第2話 宝石泥棒と初陣の後輩

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《蒲田駅前にて大規模な戦闘が発生》


《死者 26名、負傷者 55名、行方不明者 3名》(JDPA_D内の死者 15名、負傷者8、行方不明者 7名)


 朝起きると、とあるニュースが俺の目に舞い込んできた。あれは夢じゃなかった、現実だったんだ……と改めて実感するための材料にはなった。

 病室で目覚めた俺は、まず鏡を見た。黒髪で筋肉質とは言い難い体型で……俺だ。夢であることを何度も疑いたい気分だ。


 違法薬物特別対策軍の隊員は、緊急事態時でもすぐに出動できるよう、大きな寮で生活している。昨日は戦闘があったため、医療施設での寝泊まりとなった訳だが。


 それで、第三・第六部隊の隊員の遺体が現場から回収された。第一部隊は炎に巻かれたため、残念ながら遺体は残っていなかった。第三・第六部隊も瓦礫の山に埋もれたか、奴の死に際の爆発に巻き込まれたかで、五体満足で帰ってきた者は少なかった。もちろん、遺体の話。


「昨日はお疲れ様だったね。これが佐倉君のバッチだ。佐倉君以外のバッチは残っていなくてね」


 本部の人間が俺に金属のバッチを渡した。


 佐倉さんは、第三部隊の隊長だった。俺と非常に仲が良く、愛称として”エース”と呼んでいた。

銃と盾が象られた金色のバッチ。奴の死に際の爆発にも耐える、とても頑丈な物。


「昨日の今日で悪いが、君は今日から……都内中心区防衛第四部隊に異動となった」


 また別の眼鏡をかけた男がPCの画面を俺に見せた。これは、銀座か? 銀座四丁目交差点にある和光本館付近のとある画像を、彼は俺に見せてきた。

 その画像は5日前の23時15分に撮られた物らしい。ある宝石店の前の通りで、人間が発光してる。2枚目の画像では、宝石店のガラスが割られ、中の宝石が全て消えている様子が撮られていた。


「最近、銀座付近で発光体の情報が相次いでいる。宝石強盗の件もある。君には警察との合同捜査に参加してもらいたい。今日の20時からだ」


「はい、行きます」と俺は返事をした。返事するしかない。


「朝食は食べたな? 食べてないのなら待っておこう、30分に出発だ。形式上の歓迎会もあるからな」


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 形式上の歓迎会……楽しいはずがない。

 昨日仲間を失ったばかりで、その上今日も任務を前にしている。

 また他の部隊の人間からは「あいつだけ生き残った」「死神だ」「逆にあいつが危険だ」等と陰で言われる。全て聞こえているんだがな。


 この組織に所属してから、何度仲間を失ったことだろう。一緒に入隊した幼馴染は2回目の任務で失った。個人的に少し気になっていた上司の女性も、俺を庇って亡くなった。


 入隊してから3年経つか経たないかだが、この歓迎会に参加している”同期”の人間の中では1番戦闘に参加しているだろう。俺は……平和に生きたい。


 歓迎される側として言葉を述べたところで、早速作戦会議へと移る。




「《都内中心区防衛中央部隊》隊長の城山だ。ここに集められた都内中心区防衛第一から第五部隊の隊員に告ぐ。今回は警察との合同捜査だ。警察は宝石店内の警備に徹してくれるらしい、我々は薬物使用者の発見・駆除に専念しろ」とのこと。


 彼の一言で、空気がガラッと変わる。同室には警察庁長官がいらっしゃる。


 今回は珍しく、警察との合同捜査。我々の組織と警察の関係はあまり宜しくなかった。警察の仕事を奪うような形で結成された組織なのだから。

しかしながら、薬物使用者に対抗できる存在に、警察では務まらなかった。


 結果、国際連合からも支援を受けている我々の組織が、奴らに対抗できる唯一の組織となった。今では関係も良好……なはず。まぁ自衛隊も参加できるが、基本は救助活動に徹することが多い。


「本日20時に作戦決行だ。現時刻17時、直ちに準備を始め現場に迎え。以降は各部隊の隊長の判断に委ねる」


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 現時刻は19時12分。中央区に向けて専用車両で移動中だ。揺られる車内、普段ならエースとたわいもない会話をしていた。が、もう居ない。

代わりに、同じ部隊の後輩が話しかけてきた。


「星田さんって何でこの部隊に異動になったんですか?」


 さては今日のニュースを見ていないのか? それに、わざわざ自分の口から言う物でもない。が、彼の純粋な目を見ると、答えなくてはならない気がした。


「昨日の蒲田駅の戦闘に巻き込まれた。俺以外の隊員は全員殉職した」と、ありのまま伝えるしか無かった。


「あぁ……僕、今日が初めての戦闘なんですよね」


 まさかの初陣の後輩だった。戦闘前に気持ちをネガティブにさせてしまったようだが仕方がない。周りの隊員がこしょこしょ話をしているが、聞こえないフリをして、現場への到着を待った。


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 今夜狙われると予想されているのは、銀座レンガ通り内にある宝石店。薬物使用者を誘き寄せる為、早い時間での閉店とし、中に残っている従業員と警察をすり替えた。これで相手がどのような手段を選ぼうとも、民間人を巻き込むという最悪のシナリオは避けられるはずだ。


 俺の所属する第四部隊は、第三部隊と共に和光本館前で待機となった。少し前の銀座ガス灯通りには第二・第三予備部隊が、ぐるっと周って東京高速道路には第一部隊・第一予備部隊が待機している。

 そう、俺の位置はまたしても前線だ。初陣の後輩も前線、ある意味平等なのか。


 で、犯人がそう早く来るはずもなく、俺たちはその場に待機し続けることになる。警察の避難活動に加わりたい程、やることが無い。


 はずだった。


 ガシャーン!!


 遠くからガラスの破れる音がする。それと同時に無線にもある情報が入ってくる。


「宝石店に薬物使用者進入、宝石の略奪行為を開始した模様。第三・第四部隊は宝石店に迎え、第二・第三予備部隊は前者の補助を願う。繰り返す……」


 畜生、またしても犯人と応戦することになるのか。これが職だ、それ相応の給料も貰っているから文句はあまり言えない。だが、仲間を失ったその翌日だ、流石に精神的にも追いやられる。


 しかし、市民の命を守るのが最優先。弱音なんて吐いてられるか。


 これだから薬物使用者は、何回俺の仲間を奪ってきたのか、何回俺の日常を破壊してきたのか。もううんざりだ。

 まぁ薬物使用者を全員倒すためにも、この組織に残っているのだが。


 奴は銀座柳通りと銀座レンガ通りの交差点にいるらしい。真下には銀座一丁目駅がある場所だ。

俺たちは大きめのアサルトライフルをリュックから取り出して構えた。緊急事態用に携帯用の銃をもズボンのホルダーに入れておく。


 我々は一旦中央通りに入ってから、奴のいる交差点に進入しろとの命令が下された。第三部隊とはここでお別れだ。


 しかし、店内にいた警察官が襲われたとの情報が入ってから今まで、隊員が誰も襲われていない。危機感を覚え身を隠したのか、それなら捜査網を引くべきだが。


「目標、消滅」


 本部からある言葉が告げられた。目標、消滅? 殲滅でも駆除した訳でもなく、消滅という言葉を本部は使用した。見失ったのか?

 銀行の裏に隠れつつ、奴がいるとされる交差点の様子を伺う。が、誰も居ない。それどころか、別ルートから来たはずの第三部隊の姿が見えた。彼らも接敵することは無かったのか?


 我々も交差点に辿り着いた。犯人がいた形跡があるはずもなく、辺りを見渡しても特に何も無い。全面ガラス張りの建物付近にて一旦待機しようか、そう話し合っていた次の瞬間、第三部隊が何者かに襲われた。


「グフッ……」


 第三部隊の2名の隊員が突然倒れた。周囲を警戒するも、何もない。彼らは撃たれた痕もない、ただ顔面に殴られた跡がある。いつ殴られたのか、ここ周辺は俺たちが警戒している。誰も近づこうとはしないはずだ。


「ゴホッ……」

「ガハッ……」

「グゥゥ……」


 3名の隊員がまた何者かに殴られて気絶した。これは……もしや?

 そのもしやが当たっていたようだ。本部からある命令が入った。「サーマルゴーグルを着用せよ」と。

 奴の身体は人間には視認できない。つまり、透明人間だ。「透明人間になりたい」と願い、それが叶ったのだろう。

 交差点、四方向に分かれて皆ゴーグルを装着する。

 透明だろうと、人の温度は見えるはずだ。


「フゥン……」

「ガサッ……」

「ゴエッ……」


 装着中の目の前の班がやられた。どうやら奴は戦闘力も強化しているらしいな、一発殴っただけで人を気絶させるなんてことはほぼ不可能だ。格闘家とか、その手のプロフェッショナルでない限り。

 この現場内で動ける者は残り7名、他の部隊の到着を待ってからでは逃げられる。今、ここで片付けるしかない。


 サーマルゴーグルを装着さえすれば、透明人間の位置を特定できる。流石に弾が貫通することは無いだろう。


 急いで装着しないと……。


「グエッ……」

「ゴフッ……」

「ドゥエ……」

「ズハッ……」


 一気に4名がやられてしまった。残り、俺含めて3名。素直に他部隊の到着を待った方がいいな。そう考えていた俺は、足元で光る魔法陣の存在に気づけなかった。


「後ろか!」と声を出した時にはもう遅かった。俺以外に残っていた1人は顔面を殴られて気絶、俺も頭を後ろから蹴られた。


 残りの1人は……そう、奴とグルであった。それも、移動中に俺に話しかけてきた後輩。部隊に所属しながらも、裏で犯罪に手を染めていたというのか……。


「ダメですよ、星田さん。早く寝ましょうね」


 茶髪で若々しい見た目をした、今日が初陣だったはずの後輩が……横たわっている俺に向かってそう話しかける。


 息ができない。苦し……がはっ。


「僕の能力は、特定の人物の攻撃力を上げるといった、まぁサポート能力ですね」


 俺の首筋を足で踏みつけながら、彼はそう言った。意識が遠のいていく、他部隊の到着は……がっ……。

 抵抗しようとしたものの、手首も足で踏まれ、何もしようがない。


「楽しいなぁ、人をこうやって踏みつけるの」


 彼は完全に狂ったような表情のまま笑みを浮かべる。このままでは……死んでしまう。踏まれていない方の手で必死に助けを求めるも、彼にハンドガンで撃たれてしまった。「痛い」という声も出ない、呻き声すら出ない。


「行こうか、こいつらは僕が殺しておくよ」


 彼を逃がす訳には行かない、でも身体はもう動かない。血塗れになった自分の左手を夜空に重ねて見る。遂に、自分も死ぬ運命になったか。ある意味、平等だ。


 あぁ……。


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