第46話 最終決戦「被検体」

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「ここは強制労働所だな?」


 俺は奴に聞く。まぁ、記憶上ほぼ間違いないのだが。


「世間からはそう呼ばれている、正式名称は『平和保護のための研究所』なのだがな」


 目の前の男は、強制労働所という非合法で倫理的にも危うい施設を『平和保護のための研究所』と謳っていた。冗談もほどほどにしてほしい。


「何が平和保護だよ」と、また無意識のうちに呟いていた。拳を強く握る。今奴が目の前にいたら本能的に飛びかかり殴ってしまいそうなほどに力を込めている。


 小声で呟いたつもりだが、奴には聞こえていた。


「お前は……被検体番号0818か。久しぶりだな、化け物は元気しているか?お前の中にいる、穢れた血を啜っているモンスターは」


 やはりここは強制労働所で、俺はここの出身で、被検体としてここにいた。その上、モンスターが俺の中にいるのも本当だった。


「これも何かの縁だ、平和保護のための……アムスカリスの花計画の説明でもしておこう。これが遂行されれば、世界に真の平和が訪れる」


 奴は空中に浮いたまま、ある計画の説明を始めた。誰もその場から動くことができない。何か結界でも張られている訳でもない、不思議な力が働いている訳でもない、緊張感からか。


「世界全体を平和にするためには、全員を同じにすればいい。価値観も感受性も全てが同じになれば、争いは起きない。1つの生命体にまとめることも考えたが、それは今の技術では難しい。ならば、永遠に解けない洗脳でこの世を一体化させる」


 そう言って男が取り出したのは、片手大の瓶。中には紫色に光る液体が入っている。


「この液体があれば、星全体の生物の行動を掌握できる。これからこれをガスにして、世界中にばら撒く。全てが私と同じ思考となり、本当の平和が訪れる」


 奴は計画の全貌を語った。


「僕の村の仇、絶対に止めてみせる」


 ヘイトリッドが、奴に聞こえるくらいの大きな声を発した。彼もまた昔、村をゴブリンに襲われた者だ。シアンとガイアさんも襲われた上、シアンの母親はそこで命を落としたとも言っていた。ヘイトリッドの父母がどうなったかは明言されてなかったが、それもまたこの平和を保護する帝王の仕業だろう。


「懐かしいな、ルンフイ村のアレか……」


 帝王はその出来事を覚えていたらしく、またニヤリと笑った。顔は見えないが、口元は少しだけ見える。


「計画のために、あるモンスターとの合成を試みた。合成方法は分からない、故に方法を熟知している2人の女性を誘拐する計画を立てた。その女性の名前は、マリア・エスパースと、メイ・スノート・オン……だったかな」


 この言葉を聞いた瞬間、ロックとガイアの顔が一気に青ざめた。


 確か、ガイアさんの本名は……ガイア・エスパース。となるとマリアさんというのは、シアンの母親で、ガイアさんの奥さん。

 ロックの本名は……ロック・オン。ミドルネームだとするなら、彼女もまたロックの奥さんだった人だろう。


 マリアさんもメイさんも、ゴブリンに襲われて亡くなったと聞いた。その理由が、モンスターとの合成方法を熟知していたから、ということらしい。何故その2人が知っていたのか? ガイアさんやロックはその事を知っていたのだろうか。


「洗脳のさせ方が悪くてな、マリアの方は殺してしまった。断末魔も目の前で聞いた。メイの方は捕まえたが、今生きているかは知らんな」


 その言葉を聞いたシアンは地面にうずくまった。ガイアさんは激昂し、奴の元に向かおうとしたが、奴は宙に浮いているため攻撃手段もない。ロックは生きていることに対して一瞬安堵したものの、生きているか知らないという無責任な言葉に腹を立て、剣を構えた。


「申し訳ない。もう計画を実行に移さねばならぬ。あの2人は役に立った、今こうやって私が能力を使えるのだからな」


 奴は浮遊したまま巨大な穴に戻っていく。「待て!」と叫ぶも、奴は浮遊しており、素手で捕まえることなんてできない。


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 穴から少し離れた村から巨大な音が聞こえる。遠くから村を見てみると、巨大な煙突が三本、地面からメリメリと生えてきた。ガスを世界中にばら撒くための煙突か。

 

 世界中にガスをばら撒くとなれば、想像を絶するパワーが必要になる。例えば火力だったり水力だったり。どれをどうやって賄っているのか気になるな。


「すまないスカイ、取り乱した。作戦を考えたから聞いてくれ」


 深呼吸して落ち着いたロックは、地面に木の枝を立て、作戦を話し始めた。


「スカイの記憶では、他にも強制的に労働させられている者と、実験に使われているモンスターがいたはずだ、それらは逃がそう。それと装置を止める人もほしい」


 ロックの分析で、俺たちは逃がす班と装置を止める班に分かれた。中がどんな構造か、ロックですら分からないからこそ慎重に、複数人で突撃する。


「スカイ、お前は帝王の気を引いてほしい、奴と互角に戦えるのはお前だけだ」というロックの熱い要望もあり、俺は単身で乗り込むことになった。


 青いドラゴンに乗り、巨大な穴の中へ向かった。奴が平和保護と謳う物は、所詮生命体としての本質を見失った上での結論付けだ。俺が止めてやる、生命の美しさと愚かさが少しだけ理解できるようになってきた、この俺が自らの手で制してやる。


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