第40話 アムスカリスの花

----------


 ガチャガチャ……


 カチャカチャ……


 薄暗い空間に、金属音が響く。これは、牢屋か? 一人部屋で、中には俺しかいない。一人部屋といっても、部屋という要素はほぼ無い。室内には、人が寝るには足りないくらいのボロボロの小さな布が1枚と、明らかに残飯らしき残り物のパンが1個、それくらいしかない。生活感など微塵も感じさせない部屋だ。


 明かりがある方を見ると、鉄格子がある。絶対に外には出させないぞ、という意思が読み取れる。

 鉄格子の隙間から周りの様子を見てみると、この施設は円形に広がっているみたいだ。円形に収容者を配置し、中央に監視塔を置くことで全方位の監視がしやすい。

 遠く離れた向こう側にも牢屋、隣も牢屋、上にも牢屋。俺らが何をしたのか分からないが、まとめてこの施設に閉じ込められている。


 この鉄格子の隙間から何とか出られないか、そう模索してみるも無駄。腕すら通らなさそうだ。


 それにしても、何でこんな所に入れられているのだろう。無意識のうちに犯罪でも犯したか?


 ここで、さっきから鳴る金属音の正体が分かった。他の牢屋に入れられている人間が、鉄格子を持って揺らしている。ここから出たい意思を顕にしている。


「私語を慎め」


 中央の塔から、鞭を持った男が現れた。彼は向こう側の牢屋に行き、泣き叫ぶ男を鞭で引っ叩いた。鞭は鉄格子をくぐり抜ける、アメもなく痛みだけが泣き叫ぶ男に溜まっていく。やがて泣き叫んでいた男は完全に沈黙した、ここからでは見えにくいが。


「貴様らは弱者だ、強者の下で必死に……」


 結局、遠くて最後の言葉が聞き取れなかった。


「何だ、その目は。強者に向かってする態度か?」


 別の鞭を持った男が俺の目の前に現れた。強者を名乗る人間は、俺に鞭を叩きつけた。

 痛い、痛みが身体に染みる。が、それ以上に怒りも屈辱も身体に染みる。俺は睨むのをやめずに、その強者という仮面を被った真の弱者の鞭を食らう。


 と、他の鞭を持った男も駆けつけ、俺に鞭を打ち付けている弱者を力ずくで止めた。


「この男を実験に出せと、帝王の命を受けた」


 この男……とは俺のことだろう。鉄格子が開き、俺は外に出ることができた。もちろんただでは済まない。目の前にいる男の顔面目がけて拳を振るう。反撃する暇も与えない。せめてこの男だけでも殺してやろうと思ったが、首筋に違和感を覚えた。


「弱者如きが強者に触れるな」


 ビリッという感触が身体に走った。いや、電流が走ったのか。電流を武器として使っているのか……。意識が途絶えそうだ、目が開けられない。

 あ、俺の他にも実験に出される人がいるみたいだ。その人も気絶させられている、どこかで見たことがあるな……子供みたいな身体で……子供か……こ……剣……


「人件費がゼロなのは良いな」


「それにしても、合成実験は上手くいくか?モンスターと人間を……それも奴隷で弱者だ、出来損ないの奴らだろ」


「安心しろ、この2人は体力試験でも優秀な成績を残した。洗脳さえかければ一発だ」


「アムスカリスの花計画も、あと少しだな」




 俺はその言葉と共にはね起きた。


「なんでい、悪い夢でも見とたか?」とディールに心配された。険しい顔をしていたんだろう、でもこれは夢ではない。


「行かなきゃ」


 俺は家を飛び出した。


----------


「どうした、スカイ」

 ヘイトリッドとロックが暮らす家に来た。鏡を見ると、青白く何かに怯えているような顔をしていた。でも、さっきのは夢ではない。


「俺は強制労働所の出身らしい、モンスターの合成実験とやらを受けた人間でもあるらしい。何か分かるか?」と2人に尋ねた。


 もちろん2人も突然の事態で理解をしていない。


「スカイが、強制労働所の出身? 記憶喪失になる前の記憶が戻ったのか?」


「いや、寝ている途中で見た。夢じゃない。それに黒ずくめの剣士も同じ実験を受けていたはずだ」


 黒ずくめの剣士も、強大な力を持っていると人々から言われていた。俺もそれなりに力を持っている。合成実験……そこで力を手に入れたんだろう。

 で、記憶の中の男は「モンスターと人間の合成実験」と言っていた。モンスターと俺を合成した……自分で言っていても、訳が分からない。


「もし、モンスターとスカイが合体してひとつの生命体にまとめられているなら、モンスターが入れない結界を通り抜けられたのは何でだ? また、モンスターと合体しているなら、ロックの能力で位置が分かったりするだろう」


 確かにそうだ。マキシミの城に張られていた、モンスターが入れない結界に触れても何もなかった。多少見えにくいというのはあったが、何事もなく入ることができた。

 それに、俺がモンスターと合体しているなら、ロックのモンスターの位置を特定する能力が働いているはずだ。


「私の能力は、常に効力を持つ。すぐ近くの森にドラゴン様がいることも分かる。範囲は限られている上、眠りについたモンスターの位置の特定は困難だが」


 俺の中に眠っているモンスターがいる……この仮説は合っているかもしれない。


「アサシンの力は恐ろしい、しかし君の力はそれを上回る程に恐ろしい。それが夢ならいいのだが」


 夢にしては、その時の感触も蘇ってくる。鞭で打たれた感覚がだ。夢で見た出来事の感覚が蘇ることがあるか、いや無いだろう。これは自分の中では事実だと思われる。


「前のドラゴンがいる所に行く」

 2人に告げた後、家を飛び出した。


 とは言っても、朝飯を食べないのは身体に良くない。急いでディールの家に戻り、飯を食べるだけ食べて森に向かった。


----------


「----という訳でだ、今から他のドラゴンの所へ行けるか?」


 より多くの情報を得るには、古くからこの星に暮らす奴らに聞くしかないだろう。が、ドラゴンは嫌な顔をしながら、俺に聞く。


「私たちはあの場では嫌われている。次は命の保証すらない、飛んで火に入る夏の虫。それでも向かうか?」


「俺は行く」とだけ伝えた。


「そうか」とヤツは俯きつつも、羽を伸ばした。ヤツ目線、二度と行きたくない場所だろうな。


「待てよ」

 ロックが森の中に走って来た。


「私も乗せてくれ……とは言わないが、行くのなら赤いドラゴン様にこれを渡して来てほしい」と白い紙包みを俺に渡した。


 俺はそれを受け取り、ヤツの背中に飛び乗って、あのドラゴンの溜まり場に行くことにした。


----------

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る