転 『TOKYO2029』

第1話 2029年

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 2020年に東京オリンピックが開催され……るはずだった。


 ここは日本・東京。この世界では、ある薬物が蔓延している。その薬物の通称は”Dream Power”。粉を吸った者の願いは、ある確率で叶う。


 例えば……「億万長者になりたい」と言った者が居たとしよう。その願いは”ある程度の確率”で叶う。魔法か、はたまた何らかの大きな力が働き、その言った者に金の雨が降り注ぐこととなるだろう。「〇〇を殺したい」と願えば、〇〇は死ぬ。心臓麻痺でも窒息死でも、はたまた自傷行為でも。何らかの不思議な力が関与するという訳だが。


 さて、ここで疑問が。願いが叶わなかった者はどうなる?


 ある程度の確率で願いが叶わなかった者は、その場で大爆発を引き起こす。もちろん、吸った本人は即死。周りに被害をもたらすことになる。


 この粉には違法性があるとして使用が禁止されているが……使う者はごまんといた。過去には総理大臣暗殺を企てた者もいる。「全てを滅ぼす力が欲しい」という願いが叶った者には絶対に勝てない。


 そこで日本政府は2017年に違法薬物特別対策法に則り、違法薬物特別対策軍通称”JDPA_D”という組織を立ち上げた。国際連合からも支援を受けているこの組織は名前の通り、違法薬物を取り締まるための軍隊だ。この組織のおかげで、流通していた粉は全て取り締まることができた……


 ……はずだった。


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 俺の名は、星田健誠ほしだけんと。25歳。違法薬物特別対策軍、通称JDPA_D《ジェイパッド》という組織で活動をしている。


 この組織は名前の通り、違法薬物を使用した犯罪者を取り締まるための軍隊だが、自衛隊や警察とは区別されているため、訓練の内容や使用する武器は異なる。


 例えば、俺が所属する”都内南地域防衛第三部隊”のエースは、10式戦車を操縦することができる。他にも……”首都圏防衛部隊”ともなれば、F-4Aという戦闘機を扱える者もいる。これだけでJDPA_Dの恐ろしさが伝わっただろう。


「目標、JR蒲田駅東口広場に進入!」


 そうだ、今は目の前に粉を使った犯罪者が居る。話の続きは、奴を捕まえてからにしよう。


 真夜中の東京は不気味だ。不思議なオブジェの前に、薬物使用者が突っ立っている。虚ろな目をしている、意識があるかどうか……いつ爆発を引き起こすか分からない。


「第一・第四・第五部隊は蒲田駅周辺の人民の避難を最優先に、第二・第三部隊で奴の身柄を確保する!」


 区役所前本通りで待機していた俺らの部隊は少しずつ前進していく。周囲に奴の仲間がいるかもしれない、そのため第一部隊と共に進んでいく。


 一部隊、約7名で構成されている。この現場には、第七部隊+予備部隊(一から三)が待機しているため、ざっと70人はここにいることになるな。


「目標から高エネルギー反応あり、直ちに距離を取り応戦の準備を開始せよ」


 本部から新たな命令が入った。


 第二部隊は大田区役所から、第三部隊は区民ホール入口の交差点から蒲田東口中央通りにぐるっと周り、広場に向かう。ここは商店街か、道も狭く動きが封じられることとなるが、それは相手も同じ。


「総員、応戦準備に移れ」


 エースの掛け声と共に、皆武器を取り出す。本部から武器が支給されており、それらはコンパクトボックス……という名前のリュックに詰められている。まだ相手は人間の姿のまま、となればM360Jでも有効か。

 使用する武器の決定権は現場にいる我々に委ねられている。自らの目で相手を見て、そこから武器を自らの手で選ぶ。判断を間違えれば、最悪だ。




「目標、赤く発光!」


 広場にいた薬物使用者が、突然赤く発光した。距離は100mも離れていない、急いで建物の裏に隠れるも……爆発は起きない。逆に奴の足元に赤い魔法陣が描かれている。

 このような発光現象は、使用者が爆発する合図のようなものなのだが、今回は爆発しなかった。かと言って、爆発しないという保証はない。


 爆発しないとなると、何か願いが叶ったのか。


 目標は南下し、大田区役所方面に進入した。


「こちら第二部隊副隊長、目標、全身が炎に包まれている、繰り返す、全身が炎に包まれ……」


 プツンと通信が途切れた。奴の全身が炎に包まれている……のか。もう俺たちからは奴の姿は見えない。彼らは大田区役所に居たはず、ならば俺達も向かうべきか?


「大田区民ホールに待機している第七部隊と第三予備部隊が遠距離攻撃を始めるそうだ。またその先の環八通りに第六部隊が待機しているとの報告が入った。我々は多摩堤通りで人民救助中の第一部隊と合流する」とエースは言う。


 遠距離攻撃は……その名の通り、スナイパーライフル等を用いて遠くから攻撃する。AWM、SAKO TRPG 42等のライフルで立ち向かう。


 蒲田駅前の大通りで第一部隊と落ち合い、共に蒲田駅の広場に行く。そうすれば、第六部隊と我々で挟み撃ちにすることができる。


 区役所前本通りを右に曲がると、大田区役所が見えた。それが見えたとなると……そう、奴が居た。


「目標、大田区役所前。全身炎に包まれている、なお攻撃意思があり、第二部隊全滅との報告あり」


 本部からやっと情報が渡ってきた。が、その目標は今俺たちの目の前にいる。距離、100mもないだろう。

 全身は炎に巻かれ、本人の身体は黒焦げだが、意識もあり真っ直ぐ歩くこともできている。




「手を後ろにして、身体は地面に伏せろ!」


 エースが犯人に対して拡声器を持ち、”いつものやつ”を言う。もちろん、素直に聞き入れる者はいない。銃を構えられていても、奴は応じようとしない。


 それどころか奴は前に手をかざし、こう言った。


「Burst」と。


 ドゴン……!!


 次の瞬間、目の前で爆発が起きた。地面は抉れ、黒い煙が辺りに充満する。

 まずい、目標が視認できない。奴は恐らく、任意の位置を爆発・発火させる能力を持っている。この隙に逃げられるかもしれない……と思い、個人的に第六部隊・遠距離攻撃の第七部隊に応援を呼びかける。

 軍隊の決定権は隊員全体に委ねられている、これもまた他の組織と違う点だろうな。


 かと言って、あくまでも作戦遂行のための決定権だ。ここから逃げ出すようなマネは許されない。家族ごとこの国から追放される……なんて噂を耳にしたことがある。が、それは戦犯と言われても仕方がない。




 あれ、何かがおかしい。黒い煙に集中し過ぎて、隊員が倒れていたことに気がつかなかった。エースも同様、爆発の衝撃で気絶していた。自分以外の仲間が行動不能になった時のマニュアルは……仲間を……


 ……グファ!!


 突然、何者かによって強く吹き飛ばされた。背後に建っているビルに頭から激突するも、ヘルメットのおかげで事なきを得たが……奴か。奴に殴られてここまで吹き飛んだとなると、近接で挑むのには物理的にも骨が折れる。


「俺はヒーローになりたかった。それがこんな炎人間になっちまうなんてな」


 黒い煙は空に舞い、遠いが犯人の姿が丸見えとなった。炎人間……と呼んでやろうか、奴の一人語りが始まった。


「それもこれも全てお前らのせいだ。政府が俺の仕事を奪ったからだ!」


 油断している奴の一人語りを聞いている暇はないが、残念ながらここから逃げ出した所で瞬殺されるだろう。また、俺のイヤホンにとある情報が伝えられた。「蒲田駅前まで目標を引っ張り出せ」とのこと。道が狭すぎるためか、広場に奴を誘導しなければならない。俺1人……か。


 今俺がこの場から広場に向かって走ったところで……まぁいい。やるしかない。が、その前に協力を仰ごう。


「何か言い残した事はないか?」と奴は俺に話しかけた。まずは時間稼ぎをしよう。


「実は俺もヒーローが好きでな、何が好きなんだ?」と俺は聞き返した。


 幼い頃、親が家に帰ってくるのが遅かった。そのため、何度も何度もヒーロー物のDVDを観ていた。


「あぁ、同志か? 俺はこの通り、”ファイアレンジャー”が好きだ。全身炎に包まれようとも、敵を薙ぎ倒していく様がカッコよくてな……」

 そう奴は答えた後、パチンと指を鳴らした。


 すると、奴の背後にいた第六部隊付近のビルが大きな音を立てて爆発した。ビルは崩れ、第六部隊の隊員は皆瓦礫の下敷きになってしまった。


「他には……”スリーマン”も好きだな。市民に恨まれながらもヒーローとして活躍するさッ……」


 バシュン……!!

 グチャ……


 奴は第七部隊に撃たれた。立ち上がる様子はない。炎は少しずつ消滅し、黒焦げの身体のみがその場に残る。頭蓋骨を撃たれたらしい、血だけでなく肉片もそこら中に撒き散らされている。見ているだけでおぞましい。


 奴は遠距離攻撃の存在に気づいていなかった。目の前にいた俺と、背後から近づいてきていた第六部隊しか見ていなかった。

 大いなる力を手にした故の油断が、自らを死に導いた。


 さて、ここで終わりではない。

 奴の死体に近寄っている場合ではない。逆に、急いでこの場から逃げ出す。より奴から遠くに、身を隠せるものがあれば素晴らしい。


 区役所前本通りの交差点に来た所で、爆発音が鳴り響いた。薬物使用者が亡くなると、1分後に辺りを巻き込む大爆発が起こる。この爆発は、必ず起こる。

 今回の爆発は市役所をも巻き込んだ。恐らく、奴の背後にいた第六部隊も我らが第三部隊の残りも巻き込まれただろう。


 残酷な運命だ、自分以外が死ぬなんて。


 まだ確定したわけじゃないか、後は救護班を待とう。俺は握っていた銃をその場に捨て、ゆっくりとその場に腰を下ろした。

 ここ一帯は交通禁止区域となっている。一般者が来ることはない。


 交差点の上で身体を思いっきり大の字に広げ、俺は眠りについた。


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