。能力が研ぎ澄まされているため、遠くにいる人の声も分かるし、どこからどういう人がどんな状況で発したのかも何となく分かる。位置的に路地裏で……男3人に襲われているな。


 俺は急いでその路地裏の方へ向かった。暴行している男たちはナイフとか鉄の棒といった凶器を持っていて、女性の方は携帯を持っている。しかしその携帯も取られてその場でズタズタに踏まれている。これじゃ助けは呼べなくなったな。全て音だけで判断しているが、間違ってはいないはず。


 顔を見られてしまうと色々とまずいため、上着として着ていた患者着を破り、それを顔に巻き付けた。顔が見えなければ何でもいい、例え前が見えなかったとしても。ヒーローは覆面をしていなきゃいけないから。


「その通り、抵抗したら今すぐ殺す。目的は金じゃない、お前の体だ。言う通りにしてトラックに乗れ」


 会話から察するに、人身売買か。それか水商売のための拉致か。どちらにせよ厄介だ。距離が近付いたから分かったが、彼らは銃も携帯している。モデルガンとかじゃない、本物の銃だ。薬物使用者とかではなく一般人だが……一体どこから手に入れたんだ。


「助手席じゃない、荷台の方に。声を出したら家族も殺す。お前は包囲されているからな」


 腰のケースに入っている銃に手をかけている1人の男に向かって、落ちていた瓶を屋上から投げつける。バリンと派手な音を立てて割れた瓶は、当てられた男の顔を傷付けていった。


「痛てぇ!」


 瓶を当てられた男は怯まずに銃を腰から出したが、俺はもう上にはいない。ビルに立てかけてあるハシゴを伝って、今は下にいるんだ。皆が上に注目している中、俺は1人ずつ顔面を殴っていく。能力が発揮されているからか、奴らは一発食らっただけで気絶してしまった。


「近くにある交番に助けを求めてこい」


 襲われていた女性にはそれだけを伝えて、俺は別の場所に向かった。3人の男は女性をトラックに乗せようとしていた。路地裏の前にはトラックなんて停まっていない。だから近くにあるトラックから、どれがグルのトラックかを見極める必要がある。


 普通ならサーモグラフィーゴーグルを使って、トラックの中にいる人の数やシルエットから見極めるが、俺には必要ない。トラックの走行音から位置を把握して、中にいる人達の会話を盗み聞きすればいい。何も近付く必要は無い、屋上で立っているだけで自然に情報が入ってくる。


「荷物は5分後に到着予定」


「眠過ぎてヤバい」


「パーソナリティは副莉音と、丸井ヨシオでした〜」


「3コンボ、4コンボ、5コンボ」


「何で俺がこんな仕事しなきゃいけねぇんだよ」


 周辺には5台のトラック、エンジン音もあって詳しくは聞き取れないが、この中に異様に焦っている者が混じっている。心臓の鼓動音が1人だけ異常だ、仕事の疲れとかからきた焦りじゃない。悪事を働いている時の、人間の悪魔が表に出てきた時の音。


 屋上に落ちていた木の棒を拾って、俺は下に落ちた。


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「荷物は3分後に到着予定」


 そう呟いている奴こそが犯人だ。俺はさっき拾った木の棒を思いっきり壁に投げ当てた。角度は45°、一度壁に当てればそこから62°になって、トラックのドアミラーに当たる計算だ。これらの計算も頭の中で瞬時にできるようになっていた。俺の体、恐ろしい。


 木の棒は計算通りに反射していき、奴の運転しているトラックのドアミラーに当たった。それと同時に、俺はトラックのフロントガラスに向かって精一杯飛び蹴りした。


 バリン!


 ドアミラーに気を取られた奴は、ガラスを貫通してきた俺の足によって……気絶した。


 くっそ、思い切って裸足で飛び蹴りしたのは間違いだったな。でも不思議と痛くない、というか痛みを無理やり我慢している気がする。それを無意識に行っているのか。よく分からないが、荷台に乗せられている女性たちを助けよう。


「軽部、何か事故ったか?」


「さぁな。外に出てみたら分かる」


 荷台の扉をこじ開け、中に乗っている男を外に無理やり連れ出し、女性たちの目の前でボコボコに殴り倒した。といっても元から力が強いから、二発殴っただけで奴は気絶してしまった。


「今すぐ近くの交番に事実を言ってこい」


 彼女らは俺のことを不審者と勘違いしたのか、叫びながら逃げていった。4人くらいいたが……こんな都会で4人もの人が連れ去られていくところだったんだな。深夜の都会は恐ろしい。俺はそれだけ伝えて、ビルの壁を伝いながら屋上に戻った。トラックが道の真ん中で止まっているが、それを退かす気力はもう残ってないな。


 さて、患者着を破ったことはどうやって説明しよう。


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「星田、復帰おめでとう」


 結局、あの後3日くらい入院した。体に異常はなかったが。それで俺はまたSTAGEに戻ることができた。理由は秋葉原の一件があったため。秋葉原の爆発事件で犯人を倒した俺を見たショウが「彼をクビにしようとした俺が間違っていた」と言い、STAGEのメンバーに謝ったらしい。


 JDPA_Dのお偉いさんは俺をクビにしたかったみたいだが、ショウが心変わりしてくれたお陰で……何とか働けることになった。とりあえず良かった。気持ちは複雑だが、俺は俺のできることをする。ショウは空を飛べるが、俺は飛べない。


 でもそれでいい。俺にしかできないことが、最近増えたような気がするから。それに、俺を実験体にしたとされる奴らのことについて調べるのも、俺にしかできない仕事だから。


 場合によってはJDPA_Dの人達を疑うことになるが……そういえば、赤い液体をショウに飲まされた時に、何か不思議な夢を見たような。俺の父親が何かを話していたような。ダメだ、よく覚えていない。でも、父親が夢に出たのは久しぶりのことだ。


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