第74話 ソルト・ルクセンバンク

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「ちょっと待った!」


 剣を構える大量の兵士がいる廊下の奥の方から、誰かの大きな声が聞こえた。声質的に、エストくらいの少年の声だろう。姿が見えないから、声だけで判断するのは危険だが。


「俺はAランクの人間で、第2王国監視部隊の分隊長だ! だから、命令する。彼らを襲うのは直ちに止めろ!」


 少年らしき人は大声で、大量の兵士に向かって命令を下した。少年だが位は高いのだろうか、現に何かの分隊長とか言っていた。出世するのが早いな、これもAランクだからなのか。


 で、両端にいた大量の兵士は、剣を収めてどこかへ去っていった。奥にいた分隊長は俺たちの前に姿を現し、こう言った。


「エスト、久しぶりだな」と。


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「俺は第2王国監視部隊分隊長で、Aランク。ソルト・ルクセンバンクだ」


 ソルトというやつか。

 彼はエストと同い歳にして、もう何かの分隊長らしい。現にさっきの大量の兵士たちを操っていた。彼は金髪で、青い目をしている。異世界の人間だから、もっとこう……俺たちと違う髪色や服装をしているのかと思いきや、そこまで俺たちと変わらない。変わっているのは、魔法を使えることだけ。


 彼は……”移動魔法”と”跳躍魔法”と”聴力魔法”が使えるらしい。移動魔法は、対象の物体を自由気ままに動かせる魔法。跳躍魔法は、自身や近くの生物に跳躍効果を付与する。付与された者は高く飛び跳ねることができるとか何とか。聴力魔法は、単純に耳が良くなる。ある範囲内ならどんなに小声で喋ってようが、彼に聴こえるようになるらしい。


 王の部屋に招かれた俺たちは、高価な椅子に座りつつ、ソルトの説明を受けた。彼曰く『不吉な予感がしたから寄ってみたら、俺たちが大量の兵士に囲まれていた。その中にエストを見つけたから、攻撃を止めさせた』とのこと。


「じゃあ、何で僕たちを助けたの。君からしたら、王を襲った敵なのに」


 エストはソルトに向かって、強い口調で尋ねた。大量の兵士に囲まれた時は姿勢を落とすほど恐怖を感じていたくせに、今では何故か強気に出ていた。


「お前が逃げた後、俺もお前のことを追いかけた。血の跡を追って、王の部屋に辿り着いたが……レッドは君に向かって『お前は利用されていただけ』とか『スパイとしてミライを作った』とか言っていて、そこで君が騙されていたことを知った」


 ソルトは突然立ち上がり、部屋全体を使って説明を始めた。


 ソルトとエストが戦闘を繰り広げたというのは聞いた。ソルトが跳躍魔法を駆使し、エストの顔面を蹴ったとか何とか。その後、エストは煙に導かれるがままに王の部屋に辿り着き、そこで宣告を受けたという訳か。


 彼目線だと、戦っていた相手が爆音と煙と共に消えたために追いかけたところ、王の部屋でエストがレッドに唆されていたことが判明し、同時に同期であったミライを作っていたことも判明したという訳になる。


「結界があったため中には入れなかった。結界が解除され中に入ると、そこにいたのは気絶した王のみ。あとは大剣と、お前が使っていた剣が落ちていた」


 レッドの使う結界魔法で空間ごと封じられたエストは、かつてない恐怖を覚えただろう。

 それと同時に、ソルトも王がどうなるか心配だっただろうが、王は無事だった。実際、レッドが欲しがっていたのは、王冠に付いている時の石。


「その時に理解した、真犯人はレッドって。アイツは結界を解除する前にこう言っていた。『会いたい、アダム』と」


 アダム? どこかで聞いたことがあるな。もしや、セルバー村の絵画にあった、アダムとイヴのことか。アダムに会いたい……なら、レッドは……。


「エスト、俺はお前に協力したい。勘違いするな、世界が滅ぼされるのは阻止しなきゃいけない」


 ソルトはエストに手を差し伸べつつ、そう言った。世界を滅ぼされれば、何もかもが消える。奴の目的は未だに分からないが、ともかく阻止しなければ。世界が無ければ、人間もモンスターも、植物も動物も海も山も街も、全てが失われる。そんな世界は望まない。


「分かったよ、ソルト。もうどうでもいいよ、レッドさんを僕は止めたい。あの人と話したい、どうしてこんなことをしているのか。早く家に帰りたい、僕は何ヶ月も両親と会って居ないんだし」


 エストはソルトの差し伸べた手を掴み、高価な椅子から起き上がった。


「了解、案内しよう。お前の両親はどこの村出身だ? 他の皆は城で待機、武器が欲しければ後で渡す」


 彼らはエストの両親に会いに行くみたいだ。俺もぶっちゃけると、エストの親の顔を見てみたいが、流石に訳の分からない男が着いていかれると困るか。ここは彼らに任せて、俺たちは武器の調達でもしようか。王の城、流石。大量の武器があるとの情報も得たし、部屋で休みつつ見に行こう。


「それで、両親はどこの村にいる?」


「辺鄙な土地にあるから分からないかもしれないけど、アセシナート村っていう……田舎」


 エストのその言葉を聞いた瞬間、ソルトの顔は青ざめた。エストも「どうしたの?」と聞くが、彼は青ざめたまま、言葉を失い立ち尽くしている。やがて、彼は口を開いたのだが、発言の内容はあまりにも衝撃的で残虐的なものだった。


「アセシナート村って……2ヶ月程前に、大量殺人が起きた場所だ。残念ながら、生き延びた村人は居ない。それに犯人もまだ見つかっていない」


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