第75話 アセシナート村

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 あまり事情を知らない俺たちですら、言葉を失い唖然としていた。当事者であるエストは言葉の意味を理解できないのか、思考を繰り返すも無駄だと分かったのか、大粒の涙を流し、床に突っ伏した。泣いている声は咳に変わり、喉に異物が詰まったのかゴエゴエと吐き出すように、頭を地面に打ち付けている。


 俺がこの時取った行動は、よく理解できないものだった。俺は立ち尽くしているソルトからアセシナート村の位置を聞き、トールの力を使って、王の城から言葉通りに飛び出した。


 トールの力は便利だ。いつどこでだって、飛べる。跳躍魔法では届かない所まで、飛んで行けるのだ。


 多分、実際に確かめたかったのだ。ソルトが奴に洗脳魔法で操られて、間違った情報を与えて、またエストに精神的な傷を負わせるつもりなのかと勘ぐっていた。しかし、違った。


 アセシナート村だった場所は、村の跡地とは思えないくらいさっぱりしていた。村の跡地というからには、少しくらいは木の欠片とか、人が暮らしていた跡があるはず。それが無い、全て消されていた。


 ただ、事件は間違いなくあった。俺しか感じることができない血の生臭さがあった。この地で間違いなく、殺人が起きた。ちょっとどころじゃない、何人とかその程度じゃない。ざっと20人以上は斬られただろう。


 普通の人間じゃ起こしえない所業だ。普通の人間がこの量の人間を殺すとなると、途中で疲れ果てる。相当思考の狂った人間か、もしくは道具を使ったか。


 道具といえば、考えつく物がある。それは……怪物だ。この世界にはモンスターではない、また違った生物がいる。それが怪物だ。エストから聞いた情報によると、彼の親友を食った……王が操る巨大な狼。狂気に充ちた人型の生物。これなら、人を20人殺せるだろう。


 なら何でだ。どうして、辺鄙な地にある田舎の村を破壊しなきゃならない。2ヶ月前というなら、エストがSランクと鑑定されて少し経った後。Sランクを抹消するために、王が殺害を命令したか? それとも……奴か。


 新たに出来た疑問を解決するため、また王の城に戻った。エストはまだ床に突っ伏したまま、他の皆も慰めるだけで、特に手出しはできない。

 俺はソルトに問う。「王は今何処にいる?」と。これなら怪しい人と見られても仕方がない。しかし、無理矢理でも解決しなければならない疑問だ。俺はロックを責められない、俺も中々無茶をする人間だったからな。


 気迫に押されたソルトは正直に答えた。答えを聞いた瞬間、俺はまたトールの力を使って、王の滞在する病院に向かって飛行する。

 雷の落ちる音が鳴り響く中、俺は高速で飛行するのだ。下にいる人間など塵に見える。塵はこう言っているだろう、上を飛んでいるのは鳥か、そういう能力を持った怪物か。いいや違う、俺だ。


 王の滞在する病院に辿り着いた。部屋の番号は聞いていないため、一部屋一部屋しらみ潰しに探していく。しかし、途中で病院の廊下に兵士が固まっていたので、探すのは諦めて一旦空に逃げた。空から眺めると、一瞬で王の部屋の場所が分かった。明らかに装飾品が他の部屋と違う。窓に飛び込み、部屋の中にいた兵士を静かに気絶させ、中から鍵を閉めた。


「君は誰か」


 高貴なベッドで横になっている、古びた格好をした老いぼれの王の問いには答えずに、逆に俺が質問をした。


「アセシナート村を襲ったのはお前か?」


「一国の主が、村を襲って何の得になる。私はいつだって革新的な政策を進めたかった。ランク制度だって撤廃しようとした」


 エストから聞いていた王の印象とは打って変わって、優しそうな口調と朗らかな顔をしている。それにランク制度を撤廃したいとも言っている。GランクやSランクを切り捨て、Aランクを速攻分隊長に仕立て上げた王がか?いまいち信頼できないな。


「私は何をしていたのか、記憶が薄い。父が何者かに殺され、何者かに唆され、私は一国の主となった。何者かが私に力を与えて下さったのだ、私は御人の指示に従った。御人の姿を見たこともなければ、御人の指示に反対したこともない。無意識の内、全てが行われていた」


 記憶がない。何らかの衝撃で、王の記憶が失われたのか。いや、嘘の可能性がある。幻聴を聞いたのか、それらは分からないが、どちらにせよ言っていることが理解できない。無意識の内に行われていた……御人の指示に従った王の心境が気になるな。反対する意思はあったか、指示に従わなければ命の危険があったのか。


「記憶はあった、別の立場から自身を見ているような、不思議な感覚のまま生き続けた。ランク制度を撤廃したくとも、御人はランク制度を続けよと命令する。SランクとGランクと鑑定された少年を目の前に、御人は囁いた。『Gはこの場で、Sは崖に落とせ』と。断ることなく、私は従っていたのだ」


 確か、エストの話によると……レッドは彼がSランクと鑑定されることを分かっていた。予言していたのか、それにしては怪しい。


 俺が考えるにだが、御人というのは……レッドのことか。レッドなら、色々辻褄が合う。ランク制度を撤廃してしまえば、エストがSランクと鑑定されて国から追放されるという出来事が起こらない。Gランクの子を即殺害すれば、エストは心の傷を永遠に負うことになる。実際、負った。エストを崖に落とせば、レッドのワープ能力により、生存させたままにできる。


 全て、物事が都合よく進んでいる。

 もしや、エストの人生も王の人生も、レッドによって間接的に操られていたのかもしれない。それならとんでもない、運命を操られていた……しかも、世界を滅亡させるために。


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