第76話 元の世界

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 わざわざ王に聞くまでもなかった。王がやるはずがない。辺鄙な地にある村をわざわざ襲わせる必要がない。常識で考えればすぐ分かる。しかし、ここは異世界の地。常識なんて通じない。世界同士共通の常識なんて、ほとんど存在しない。あっても『人を勝手に殺してはいけない』くらいか。


 ともかく結論は出た。レッドという存在を許さない、これで決まりだ。

 王に軽く礼を言い、また窓から飛び出そうとしたが、何故か古びた格好の王に止められた。


「御人は泣いている。苦しみの涙か、悲しみの涙か、喜びかは分からないが。それはそうと、渡したい物がある」


 そう言って王が渡してきたのは、時の石が付いていたであろう、金色の王冠だった。他にも赤い宝石が付いているが、これらは関係ない。

 そもそも、何で時の石という大切なものが、一国の主とはいえ王冠にくっ付いていたのだろうか。王冠は常時身にする物、更に価値のないものでもない。時の石を知らない盗賊でも、それを盗みに来ることだって有り得てしまう。


「私も知らない、父が或者に王冠を頂いた、その時に……。それより、王冠を見なさい。緑に光る石が付いているだろう」


 王の言う通りに王冠を見ると、小豆よりも小さな緑石の欠片が付いていた。これでリバイル村に戻れるな、小さければ使えないとか、そんな制約は無いだろう。


「御人に会いたかったが叶わぬ、せめて君に渡しておくことによって、私自身も滅ぼすのだ」


 最後、言っていることは分からなかったが、俺はこれで戻る。片道限定だったロックの道も、また違った形で復活するのだ。良かった、一旦戻れば、他の残った欠片でまた来れる。


 今度こそ礼を言い、窓から飛び出した。

 行き先は王の城……いや、リバイル村だ。


「おかえり、スカイ。頭を冷やして来たか」


 洗脳魔法が解けたばかりであまり受け答えのできなかったロックだったが、今はすっかり回復し、皮肉じみた言葉も言えるようになっていた。


「行くぞ」

 俺は皆に聞こえるように発言した。


「どこに?」


「リバイル村だ、物資を集めて一旦戻るぞ」


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 俺は皆に小さな緑色に光る石の欠片を見せつけた。これで戻れるぞ、ロックもこれで罪滅ぼしにはなるだろと、喜びつつも帰る支度をした。


 帰る前に、ソルトは俺たちに着いていくと申し出た。どうやらレッドを止めたいらしい。いつか俺たちもランセル王国に来るからと言っても、彼は着いていこうとするため、特に拒むことなく、それを了承した。


 で、彼は怪物を持っていこうとした。怪物というのは……エストの親友を喰った巨大な狼。それを見たエストは傷を思い出したのか、また吐くように地面の方に顔を向けた。

 しかし、怪物らは俺たちを襲うようなことはせず、ソルトの命令に従っている。どうやら、元は王の道具だったらしいが、それらを引き継ぎ、今は彼が育てているらしい。


 頼り甲斐のある体と、何でも噛み切りそうな鋭い牙を持っている。間違いなく、連れて行けば戦力にはなるが、その度にエストの心の傷が復活することになる。怪物がしてきた糞の中には、ドンだった亡骸が詰まっていると考えると、尚更キツい物もあるが、戦いには向いている生物だ。


 話を聞くと、モンスターとは違った性質らしい。ロックは興味津々にソルトの話を聞いているが、シアンは全く興味を示さない。理由を直接は聞けなかったが、どうやら……キミカのことを思い出すから、モンスターの研究には触れたくないらしい。モンスターに触れる分にはいいが、研究面に関してのみ、微量の拒絶反応が起こる、とのこと。


 結果、エストを猛説得し、何とか四匹までは一緒に連れて行くことになった。とはいっても、元から四匹までしか飼育されていないようだが。量は少なく見えるから……とか言うのもある。


 それと、剣や鎧を大量に貰った。技術的にはランセル王国の装備の方が強いらしい。魔法を使って作成していたり、特殊な方法で錬金しているため、モンスターという特殊な存在を迫害していた俺たちの世界が技術的な遅れをとる理由ってのは、今更分かりきったことだろう。


 ガイアさんによれば「剣は、我々の鎧を簡単に斬れる」「鎧は我々の剣を受けてもビクともしない」らしい。全面的に優れているなら、俺たちの世界の立場が無くなる。


 それと少し回復したエストのお願いも受け入れた。王の部屋にあった大剣を持っていってほしいとのこと。どうやらクリムという人は、ガイアさんのようにガタイがよく、俺でも持てないくらい重い大剣を振り回していたらしい。今思えば、そいつも人形だった訳だから、人智を超えた存在であるのは、そりゃそうだ……としかならない。


 何十本かの剣と何個かの鎧たち、クリムが使っていた大剣と四匹の巨大な狼、小豆程度の欠片を持って、元の世界に帰る準備は整った。持ちきれない分の荷物は、狼の体に括り付けた。


「じゃあ、飛ぶぞ。準備はいいな」


 王の城の前にある庭の中で、俺の声と共に、皆小さな欠片に手や足を触れる。皆が触れたのを確認した後、俺が「飛べ」と念じる。行き先は……リバイル村。モンスターと人間が共存する、平和な世界。


 石はこれっきりしか無いんだから、失敗するなよ。


 辺りが真っ暗になった。


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